見出し画像

ワーク・ライフ・バランスの推進でイクメンDV男性が増加?

 世界経済フォーラム(WEF)が発表した2023年版の「ジェンダーギャップ報告書」によれば、ジェンダー平等の達成度をあらわすジェンダーギャップ指数について、日本は、146か国中125位となっており、ジェンダー平等に関しては、世界でも後進国です。
 実際、日本には、いまだに、家庭内の家事・育児負担の女性への偏りもあって、働き方や賃金等の待遇に男女差がみられます。
 こうしたなか、男女共同参画白書(令和5年版)では、そうした固定的な性別役割分担を前提とした「昭和モデル」から、全ての人が希望に応じて、家庭でも仕事でも活躍できる社会である「令和モデル」への変革を促しています。
 しかし、このような、いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」の推進が、場合によっては、ジェンダー平等に寄与せず、「イクメンDV」の男性を産む結果になるかもしれません。
 そこで、今回は、これがどういったことかを述べつつ、ジェンダー平等社会の実現に向けて留意すべきことを考えてみたいと思います。


1.家族の変容

 男女共同参画白書でも述べられているように、かつて主流だった専業主婦世帯は減少し、現在、共働き世帯が専業主婦世帯の3倍近くになるなど、家族の姿が変化しています(図1)。
 そして、特に若い世代を中心に、女性も男性も、理想(期待)のライフコースとして、仕事と家庭の両立を求める傾向が高まっています。

 このように、形としては、ワーク・ライフ・バランス型の「令和モデル」へと移行しているようにみえますが、こうした現実から、ジェンダー平等意識も高まっていると言えるのでしょうか。

2.ジェンダー平等意識の変容

 ジェンダー平等意識を計る指標の一つとして、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という性別役割分業の考え方への賛否を問う質問の結果が度々とりあげられます。
 内閣府による世論調査の結果を経年で比較してみると,賛成であるとする人(賛成+どちらかといえば賛成)の男女全体の割合は,1979年の72.5%から減少傾向が続き,途中2012年にやや増加に転じたものの,その後再び減少し,2022年には33.5%となり,約40年間で39ポイントも減少しています(図2)。
 そして、年代別でみると、この考え方に賛成する割合は、20代や30代といった若い世代であるほど低い傾向があります(注1)。

 この結果をみると、やはり、若い世代を中心として、人々のジェンダー平等意識が高まっているといえそうな気がします。

 しかし、この質問で示されている規範の夫婦像の捉え方が人によって異なる場合があることに留意する必要があります。例えば、男性のみが稼ぎ手の専業主婦世帯として捉えると、夫婦がともに仕事と家事・育児を両立しながらも、「男は仕事優先、女は家庭優先」といった性別役割に基づく夫婦像を志向する場合も、上記質問では「反対」として回答している可能性があります(注2)。
 そして、実際に、共働き世帯の女性の多くはパートタイムであって、性別分業は一定程度維持されている現状もみられます。

 また、目黒らの調査分析によれば、「ジェンダー意識の変化が現実を変化させる側面よりも、現実の変化がジェンダー意識を変化させる側面の方が強い」ことが示されています(山田2012)(注3)。
 このことを上記の意識にあてはめると、例えば、本来は妻には家庭を守って欲しい男性であっても、自分一人で世帯所得を稼ぐことが困難な状況であったり、すでに妻が就労して家計に多大な貢献をしていたりする場合に、不本意に、「男は仕事、女は家庭」といった考えに反対している可能性があるということになります。

 さらに、日本では、共働き世帯が多数を占める現在も、「男性が稼ぎ手」とする意識が根強く、それは男性だけではなく女性もまたそうした意識が強い状況があります(注4)。
 こうした「男性が稼ぎ手」とする意識が変わらなければ、女性の労働参加率が高まっても、「正社員男性とパートの女性」という形による、性別固定的な役割分担は変わらないでしょう。

 こうして考えると、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という規範に賛意を示す人々が減っているという結果から、「性別役割分業を多くの人が否定している」⇒「ジェンダー平等意識が高まっている」と単純につなげてしまうことは慎重になる必要があります。

3 イクメンという男らしさ

 共働き世帯の増加を受けて,2007年に「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」が制定されましたが、こうしたなかで、2006年に.「イクメン」という言葉が登場し、2010年には,政府は「イクメンプロジェクト」を立ち上げ,流行語大賞に入賞するなど,男性が育児を担う「イクメン」は、社会に受け入れられてきました。

 一見、ジェンダー平等と親和性があると思われる「イクメン」ですが、巽(2022)は、「イクメンは、稼得責任を維持し仕事を優先する<一家の稼ぎ主という男らしさ>をもちながら、子育てに積極的に関わる/関わろうとする父親像である」と指摘しています。
 また、別の調査では、職場における女性観が差別的な意識をもつ男性の方が、家事頻度が高いといった結果も示されています(笹川平和財団2019)。
 さらに、多賀ら(2023)は、男性の育児等へのケアへの関わりは、伝統的か非伝統的かという二極モデルでは捉えきれない形で多様化しており、ケア行為の参加が顕著である男性について、必ずしも、ジェンダー観が非伝統的であるわけではなく、男性支配や稼ぎ手役割といった伝統的な男性性に部分的に固執し続けている第3のタイプが存在していることを明らかにしています。そして、こうしたタイプは、20代でより多い傾向がみられ、価値観と現実との間で葛藤を抱えており、自身の生活の質も低いことが示唆されています。

 このことを踏まえると、イクメンやワーク・ライフ・バランスの推進によって、男性がより家事や育児を担うようになっても、性差別的な意識はそのままに、「伝統的な男らしさ」を体現する形で、男性がかかわる状況が生じ得ることとなります。
 そして、それは結果的に、育児へのかかわりを通じて、妻を侮辱したり、支配したりするという「イクメンDV」の男性を産むことにもなり得ます。

 実際、コロナ禍においてテレワークが推奨され、図らずも、これまで以上に育児や家事にかかわることとなった男性もいると思いますが、このコロナ禍のステイホーム期間中の子育て時間の変化について専業主婦世帯の夫婦に尋ねた調査では、夫の約2割が「積極的に子どもの面倒をみるようになった」(20.9%)と回答している一方で、妻の約1割は「配偶者の育児にイライラすることが多くなった」(11.3%)と回答しています(明治安田生命2020)。また、夫のテレワークを望まない妻(25%)が、その理由として最も多く挙げたのが、「夫がずっと家にいることで、家庭不和になり子どもに悪影響なため」(36.4%)となっています。
 これまで仕事中心であった男性が、突如、子育てに関わることになったとしても、単に自己満足で終わっている可能性や、子育てに口を出すことで煩わしい存在にしかなっておらず、夫婦間の葛藤が高まっている様子が想像されます。

 このため、単に、男性に家事・育児を担うことを求めればよいというものでなく、こうした「男らしさ」や偏ったジェンダー観にとらわれている男性の意識自体を変化させることが必要です。

 また、男性に限らず、女性についても、単に仕事での活躍を求めることだけでは、ジェンダー平等が実現するとはいえない可能性があります。例えば、管理職についた女性が、そのことによって有した権力や権限を、これまでの男性と同じように行使するのであれば、社会の支配的、抑圧的な構造は変化せず、単に一部の女性が男性のポジションをとってかわるだけになります。さらには、伝統的なジェンダー観をもつ母親にとって、さらなる労働への参加は、現実的な両立の難しさに加えて、その価値観とのギャップで葛藤を抱えることにもなり得ます。

4 真のジェンダー平等社会の実現に向けて

 ジェンダー平等の実現にとって必要なのは、これまでの伝統的な役割から解放されて、男性も家事・育児を担い、女性も稼ぎ手となる表面的な形だけの変化ではなく、その根源となっている規範や抑圧構造自体も変えていくことです。
 行動の変化とともに、意識の変容も促す、このことを同時に進めてこそ、真の意味でジェンダー平等な社会に近づいていくと考えます。
 そして、その際、自身のジェンダー観と現実との間で葛藤を抱える人々への支援も不可欠です。特に、伝統的な「男らしさ」に囚われている男性は、家事や育児への積極的なかかわりの裏で苦悩し、自他に有害な影響となってあらわれる可能性があります。
 このため、こうした男性にアプローチし、その生きづらさに寄り添い、有害な男性性からの解放を促しながら,その悩みの根源となっているジェンダーの問題を「女性の問題」ではなく自らの問題として捉えてもらうことが大切です。そして、そのことを意識して、ひとり一人の男性が主体的に家庭や仕事、地域社会において、支配的・競争的ではない対等で互いに尊重しあえる関係性を形作っていくことが、マクロの男性優位社会を変えていくためには重要になります。

 さらに、抑圧構造は、性別のみならず、年齢、社会経済的地位などが複雑に絡み合って生じており、男性から女性に対してだけではなく、女性から男性に対しても、さらには同じ性別内でも生じており、単純なものではありません。
 このため、「男性」や「女性」といったカテゴリーで区別し、画一的に取り扱うのではなく、複雑な抑圧構造に目を向けながら、多様なタイプの人々に対して、多角的な視点をもってアプローチしていくことが、全ての人にとって生きやすいジェンダー平等社会の実現を目指すうえで重要だと考えます。


【注】
1)2022年の結果を年代別でみると、18~29歳が賛成18.7%で、年代が上がるにつれて賛成割合も増加し、70歳以上は46.1%が賛成となっています。また、男女別でみると、賛成の割合は、女性が28.4%であるのに対して、男性は39.5%となっています。このように、年齢や性別で意識の差が存在しています。
2)本調査では、賛否の理由も尋ねており、反対の理由で、最も多いのが、「固定的な夫と妻の役割分担の意識を押し付けるべきではないから」(70.8%)で、次いで、「夫も妻も働いた方が、多くの収入が得られると思うから」(44.8%)、「妻が働いて能力を発揮した方が、個人や社会にとって良いと思うから」(40.0%)といった回答が多くなっています。これらの理由からは、必ずしも、性別役割自体を否定しているとはいえないことに加えて、自らの希望や意思にかかわらず、社会的に望ましいとされている考え、すなわち道徳的に適切だと考えられる価値観として回答している場合もあると思われます。
 また、「全国家庭動向調査」(国立社会保障・人口問題研究所)では有配偶女性に対して、「結婚後は、夫は外で働き、妻は主婦業に専念すべきだ」といった明確に専業主婦世帯への賛否を問う項目の調査がありますが、2018年調査では38.1%が賛成しており、内閣府の世論調査と大きく離れてない結果となっています。
3)同調査では、特に、夫の収入が、「年収が低い」、「収入が減少した」といった現在もしくは過去の状態ではなく、これから収入が減るだろうといった明るい将来像が描けない場合や、妻の家計貢献度が高いほど、夫が性別役割分業型の夫婦関係により否定的であることが示されています(島2012)。また、これまでの研究において、夫が性別役割分業に否定的であるほど、育児・家事への参加程度が高いことを示した結果(イデオロギー仮説)もありますが、これは因果関係を示したものではありません。
4)「令和4年度性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査」(内閣府)によれば、「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」という項目に賛成する人(そう思う+どちらかといえばそう思う)の割合は、男性48.7、女性44.9%となっており、男女ともに性別役割に関する調査項目のなかで最も賛成割合が高くなっています。

【引用・参考文献】
 公益財団法人笹川平和財団(2019)『新しい男性の役割に関する調査報告書―男女共同参画(ジェンダー平等)社会に向けて』
 島直子(2012)「第9章 夫たちの「夫婦関係に関する意識」―妻の就労と夫の経済力が及ぼす影響」目黒依子・矢澤澄子・岡本英雄編者『揺らぐ男性のジェンダー意識 仕事・家族・介護』新曜社,154-166
 多賀太・石井クンツ昌子・伊藤公雄・植田晃博(2023)「ケアする男は「男らしい」のか ―ケアリング・マスキュリニティの複数性に関する計量分析―」『家族社会学研究』35(1), 7-19
 巽真理子(2022)「子育てというケアとイクメンの男らしさ―ケアリング・マスキュリニティについての一考察―」『社会学評論』72(4),450-466
 内閣府(2023)『令和5年版男女共同参画白書』
 明治安田生命(2020)『コロナ禍における子育て世帯への緊急アンケート調査』
 山田昌弘(2012)「第3章 男性のジェンダー意識とパートナー関係」目黒依子・矢澤澄子・岡本英雄編者『揺らぐ男性のジェンダー意識 仕事・家族・介護』新曜社,40-53

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?