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男性のDV被害の実態と支援

 DV(ドメスティック・バイオレンス)は,歴史的に、男性優位な社会的構造を背景に男女間の対等ではない関係性から生じる「女性に対する暴力」として、社会問題化され、その支援体制が構築されてきました。
 しかし、今日、DVの背景とされてきた家父長制や「夫が稼ぎ手、妻は専業主婦」といった性別役割分業に特徴づけられる近代家族モデルは衰退し、ジェンダー関連の法整備も進むなか、男女の働き方、性役割や意識も変化し、多様化しています。
 そうしたなか、近年、報道や調査結果などから、男性のDV被害が少しずつ顕在化している状況がみられます。
 男性の性暴力被害については、旧ジャニーズ事務所での性加害事件が大きくとりあげられたことで、その問題が注目され、支援の必要性が認識されはじめましたが、配偶者間のような親密な関係のなかで生じるDVについて、男性の被害の実態や支援に関する議論は、十分にされているとはいえません。
 このため、今回は、男性のDV被害をとりあげて、その実態と支援のあり方について考えてみたいと思います(注1)。
(※この内容は、私が執筆した論文(注2)の内容を基に整理したものになります。)


1.DV相談件数

 全国の配偶者暴力相談支援センターに寄せられたDV相談件数は、コロナ禍だった2020年度をピークに若干減少している傾向にありますが、依然として高止まりの状態にあり、直近の2022年度の件数をみると、女性118,946件(97.3%)、男性3,211件(2.6%)、その他54件(0.1%)となっており、圧倒的に女性からの相談が多い傾向があります(図1)。
 社会の抑圧構造を反映して、被害者が女性に偏っているため、こうした結果となってあらわれていることが想像されます。

2.DV被害経験率

 それでは、実際に被害者に偏りがあるのかどうか、内閣府の2023年度調査(注3)から、DVの被害経験率をみてみます(図2)。
 すると、これまで(過去の人生全体)に配偶者からDV被害にあった(「1・2度あった」+「何度もあった」)人の割合は、女性が27.5%に対して、男性が22.0%となっており、女性の方が多いものの、相談件数ほどの大きな差はなく、男性も一定程度被害にあっていることがわかります。
 さらに、これを調査時点から1年以内の被害経験に限ると、女性が11.7%に対して、男性は11.0%となっており、同程度の被害経験となっています(図2の赤色部分)。

 この調査結果を見る限りにおいては、これまでは女性の方が被害にあうことが多かったものの、近年は、男性も女性と同じくらいDV被害にあっているということになります。
 かつては「女性の問題」として捉えられてきたDV被害ですが、このように、男性のDV被害も顕在化しています。
 こうした背景のひとつに、社会の変化があると考えています。つまり、近代家族的な家族のあり方が、男性から女性への暴力の要因になっているとされてきたわけですが、家族のあり方も変化し、特に、若い世代では、賃金の停滞や非正規職員の増加などによって、従来の近代家族モデルを実現できる男性が少なくなってきています。
 また、男女共同参画やジェンダー平等に関する法整備や取組が進められていくなかで、ジェンダー秩序や働き方にも変化が生じ、多様化しています。そして、人権意識やDVへの認識の高まりともあいまって、男性の被害がおもてに出始めているのではないかと考えます。

3.相談件数と被害経験率とのギャップ

 このように、男性のDV被害も女性と同程度に発生しているという結果がみられる一方で、「1」で相談件数をみたように、相談に至る男性は非常に少ないという状況がありますが、このギャップはなぜ生じているのでしょうか。
 実際、内閣府の同調査によると、DV被害について誰にも相談していない人は、女性が約4割に対して、男性は約6割となっており、他の同様の調査でも、男性の方が相談しない傾向があることが明らかとなっています。
 このように男性が相談に至りにくい背景には、男性被害の特徴、男性性の特性、相談支援体制などが影響していることが考えられます。
 では、これらについて、私の行った研究結果に基づき説明していきます。

4.被害者の特徴

 男性のDV被害の特徴として、まず比較的若い世代で多いという点があります。
 これは、上述のような時代の変化もあり、特に若い世代で、人権やDVへの意識が高いことが関係していることが考えられます。
 次に職業や収入、学歴といった社会経済的階層については、調査によって、階層が高い層であらわれているものもあれば、低い層であらわれているものもあり、一貫した傾向を見出すことは難しい状況にあります。
 しかし、このことから、従来のような解釈に基づくDVの説明ができないこと、つまり男性の社会経済的階層が高くても、必ずしも、それが家庭内の優位な関係に直結していないということは言えるかと思います。

5.背景・要因

 続いて、背景や要因として、これは男性に限りませんが、個人の成育歴や特性がかかわっており、子ども時代の暴力経験や、固定化した性役割の家庭で育ったこと、そして加害者が精神的に不安定な状況にあることなどが挙げられます。
 また、夫婦二人の関係性に着目すると、従来の男女の関係性とは逆に、女性の方が男性よりも立場的に優位にあることで、男性が被害にあっているケースがみられます。
 例えば、妻の方が仕事で安定していたり、収入が高かったりする場合、あるいは、家計管理を妻が担っていることで、お金が自由に使えずに経済的に支配されているようなケースがあるほか、離婚すると妻が親権者となり、子どもと離ればなれになってしまうという気持ちがあるために、暴力があってもその状態で耐えているケースなどがあります。
 それから、男女それぞれが固定的なジェンダー規範にとらわれていたり、相手に対するジェンダー規範の期待や押しつけが生じたりするなかで、理想と現実とのズレから生じた葛藤が、相手への暴力へとつながっている場合があります。
 特に、近年、家庭内の役割が多様化してきたことで、夫婦間の理想と現実のズレが生じやすくなっていることも考えられます。そして、この場合、例えば、専業主婦家庭であっても、男性に家事・育児が求められる状況があるなかで、それを実践できない男性が女性から責められるといったケースもみられます。

6.暴力の特徴

 続いて、暴力の特徴として、近年は「モラハラ」といわれるような、精神的な暴力が多い傾向があり、これは、全体的な傾向として見られるものですが、調査によっては、例えば、「外出や交友関係の制限」「無視」「人前でバカにしたり悪口を言う」といった経験が女性より男性の被害が多いという結果もあります。
 また、女性から一方的に暴力にあっている男性ももちろん存在しますが、一部の研究や私の行った調査では、双方向的な暴力が比較的多いという傾向がみられました。
 これもいくつかパターンがあると思いますが、例えば、妻からの継続的な加害に耐えて耐えて、最後に耐えきれずに暴力を振るってしまうパターンもあれば、常にお互いが暴力を振るっているケース、そして、夫婦のパワーバランスが、その時々の二人の状況によって変化して、流動的に被害・加害関係を生じさせているようなケースなどが考えられます。
 特に、最後のケースについては、近代家族的な夫婦では、夫婦の役割が固定的で、男性優位の立場も変わる可能性が低かったかもしれませんが、そのあり方も多様化しており、仕事や子どもの誕生などの変化で夫婦の力関係にも変化が生じやすくなっていることが背景として考えられます。

7.被害の影響

 被害の影響については、女性と比べて心身への影響が小さく、深刻度が低い可能性が考えられます。もちろん、なかには深刻なDV被害にあっている男性もいますが、女性と比べた場合の全体の傾向としては、このような傾向がみられるということになります。
 また、女性の被害と同様に、自尊感情の低下、「自分が悪い」と自罰的な感情があること、被害をこれ以上受けないように抵抗をしないといった被害の最小化や無力感がみられること、共依存関係にあるケースなどがみられます。
 次に、男性に特徴的な部分としては、女性から暴力を受けていることを恥ずかしい、認めたくないといったように、「男らしさ」に縛られていることで、被害をおもてに出さない傾向があります。そして、まだまだDVへの認識が低い傾向があり、男性から女性への暴力や身体的暴力のみをDVだと認識している男性が多く存在しています。

8.DVの類型の違い

 ここまで、男性被害にみられる主な特徴をご説明しましたが、アメリカのjohnsonは、DVを単一の現象として捉えるのではなく、その類型によって、原因や経緯、結果、予後が異なることから、4つの類型に分けて考える必要があることを強調しています。
 図3は、その4つの類型を私が単純化して整理したものですが、〇の大きさは、それぞれの類型での性別による被害者の大小をあらわしています。

 類型のうち、①Intimate terrorism(家父長支配型暴力)は、二人のうち一方が相手を支配している関係での暴力で、これは従来から女性支援の現場で報告されてきた家父長主義的なDVに該当するものになります。これまで、
DV問題は、この①に該当する被害者に焦点があてられてきたために、主に「女性の問題」と位置付けられてきたと言えます。
 次に、②Mutual violent control(相互支配型暴力)は、お互い支配的で暴力的な関係において生じる暴力で、これは非常に稀なケースで他の類型との区別が難しいとされています。
 そして、③Violent resistance(抵抗型暴力)は、一方的に暴力を受けている状況のなかで、相手への抵抗として生じるような暴力です。我慢に耐え切れずに暴力を振るうようなケースが該当します。
 最後に、④Situational couple violence(状況対応型暴力)は、いずれも支配的でない関係性において、状況に応じた形で双方向的に生じる暴力です。上記「2」で、内閣府調査によるDV被害経験率を紹介しましたが、こうしたアンケート調査であらわれるような男性の被害は、比較的この暴力が多いということをjohnsonが指摘しています。
 この④の類型の暴力は被害の程度も比較的軽い場合が多いとされ、かつ非支配的な形の暴力であるため、不均衡な「力」を不当に用いて相手を「支配」することを前提とする従来のDVの概念に含めるか否かは疑義が生じる部分だと思われます。

 このように、4つの類型があることを踏まえると、女性と男性の被害経験率が同程度であったとしても、例えば、①と④ではその深刻度や介入の必要性が異なることから、安易に「男性も女性と同じように被害にあっている」と捉えることは慎重である必要があると言えます。
 かといって、「男性の被害はたいしたことない」とか、「男性への支援は必要ない」としてしまうのも適切ではないでしょう。男性にも①に該当する深刻なDV被害にあっている人もいれば、④であったとしても、現実に暴力の被害に悩み、苦しんでいる男性がいて、そこに人権侵害が生じているのであれば、支援の対象として介入していく必要があると考えます。
 この点、johnson自身も、④の類型の暴力であっても、エスカレートして深刻な被害が生じる場合や、頻繁に暴力を受けていて、心身の不調につながる場合もあることを述べています。また、上述のように、二人の関係性は、常に固定されているわけではないという前提にたてば、状況の変化によって、非支配的な関係から支配的な関係に変わっていくことも考えられます
 こうしたことは、男性だけではなく、女性、そして、同性間の暴力にも共通して言えることだと思います。

9.相談・支援体制の課題と今後の方向性

 これらの男性被害の特徴を踏まえたうえで、DV被害者への相談・支援にかかる課題と今後の方向性について簡潔に述べたいと思います(図4参照)。

 まず、現状の相談支援体制が、歴史的な経緯もあり、女性への支援を前提として構築されているために、男性が相談できる窓口や、シェルターをはじめとする男性向けの社会資源が不足しているという点があります。
 こうした脆弱な支援体制であることが、男性が相談する際の心理的ハードルを上げている可能性もありますので、まずはその体制を充実させていく必要があるということになりますが、その際、男性相談のように男性の悩みを広く受け付ける窓口が入口となり、そこでDV被害だとわかれば、専門機関につなぐといった形の方が、DVの認識が低い男性被害者も捕捉しやすいのではないかと考えます。

 次に、先ほどご説明したように、DVの類型、特にそのリスクも踏まえて支援しないと、支援のミスマッチが生じる可能性がありますので、その前提として、DVをアセスメントできるようなツールが開発される必要があると思います。
 また、深刻な暴力被害があれば避難するということが大事になりますが、類型によってはその支援がなじまなかったり、避難以外の支援ニーズも存在したりしますので、そうしたニーズにも対応してく必要があると考えます。
 それには、支配的な加害者に対応する「加害者向けのプログラム」のようなものも想定されますが、それに加えて、例えば、上記図3の④の類型にあたるような、ジェンダー規範のズレから生じて双方向的に暴力が生じている状態であれば、加害者・被害者双方に介入して、互いに尊重し合える関係性に改善していくという支援もありうるのではないかと考えます。

 さらに、男性の相談・支援に携わる人材の不足という課題がありますが、専門資格があればよいというものでもないので、二次被害が生じないためにも、専門職の教育や研修に、ジェンダー視点を組み込んでいく必要がありますし、現在主に行われている男性向けの匿名の電話相談に加えて、継続的にソーシャルワークを行う体制もつくっていく必要があると考えます。

 最後に、偏ったジェンダー規範や価値観がDVの要因となっているのであれば、そうした社会意識が変わらないと、どんな取り組みをしたところで、DVの再生産はなくなりません。また、DVへの正しい認識が広まらないと、特に男性の場合、相談につながりにくい現状は変わらないと言えます。
 このため、地道に広報・啓発をしていく必要がありますが、DVの問題は、女性だけの問題ではないので、男性被害への理解も深めながら、男性も自分事として主体的に関われる取組として進めていくことが大事だと思います。

10.男性への支援で留意すべき視点

 ここまで相談・支援のあり方について述べましたが、男性を支援する上で留意すべき点がありますので、最後にこのことを触れておきたいと思います(図5参照)。

 マクロの視点で社会をみた場合、層としての男性が層としての女性を抑圧しているという全体的な構造があり、差別や不平等を生じさせているこの構造を常に念頭におきおく必要があるわけですが、こうした視点だけでみると、男性の被害は見えにくいものになってしまいます
 一方で、ミクロの視点でみた場合には、もちろん抑圧する側の多くの男性がいますが、そこには抑圧されている男性も存在しているので、こうした男性にも光をあてて支援していくことが必要になります。しかし、その際の支援が権力ピラミッドの上を目指すような支援であったり、ミクロの視点のみに着目して、男性の被害者性だけに寄り添うような支援になったりしてしまうと、全体の抑圧構造自体は何も変わらないことになります。
 このため、マクロとミクロの両面の視点をもって、男性支援にもかかわっていくことが必要になってきます。そして、被害者への支援とともに、加害者、さらには抑圧に無自覚な傍観者も含めて働きかけをしていかないと、この構造はなかなか変わらないと思います。
 また、DVなどのジェンダーの問題については、男女を二分して、対立的に位置付けるような形ではなく、立場や性別にかかわらず、あらゆる人に共通の課題として捉えて対応していくことが、様々な取組みを有効に進めていくためには大切だと考えます。このことが結果として、主に男性が原因となって生じている女性のDV被害の予防や減少にも寄与し、さらには、誰もが自分らしく生きられるようなジェンダー平等社会の実現につながるものと考えます。

【注】
1)本稿で「DV」とは、DV防止法が対象としている配偶者間の暴力を想定しており、同棲状態にない恋人間の暴力(いわゆる「デートDV」)は含まない形で論じています。また、同性のカップル間でもDVは発生しますが、ここでは、主に異性カップルの関係を対象にしています。
2)筆者の修士論文「男性のDV被害の実態と相談・支援のあり方―被害者の多様性に対応した支援の構築に向けて―」と『福祉社会開発研究』に掲載の論文「男性のDV被害の背景と支援のあり方―男性向け相談機関の相談員らへのインタビュー調査から―」(後者は、おってWebでも公開予定)
3)3年に1回実施している「男女間における暴力に関する調査」。直近の2023年度調査は、18~59歳の男女5,000人を無作為抽出し、令和5年11月30日~12月24日に郵送留置訪問回収法により調査。有効回答数は、2,950人(女性1,597人、男性1,353人)。なお、今回調査から、前回まで含まれていた60歳以上が対象から除かれたため、過去調査の結果との比較は難しい。

【参考文献】
鮎川葉子(2008)「米国の「男性支援センター」事業の社会的意義:NPO/Men's Resource Center for Change における非営利事業マネジメントからの考察」『アジア太平洋研究センター年報』5,23-29
角朋之(2024)「男性のDV被害の背景と支援のあり方―男性向け相談機関の相談員らへのインタビュー調査から―」『福祉社会開発研究』日本福祉大学大学院,第19号,1-10
内閣府(2024)『男女間における暴力に関する調査報告書(令和6年3月)』
内閣府(2022a)「配偶者暴力相談支援センターにおける相談件数等(令和3年度分)」
※上記以外の参考文献については、角(2024)に掲載





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