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坂崎重盛さんは不良隠居で、かっこいい酒飲みで、本と街をこよなく愛する粋人。『神保町「二階世界」巡り・及ビ其ノ他』にはそのあたりがみんな書いてある。

坂崎重盛さんの『神保町「二階世界」巡り及ビ其ノ他』(2009年10月15日第一刷/平凡社刊)

ぼくの大好きな酒飲み。東京の下町商家育ち。粋人にして細やか、それが生き方の柄、酒の飲み方に滲んでいる


と、昔からの知己のように書いていますが、お会いしたかどうかも定かではない。

ぼくが駆け出しの頃、「徳間書店」という出版社に拾われて、「問題小説」(もうとっくに廃刊)編集部の隣の島、実用書、その他いろいろをでっち上げる編集局にいた頃、編集プロダクション「波乗社」代表として「問題小説」や、ぼくの居た編集局に打ち合わせにいらしていたので、一回くらいは…

坂崎さんは、甥っ子の七光りで随分得してる、と冗談を云われていますが、アルフィー坂崎幸之助さんにとっては憧れの叔父さん。

一応、プロフィールなど。
1942年東京生まれ。千葉大学造園学科卒。横浜市計画局に勤務。退職後、編集者、随文家に。著書に、『超隠居術』、『蒐集する猿』、『東京本遊覧記』、『東京読書』、『「秘めごと」礼賛』、『東京下町おもかげ散歩』、『東京煮込み横丁評判記』などがある。

BS「酒とつまみと男と女」“不良隠居”として出演されていた。
好きな番組だったなぁ。
かなりの確率でぼくも通ったお店が出てきたりして、大好きだったなぁ。

この本の話をしましょう。
坂崎さんが雑誌やPR誌、本の帯、推薦文などに執筆された記事の、曰く“スクラップ・ブック”。

タイトルに“神保町「二階世界」”とあるから神保町の古本屋の話が延々と続くのかと思いきや、老舗古本屋の二階というものが、いかに魅力的な世界かを初っ端の8ページでさらっと片づけてしまっている。
全380ページの本なのにです。
さすが不良隠居。


●〔其ノ一〕この人を巡りて

ここで紹介されている作家連が、またねぇ…しぶい!
半村良、正岡容、吉田健一、安藤鶴夫、池波正太郎、山田風太郎、植草甚一、草森紳一、野田宇太郎

半村良さんは直木賞作家。68歳で惜しくも。
直木賞作家であり、大ヒット映画「戦国自衛隊」の原作者。
伝奇SF小説という分野を切り開いた超売れっ子作家にも関わらず、その訃報が大々的な記事になることが無かったのを覚えている。

坂崎さんは、
「スター作家でありながら、スポットライトの強い光の中からは身をずらそうとしているかに見えた」と書かれている。
“祭り上げられていい気になってやがる”そんな風に思われることを嫌ったのか、浅草育ちには、そんなこだわりがあったのかもしれません。

下駄好きの坂崎さんが、『げたばき物語』を書くほどの下駄好き半村さんのこんなエッセーを紹介している。

「下駄をはくたび死んだおふくろや親類の者の顔を思い出すのは、足の裏から子供の自分がよみがえってくるせいだろう。下駄をはいて浅草をうろつく私は、ひと足ごとに過去を踏んづけて歩いているわけだ」(半村良著『小説 浅草案内』)

ね、ちょっといいでしょう。

ぼくは、半村さんの『雨やどり』が好きだった。
家の中を探してみたが、本箱にも納戸にも見当たらない。

四谷駅から荒木町まで行かない裏町で、待望のバーを開店させた男と、激しい雨の日にちょっとの間、雨宿りした見知りのホステスの恋物語。

雨は、やがて上がるもの。上がれば雨宿りもおしまい。
直木賞にふさわしい、ビターでほんのすこしスイートな物語。

もうひとり。

安藤鶴夫さんは、直木賞作家であり、落語、文楽、歌舞伎、新劇の評論家だが、食についても一家言ありの方。

和菓子の「鶴屋八幡」が発行していたPR誌「あまカラ」に掲載された記事が紹介されている。

「わたしのすきなたべものやは、どこも、みんなうまいうちだが、同時に、みんな、符合したように客扱いの、快い店ばかりだ。うまいということと、客扱いの快いということを、わたしはおなじ比率で、たべることの、大事な評価としている」

同感です。若輩ながら、この伝で行っております。


●〔其ノ二〕この町を巡りて

浅草、向島、人形町、銀座、神保町、湯島、神楽坂など、お馴染みの町と庭園美術館、牧野記念庭園など、ぼくにもお馴染みの場所がいくつも登場する。
ここでは町部門でいくつか。

神保町の地下鉄を昇ったすぐ左の裏道が大好き。

ちょうど、靖国通りとすずらん通りに挟まれた本当に狭い路地ですが、「さぼうる」「ラドリオ」「ミロンガ」「居酒屋兵六」の脇を抜けて「三省堂書店」裏口に到着する。
坂崎さんは、“さラミ兵三”横丁と名付けている。
分かり易い。

湯島のバーも坂崎さんとかぶる。
ラブホテル街の中に「EST! EST!! EST!!!」「琥珀」「AB…E」と、錚々たるBARが軒を連ねている。
アイリッシュ・コーヒーを覚えたのは約25年前の「EST!・・・」だった。


●〔其ノ三〕この本を巡りて

ここでは、山口瞳さん、村松友視さん、石田千さん、山本容子さん、嵐山光三郎さん作家のこと、のことなどが紹介されている。

坂崎さんは、山口瞳さんの著作を読み込んで〔鉄火思想〕というものに思い至ったと記している。

〔鉄火思想〕―とは、山口瞳という作家のもっとも基本的なもののひとつではないかと思われるこの「この世はすべて鉄火場である」という考え。
ピンと張りつめた神経、意気、気合い、見切り、また見栄や伊達にさえも身心を賭してしまう考え、気質。


NHKのディレクターが、山口瞳さんと向田邦子さんを会わせようとした時、
山口さんは、
―私は、猫のいる家は駄目だ。臭いが厭だ。そこで酒を飲む気にはなれない。

それを聞いた、これも坂崎さん云うところの〔鉄火思想〕気質の向田さんが、即座に云ったそうです。
「うちの猫、殺します」

この後、〔其ノ四〕其ノ他 と続きますが、このあたりで。


2018年、秋。家人と向かった金沢への旅。
〆のBARを探して片町辺りを流していたら、ありました。
初見ですが、こんな事には鼻の効く二人。

木の香あたらしいドアを開いて、先客と入れ違いに中へ。

気働きの行き届いた店のスツールに座る。
女性バーテンダーがお一人で切り盛りされているお店だった。
キリっとして好ましいその方に、いま、坂崎重盛さんが出てこられたようだけど…と。

はい、昼間のイベントで金沢にお見えになったそうで、ふらっと。

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