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異語り 022 初めてのお使い

コトガタリ 022 ハジメテノオツカイ

年の瀬も押し迫るスーパーの駐車場。
出入り口のそばには正月飾りの屋台が並ぶ。
夕刻となり、いよいよ活気づく人の流れに最後の売り込みの声が響く。

出入り口のすぐ側のテントにはそれなりに人の列も出来ているが、その隣となると実に寂しい雰囲気になる。
私はめいっぱい火を大きくしたストーブを背に足踏みを繰り返す。

ひっきりなしに車が出入りする駐車場に向かって声をかけるが、反応はほとんどない。
「あと、2時間か」
さっきから何度も時計を確認しているが、なかなか針は進まない。

時給の良さに飛びついたが、まさか屋外テントとは思わなかった
「来年はもうやらないな」
そんなことを考えていると視界の隅に一組の親子の姿が映った。

幼稚園くらいの少年とその父親のようだ
仲良さげに手をつなぎ、こちらに歩いてくる。
別にどうってことのない景色だが、なぜか意識がそちらに吸い寄せられる。

見ていない風を装いながらチラチラと彼らの様子を伺っていると、どうやら少年が初めてのおつかいに挑戦するような話が聞こえてきた。

「年の瀬でみんな自分事で大忙しだ、心配せずにゆっくり回れば良い」
「はい、父上」
「私はここで待っているから」
「はい、行ってまいります」

元気よくスーパーの中へ駆けていく少年を微笑ましく見送った。
父親の方は少し場所を移動し、私のいるテントの影にそっと立つ

人波と風を避けるためかな?
ただ、じっと待っているには寒いだろうと思い、私は自分の後ろにあったストーブをテントの端へ向けた。

テントの幕があるからあまり熱は伝わらないかもしれないが、あの少年が戻ってくるまで少しでも暖かいといいなぁ


30分ほどすると、少年が息を弾ませスーパーから出てきた。
キョロキョロと辺りを見渡すとすぐに父親を見つけたらしい。
笑顔を輝かせこちらに駆け出そうとした。
しかしすぐ脇のテントに気付き足を止める。

正月飾りが珍しいのだろうか?
少年は小さな手で、ひとつひとつちょんちょんと触りながらゆっくりとこちらに移動してくる。
私のテントでも同様に小さな飾りにも大きな飾りもにちょんちょんと触りながら通り過ぎていく。

お客もいないし、乱暴な触りかたでもなかったので、可愛いなぁと思いながら静かに見守っていた。

少年が台の一番端っこにある榊の束に触れた瞬間
パッ
と小さな花火が上がったように見えた。

えっ?

少年は何も無かったようにテントの影にいた父親に飛びついた。
「よくできた」
父親も嬉しそうに少年は抱きしめる。

ああ、いい光景だなぁ
なんてホンワカしていると、父親が顔を上げ私と目が合った。
ほほ笑みを浮かべ会釈されて、慌てて私も頭を下げた。

「じゃあ次だね」
先に駆け出した少年を追うように父親もテントに背を向ける。
その刹那

父親はスッと手を伸ばしテントの軒に下げてあったしめ飾りに触れた

パンッ!
と何かが弾けた音が聞こえた気がした。
テント内にキラキラとした光の粒が舞い散る。

「えっ? えっ? 何?」

私が呆然とその光景を見つめていると
「すみません」と声がかかる

見れば手に商品を抱えたお客が待っていた。
さらに吸い寄せられるように次々と人がテントに向かってくる。

「はいありがとうございます」

私は慌ててお客から商品を受け取った。

その後はテントの隅に向けたストーブの向きを直す間もないほどに、客足は閉店の時間まで途切れることはなかった。


そういえば少年は入る時も、出てきた時も手ぶらだった。
はじめてのお使いではなかったのかな?
でも待っていた父親は少年を褒めてたし……。

テントの中を片付けながらさっきの光景を思い返す。

少年が触ると小さな花火が上がった榊の束。
父親が触れていった〆飾り。
そしてテントに舞った光の粒

ひょっとしてお正月の神様だったのかな?
福を配る神様の初めてのおつかいだったのかも。
ありえないと思いながらも、そう考えるとなんだか幸せな気分になれるのでそう思うことにした。


私は残っていた〆飾りを買って帰った。
1人暮らしのアパートには少し立派すぎる気もするが、いいことがありそうな気がしてワクワクしてしまう。


皆様も良いお年を

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