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【短編小説】雪かき

「いらっしゃいませー」
コンビニのドアが開いて、お客さんが入ってくる。
ああ、いつものじいさんか。
近所に住んでるのだろう、毎日朝の決まった時間にやってくる。

そして、パンと牛乳を買い、おぼつかない足取りで帰って行く。
今日はジャムパンだった。
朝食を買いに来るということは、ご飯を作ってくれる人もおらず、一人で寂しく暮らしているのだろう。

「ありがとうございましたー」
ああはなりたくないな。そう思いながら小さな背中を見送る。

その日の休憩時間、たばこを吸いに外に出てみると、向かいの公園でそのじいさんが雪かきをしていた。
公園といっても小さなもので、近頃の風潮にともなって遊具も撤去され、しなびたおっさんがたまにベンチに座ってるくらいの公園だ。
雪が降ってからは、ろくに除雪もされず、公園に入る人もいなかった。
なんでわざわざそんなことを。
自分の家じゃあるまいし。
俺がたばこを吸い終わるまで、じいさんは一度も休まず雪かきをし続けた。
意外と体力があるのかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えながらバックルームに戻った。

その翌朝もじいさんは来た。今日はツナマヨパン。
そして、休憩時間に外に出てみると、また雪かきをしていた。
昨日、あの後に雪が降ったので、同じところを雪かきしている。
どうせまた雪が降るんだから意味ねえって。
吐き出したたばこの煙が空に溶けるくらいの曇り空。

それからじいさんは懲りずに毎日雪かきをしていた。
あまりにも真剣で、あまりにも執拗なので、とうとうボケちまったんだと思う。
そうして雪が少なくなってきて、ちょっとずつ公園がきれいになっていった。
いつのまにか俺の昼休みは、じいさんを見るのが日課になっていた。

連休明けの日曜日。近所でイベントがあるみたいで、今日は朝から忙しい。
さばいてもさばいてもやってくる客の相手をし続けて、やっと昼休憩に入れた。
そういえばあのじいさんは来なかったな。
雪かきのしすぎでへばっちまったのか。
喫煙所に向かうと、子どものキャッキャという声が。
初めは例のイベントかと気にしなかったが、どうやら公園の方から聞こえてくるようだ。
いつもはじいさんが一人で雪かきしてるだけなのに。
少しだけ気になって、公園に足を向けてみる。

驚いた。
公園は他のどこよりもきれいに雪かきがされていて、真ん中には大きな、大きな雪だるまが立っていた。
そのゆきだるまの背中にはすべり台が付けられていて、そこで子どもたちが遊んでいたのだ。
これをあのじいさんが?
とても素人が作ったとは思えない。
慌てて見渡してみるが、じいさんはいない。
こういうときに限っていやがらねえ。
今度レジに来たら話しかけてみるかな、ちょっと恥ずかしいけど。

だけど、それからじいさんはぱったりとコンビニに来なくなった。
最初は雪かきの疲れが出たのかと思ったが、一週間してもじいさんは来なかった。
さすがに妙に思って、ふだんは話さない店長に聞いてみた。

「ああ、あのじいさんなら、どこかの施設に入ったらしいよ。だいぶ頭もきてたしなあ。遠くに住んでる親戚が手配してくれたんだって。いいよなあ、金のあるじいさまは」
珍しく機嫌のいい店長はその後も話し続けたが、話は頭に入ってこなかった。

昼休み、いつものようにたばこを吸いに外に出る。
気づいたら足が公園に向いていた。
大きな雪だるまは、ただしんしんとそこにあった。
1週間も経ったから、全体的に黒く汚れている。
すべり台の階段はもはやぼろぼろになっている。
だけど、雪だるまの表情は、どこか満足そうだった。

そうして春が来て、俺は店長に辞表を出した。
常に人手不足を憂いている店長が怒ったように何かを言っていたが、心には何も響かなかった。
これからどうするのかは俺にもわからない。
ただ、俺も何かやらなきゃなあ、と柄にもなくそんなふうに思ってしまったのだ。
雪もとけたことだし、あの公園のベンチでゆっくりたばこを吸おう。
公園の端には黒々とした雪の塊が、少しだけ残っていた。

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