第50回 得て良い利益と得てはならない利益

江戸幕府の京都所司代という役職は、元々は幕閣の老中より上席として置かれていました。
江戸で政治をするより、京都で天皇や公家を監視する方が、はるかに困難だと考えられていたからです。
その京都所司代に就任したのが、板倉勝重という人物です。
最初は家康のお膝元である駿府奉行から始まっているのですが、去年の大河ドラマ「どうする家康」には出てきていません。
それくらい、地味ぃぃぃぃな武将です。
しかし、家康から京都を任された程の有能な人物でもある訳です。

さて、この板倉勝重が駿府奉行だった頃の話です。
世話になったと、好物の鯛を届けてくれる人がいました。
ところが勝重は、その気持ちだけを受け取って、鯛は返してしまいます。
現代なら「賄賂!!」と言われそうですが、江戸時代に賄賂などというものは存在しません。
お中元、お歳暮などの心づけが当たり前の時代です。
鯛を受け取っても、誰からも非難されないのです。

だから、鯛を受け取らなかった勝重を、贈った相手は怪訝に思いました。
もしかしたら、自分が何か気に障るようなことをしたのではないかと・・・・。
そこで相手は、理由を勝重に聞きに行きました。
「鯛は、お嫌いでしたか!?」
「いやいや、大好物だよ。毎日食べたって飽きないよ。」
「では、どうして私が贈った鯛は、受け取って貰えなかったんですか??」
「それは、私が好きな鯛を食べ続けるためだよ。」
そう言われた相手は、余計に受け取って貰えなかった理由が分からなくなりました。

そこで勝重は、丁寧にその理由を教えました。
「もしあの鯛を受け取れば、私はあなたの頼みを断れなくなる。」
「いえ、私はそんなつもりで贈った訳ではありません。」
「分かってるよ、君がそんな人物ではないことは・・・・。でも、私が鯛を受け取ったら、私自身が君を無視できなくなる。」
「はぁ、でも、それは・・・・。」
「まぁ、最後まで聞いてくれ。それに受け取ったことが噂になって世間に流れたら、他の人たちも届けてくれることだろう。」
「はぁ・・・。」
「届けられると、私は断れなくなる。なんせ、君のを受け取っているのだから、他の人のも受け取らざるを得なくなるというのはわかるだろう。」
「はい。」
「その中に邪な考えを持つ者が居たらどうなる。私はその者を無視できず、公平な政治が疎かになってしまう。すると、家康様から呆れられて、駿府奉行の職を失うことになってしまう。そう思わんか!?」
「そうですね。」
「君の鯛を受け取れば、今は多くの鯛が食べられるだろうが、そのうちクビになって食べられなくなってしまう。しかし、君の鯛を受け取らなければ、沢山食べられないかもしれないが、それでも貰える給料で食べ続けることが出来る訳だ。」
「なるほど。」
こう説明されて、相手は勝重の考えの深さに納得したということです。
つまり、利益は利益でも、「得て良い利益」と「得てはならない利益」があるということです。

同じ利益ですが、それを手に入れることによって、自分が変わってしまうような利益は、手に入れるべきではありません。
例えば、100万円で買った翌日に運良くストップ高して、1日で20万円という利益を手にしたとします。
実際、投資をやっていれば、こんなことは1度や2度は起こります。

この時、ついつい「二匹目のどじょう」を狙いたいという欲望に駆られてしまいます。
そもそも狙った結果なら良いのですが、偶然の産物なら狙ったところで手に入れることは出来ません。
それなのに、自分の実力と勘違いし、偶然を必然のように狙うとなると、それまで積み上げてきた経験を投げ捨て、全く新しい投資を始めることになる訳です。
つまりど素人に逆戻りすることであり、「high-risk」以外の何物でもありません。

更に、これまで2万円の利益で満足していたものが、物足りなくなってしまったりします。
20万円の味を忘れられず、ついつい利確せずに大利を狙った挙句、買値を下回って損切りする、なんてことになってしまったりします。
すると、多くは自分のこれまでの投資法を逸脱し、利益が取れないようになってしまう訳です。
こうなると、なかなか本来の自分に戻るのは容易ではありません。
下手をすれば、生涯儲けられない投資家として、生きていかなければならなくなる訳です。

ですから、投資家としてやっていくには、「得て良い利益」と「得てはならない利益」の違いを理解するべきです。
そして、「得てはならない利益」は決して求めず、手にしないことを心がけるべきです。
「得てはならない利益」は、「High-risk」であるだけでなく、「danger」かもしれません。
だから、万が一、不意に手にしてしまったら、全額寄付しましょう、無かったこととして・・・・。
私が、利益の1割を毎年寄付しているのは、この「得てはならない利益」を手にしたことが始まりでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?