「ドーナツとマグカップは同じ形」をより深く考える 「同相」ってどういうこと?

ドーナツとマグカップ 

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 「数学者にはドーナツとマグカップが同じに見える」とは、トポロジーの考え方のたとえ話としてよく言われる。実際これは正しくて、ドーナツとマグカップのそれぞれに自然に「位相空間」としての構造を導入すると、2つの位相空間は同一視できる、すなわち「同相」であるということができる。

 では、「同相」であるとはどういうイメージなのか。それはよく、上の例でいえば「ぐにゃぐにゃとドーナツを変形させていけばマグカップの形にできる」と説明される。これはわかりやすい説明であり、実際それは、位相幾何学のもっとも最初のアイデアを簡潔に言い表しているといえるだろう。すなわち、細かい図形の「大きさ」や「凹凸」ということにはこだわらず、「大まかな形」だけで図形や空間を分類するということである。ぐにゃぐにゃとした変形であれば図形の形は等しいということである。

クイズ

 では、次の2つの図形はトポロジーで同じと見なせるだろうか?

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 左は単純な輪っかであり、細い輪ゴムのような図形である。右は、ちょっと複雑な輪っかである。右図には立体交差があることに注意してほしい。

 右の輪っかをいくらぐにゃぐにゃと動かしても、左のような単純な輪っかにはならなさそうである。よってこの2つはトポロジーでは等しくない。すなわち同相ではない───、そう思ってしまいそうである。

 それでは次の2つの図形は「同じ」だろうか?

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 左は紙の帯を両端でくっつけてできる単純な輪(ただし、先ほどの図形とは、「紙の幅」があるという点で異なる)であり、右は、同じく紙の帯で作れるが、両端をくっつける前に2回紙をひねっているものである。

 ひねる回数が1回だけなら、有名な「メビウスの帯」であり、これは子供のころに実際に作ったことがあるという方も多いのではないだろうか。「メビウスの帯」は、裏表がないという点において、単純な輪とは異なっている。実際、単純な輪とメビウスの帯はトポロジーにおいて区別される。一方で図の右の図形は2回ひねっているから、裏表がある帯である。

 本題に戻ると、2回ひねっているのだから、右の図形をいくらぐにゃぐにゃしても左の図形にはならなさそうである。すなわち同相ではない……

答え合わせ

 結論から言うと、上で取り上げた2組の図形は、位相空間としては同相である。ぐにゃぐにゃと変形できないのになぜ?

 これを正しく理解するためには、まず「ぐにゃぐにゃと変形する」を反省しなければならない。図形を動かすためには、図形が動くために「周囲の空間」が必要である。周囲の空間というのも、また別の位相空間である。ここまでの議論は、2つの図形が互いにぐにゃぐにゃと変形可能かということを考えるために、媒質となる別の位相空間を仮定しているのである。そして普通は、上の2問を考えるために、媒質として3次元ユークリッド空間を考えてしまう。我々は勝手に、ドーナツやマグカップや輪ゴムや紙で作った輪を、3次元ユークリッド空間という入れ物に入れて考えていたのだ。

 しかし、2つの図形=位相空間が等しいかどうかを判定する「同相」という関係は、第三の別の位相空間に依らなければならないようなものではない。「同相」の説明として、「ぐにゃぐにゃと変形して移り合う」というのはある意味で不正確である。より正しく言おうとすれば、「同相とは、一方の位相空間の点と他方の位相空間の点との間に、それぞれの点のまわりでの『つながりかた』を保存するような1対1の対応が存在する」ことである。ざっくりといえば、「同相とは、2つの位相空間の『つながりかた』が等しいとみなせる対応があること」である。

 数学的な正しいステートメントで述べると、

位相空間Xと位相空間Yが同相(あるいは位相同型ともいう)であるとは、①全単射f:X→Yが存在し、②f:X→Yおよびその逆写像f^(-1):Y→Xがそれぞれ連続である

ということである。①は単なる「点の集まり」としてのXとYが同一視できること、②は①の同一視がさらに「各点の近くでの点のつながりかた」も保存していることを言っている。位相空間の定義や写像の連続性の定義は教科書やインターネットに説明を譲るとして、この定義にはXとY以外の位相空間は出てこないことに注目したい。

 数学が今よりずっと素朴な段階であった時代は、おそらく曲面や曲線の研究は、3次元ないしは2次元のユークリッド空間の媒質のなかで考えていたと思われる。しかし、無意識に仮定していた「外側の空間」から曲面や曲線を取り出し、曲面や曲線そのものに対して視線を注ぐことで、「つながりかた」という比較的アバウトな分類が可能になった。また、それまでよりも多種多様な空間が研究の対象になったといえよう。

 さて、クイズの解説であるが、1問目も2問目も「外側の空間」を考えず、図形そのものの「つながりかた」を見てみよう。

 1問目は、どちらの図形も、ある1点を出発していずれかの方向へと線を辿っていけば、途中で終わったり枝分かれしたりすることなく元の1点に戻ってくる。したがって、この2つの図形は同じ「つながりかた」を持っている。数学的には、両者は位相空間S^1(円周)と同相である。

 2問目も、まず左の図形の帯の表か裏のどちらかの真ん中に線を引いてみよう。そうすると、左の図形はねじれていないので、1周すれば元の場所に戻り、引いた線は1問目で扱った輪っかと同じつながりかたになる。右の図形で同じことを行っても、2回ねじっているので結局元の場所に戻り、引いた線は1問目の輪っかである。次に、両方の図形において、紙の幅と同じ長さの棒を、今引いた線に沿って滑らせる。こうするとどちらの図形でも、元の場所に戻ってきたときには棒の方向は変わっておらず、それぞれの図形はこの棒が「掃いた」領域であると思うことができる。そうすれば、2つの図形の「つながりかた」が同じであると思うことができる。数学的には、両者は位相空間S^1×[0,1](円周と閉区間[0,1]の直積)と同相である。

 こうして、「同相」という関係においては、ただの輪っかと複雑な輪っか、ひねりのない帯の輪と2回ひねった帯の輪がそれぞれ等しいということがわかった。トポロジーにおいて図形が「等しい」とは、「ぐにゃぐにゃと変形できる」ということというよりむしろ、図形の「つながりかた」が等しいということだったのである。

 

 

 

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