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Dr.D Institute

「ふう、暑いな」
日増しにひどくなる日の照りが、容赦なく体を差して皮膚が痛い。それに加えて、止まらない汗が下ろしたてのシャツに染みこんで、体に触れる感覚がヌルヌルして少々気持ちが悪い。
「仕事じゃなかったら、冷えたビールでも飲みたいところだ。」
まだ昼すぎだしな。いや、時間なんて関係ない。ニーズのあるところで商売するのが、マーケティングだろう。禁酒令でもあるまいし、一杯くらいかまわんさ。
バックスはそう思って、ふと周りを見渡したが、あいにく裏通りの酒屋はまだ閉まったままだ。

「くそ。まあ、いいか。もうすぐアイスランドに着けるしな。」
思い直すと、額の汗をぬぐって裏通りの先の方をにらみ、少し足を早めた。
そこは、裏通りにあるにはおよそ似つかわしくなく、日光が反射してまぶしく照り返る真っ白い外壁の10階建てのビルだった。


表には、なにやら宇宙科学研究所に立っているような流曲線を描いた立て看板があり、「Dr.D Institute」と刻まれた建物の名前があった。
「確かレムニスケート曲線だって言ってたか。こんな場所にこんな建物を作って目立つのが好きかと思えば、自分の研究所に穴ぐまだし。研究者の考え方はわからんな。」
来るたびに毎回思うセリフをつぶやいて、バックスはようやく涼める場所に、さらに足取りを速くしていそいそと入っていった。

「Dr.との面会のアポイントを取っています。じいさん、いる?」
受付にいる少々年増だが、なんともいえない愛嬌のある受付嬢に、いつものうように、記者カードをひょいと見せて言った。

「あら、ロボさん、お久しぶりね。Dr.は今10階のマシンルームにいますわ
よ。」
「ありがとう。ところで、お子さんは元気にしてる?」
「ええ、もう中学生よ。そろそろ反抗期に入って大変なの。ロボさん、確か息子さんがいらっしゃったわね。」
「ん、ああ、息子も元気だよ。そろそろガール・フレンドを作ってもらわないとな。」
少しつまりそうになったのをこらえて、バックスは何気ないふりで言葉を返した。
そうだよ。俺の息子は元気にしている。俺が息子に会うのは当然の権利だ。なのにあいつ、親権まで取って行きやがって。バックスは去年の少々陰気くさい裁判所の中での出来事を思い出していた。別に浮気したわけでもなく、DVをした訳でもない。俺は俺の仕事を貫いただけなんだ。まさか記事に載せた悪徳会社が名誉毀損で訴えて、それが認められるとは。そのせいで、こっちは離婚沙汰だ。
ステイツのルールは、Low of the Westのままだってのか!
「どうされたの?お気分でもすぐれないの?」
ハッと我に返ると、顔に出ていた表情を消して、
「いや、なんでもないよ。少々暑くて気が滅入っていただけさ。ようやく暑いところからオサラバできる。」
「そうですわね。といっても、今度は真冬よ。」
「ああ、アイスランドに入らせてもらうよ。」
そういうと、バックスはエレベータの入り口に向かった。

基本的に前半・後半に2つわけて投稿し、前半を無料、後半を有料にて提供させていただきます。