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名探偵クマグスの冒険 東郷隆著 清山社文庫(2013年1月発行)

この著者の作品は、昔に「定吉七番シリーズ」にはまっていたのですが、それ以外の作品が、あまり性に合わなかったのでしばらく遠ざかっておりました。
そんな中、某巨大中古本チェーンでこれを見つけ、主人公に魅かれたため購入して読んでみました。
主人公の「クマグス」というのは言わずと知れた「南方熊楠(みなかたくまぐす)」のことです。
あらすじはこんな感じ。

時は19世紀末。各国のスパイやギャングが跋扈するロンドンで、若き日の南方熊楠が遭遇する奇っ怪な事件。政治的陰謀も、ケルト伝説の怪物も、クマグスが博覧強記の知識で謎を看破し、豪胆な行動力で決着をつける! 虚実を巧みに織り込んだ博物学的エンターテインメント。

文庫裏表紙

過去の有名人を探偵に仕立てた作品は数多くあり、その大半が「洋行した折に語られなかった物語」に代表されるように、日常生活の「隙間」を探し出して、その中で「探偵」を務めるという物語が多いように感じられます。

が、しかし、本作はまっこうから「南方熊楠」の果たした業績に立ち向かって、そこに様々な事件を解決するクマグスの姿を描いています。
物語を読み進むにつれて、ネットで調べたり、南方熊楠のノンフィクションなども読んでみましたが、どうやら間違いなさそうです。すごいねぇ。

構成としては短編集になっています。収録作品は次の通り。

ノーブルの男爵夫人
日本海軍が輸入しようとしている武器を扱う商人が次々と不可解な状況で殺害される。その裏には某国の陰謀が見え隠れするのだが、 クマグスはその殺害方法を看破し、陰謀をくい止める。

ムカデクジラの精
著名な学者の別荘でおきる怪奇な事件の解決を依頼されたクマグスが、別荘に乗り込むや否やその真相を暴いてしまう痛快な作品。ムカデクジラというのは伝説上の海洋生物らしく、本作ではその正体は明かされない。(南方熊楠の生涯とこの事件がどのように関係あるかどうかは、わからなかった)

巨人兵の柩
巨人の骨が盗まれた事件をクマグスが解決する。ここでは、謎の美術・骨董商である片岡政行および、大英博物館のフランクスとの出会いが盛り込まれている。謎の解決よりもこの二人との出会いのほうが面白い作品。

清国の自動人形
クマグスが捕らえられた孫文を救い出す物語。孫文が残した自動人形には、恐るべき秘密が隠されていたのだが、クマグスはそれを見事に解き明かし、孫文の救出を果たす。
最初に読んだとき、歴史上の大物を出してきたなぁ、と思ったのだが、孫文と熊楠の親交は史実のとおりらしい。知らなかった。

妖精の鎖
クマグスがレイ・ライン(妖精の鎖)にかかわる殺人事件を解決する。ほかの名探偵にもみられる通常の探偵譚に近い。レイ・ラインという概念は実際に存在するが、本作で提唱者とされている人は創作らしい。
また、クマグスにとってかけがえのない「猫」との出会いが描かれている。それが、本書の表紙の意味なんだね。

妖草マンドレイク
孫文が再び登場する。事件は中国人の大量殺人。例によってクマグスが華麗に解決するが、マンドレイクは実際に熊楠が発表した論文の一遍に該当する。

それにしても「知の巨人」とはよく言ったものですね。これが南方熊楠でなければ「ご都合主義」と言われそうなものですが、彼なら当然これぐらいするだろう、と思わせる感じが楽しかったです。
また、なんとなくのイメージとして「孤高の研究者」と思っていたのですが、こんなに破天荒な人物だったとは。ただ、それに関してはどこまでが創作なのかわかりませんけどね。


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