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歴史のミカタ 井上章一・磯田道史著 祥伝社新書(2021年7月発行)

「日本史のミカタ」「世界史のミカタ」に続く三部作の最終巻です。と言っても続きものではありません。

本書は著書「京都ぎらい」で知られ、広範な知識とフラットな視点で社会を見つめる井上氏と、BSの歴史番組などへの出演があり、古文書をひたすら愛する磯田氏の『歴史』全般に関する対談です。両者はともに国際日本文化研究センターに所属され、井上氏が所長なので上司と部下にあたるんですね。ただそんなことはお構いなしに、歴史のミカタについて論を交わします。

本書の大意は両者がそれぞれ執筆した「はじめに」「おわりに」であらかた言い尽くされている気がします。このそれぞれを読んで深く同意したり興味を持てる人にお勧めの本です。

さて各論ですが本書は五章から構成されています。それぞれを簡単に紹介しましょう。

第一章 歴史が動く時

歴史は直線に動くのか循環するのか、英雄が動かすのか民衆が動かすのかを議論します。頼朝、秀吉、カエサル、幕末、フランス革命と時と場所を限らず縦横無尽に話が展開していきます。社会の歪みが蓄積して起こる変動(ビッグウェーブ)にどう乗っかるか、というのが趣旨ですが話はそれだけにとどまりません。知的興奮が止まらない章でした。

第二章 歴史は繰り返されるか

違う時代で似たような出来事が発生すると、いかにも「運命だ!」と言わんばかりに「歴史は繰り返されるものだ」と言われますが、この章ではその繰り返しについて冷静に論じられます。

冒頭ではいきなり磯田氏が自然現象を例に出します。え?と最初は思ったのですが、過去の記録にいっぱい災害の記録が残されているのですね。悲しいことに10年以上まえの我々はこれらの記録を軽視していたように感じますが、流石に磯田氏は見逃していませんでした。

ここから歴史が神話になる、という事柄について話しが広がります。どのようにして人は歴史から学ぶのか、あるいは学ばないのか。その流れのまま国民国家についての言及が始まります。知識の奔流にもてあそばれている感じでした。

第三章 歴史の表と裏

ここでは戦国武将の内面に踏み込んでいます。世界観、人生の指針、性愛の傾向に至るまで史料に残りにくい(あるいは残っていても改竄の可能性が否定できない)事柄について互いの研究姿勢から議論が進みます。互いの意見が一番ぶつかり合っている印象を受けました。面白いです。

それにしてもお二人の頭の中にはどれだけの情報が入っているのでしょう。

第四章 日本史の特徴

日本の地理的条件(島国であることと、先進文化を有する大陸がすぐ西にある一方、東には海しかない。国土も広くないのに平地よりも森が多いなど)から、日本史がどのように出来上がってきたのかを、またしてもお二人の尽きることを知らない知識から議論されます。

ヨーロッパ史と日本史の相似から話が始まり、地理的条件から日本人は移動をしない、と話が進み、ついに井上氏お得意の京都洛中に話しが及びます。そのまま天皇家や武家に話しが進み、世襲や家システム、「形(かた)」と「見立て」にたどり着きます。良質な日本人論を聞いた気分です。この章だけでいいからNHKで特集してくれないかなぁ。

第五章 時代で変わる英雄像

さあ最終章です。時代が持つ世界観によって、もてはやされる歴史的人物の評価が変わる、という話題から始まり、三英傑をはじめ各時代における武将への評価へと話しが進みます。そんな中、怨霊思想に話題が及び、再び井上氏の独壇場となります。ここは面白い。そして最後に「ミカタ」とは何か、という点を話題にして本書が終わります。

その最後あたりに磯田氏が後輩から受けた「通史がわかる良い本はないか」という質問を話題に出し、下記のように話されています。

この質問はおかしい。なぜなら、世の中の事象は最初から体系化されているわけではありません。せいぜい権威ある大学教授の学説が体系化されているだけのことです。

これにはショックを受けました。自分も「簡単に読める通史」があればなぁと思っていた方ですから。歴史に興味を持ちはじめた頃にガイドブックとして読むならともかく、いっぱしの歴史好きとなってしまった以上、いろんな本を読んで自分なりの「ミカタ」を育てないとダメだなぁと思った次第です。


読後の感想

もう著書二人の知識量に圧倒されるばかりで、でもそれでいてとても分かりやすく、いつもなら一週間ぐらいかけてゆっくり読むのですが、一日でほぼ読んでしまいました。

いろんな人たちに読んでもらいたいと思える良書なのですが、個人的には互いの意見を出し合うのみで、対談から生まれる新しい「ミカタ」がなかったのが、唯一に残念だと思うところでした。それまで望むのは図々しいはなし、なんですけどね。

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