亀甲クラブ



亀甲クラブという怪しいネーミングの教室に行くことになった僕は、謎の集団でこれからどんなことが起こるのかというワクワクと、本当に中国の拳術家みたいな技が存在するのだろうか、と疑う気持ちの半信半疑な状態で福岡市の中央体育館へ足を運びました。中国武術の書物では、人を天井まで投げたり、壁を素手で破壊したりとか、一見いかがわしい内容の記述も混ざっていて、どうにも胡散臭いところも正直ありました。


まっつんに言われた場所に行くと、若者は僕とまっつん2人のみ(とは言っても自分もまっつんも当時30歳くらいで、もはや若者ではない)、あとはおじいちゃんおばあちゃんが数名いらっしゃいました。


「今日から来た人よね」にこやかなおばちゃんに挨拶されて、会費の説明を受けていたらひとりのおじいちゃんが「何でここに来たとね?」と経緯を聞いてきました。子どものような眼差しをした、男性だけれど童顔というか若々しくて可愛らしい笑顔の方でした。僕は自分が本などで中国拳法に興味を持ったこと、意拳の練習をしていることを伝えました。


「あー、意拳ね」

え?

話が通じた!!

「站椿(たんとう)しよるとね?」

站椿(たんとう)とは、木のように立つ、と言う意味の中国語で、前回も述べた、ただ立つだけの意拳の修行のことです。ちなみに、太極拳などにも站椿による練功はありますが、站椿を世に広めたのは意拳創始者の王向斎という方です。

「はい!立ってます」

「じゃあ、ここ握ってみて」
おもむろに、おじいちゃんから手を差し出されました。なんの導入もなくいきなりの握ってみて攻撃にたじろぎました。


だいたい亀甲クラブに行くと、世間話もほどほどにこの「じゃ、触ってみて」「じゃ、握ってみて」が始まるという展開がほとんどでした。

今思えば、亀甲クラブで「立ってるの?」「立ってます」「握ってみて」「触ってみて」なんて、いかにも女子が赤面しそうな会話が繰り広げられてて、書いてて申し訳ないです。

話が逸れましたが、毎回亀甲クラブに集まると最初に「孫が小学校で〜」とか「今日も畑で〜」とか「うちの家のカリンがすごく良く育ったからどうぞ〜」とか、よもやま話が繰り広げられ、そんな中おもむろに「握ってみて」が始まります。そして、始まってしまうと2時間みっちり、触って握ってをいい歳こいた年配がひたすら繰り返しているのです。


この握ってみて、触ってみての練習は衝撃を受けました。こんな触り稽古は初めてだし、武術的感覚が全くない自分でしたが(技の相手が素人の場合、感覚が育っていないので効かなかったり、効いてもその違いに気づかないことがあります)先生の手を握って技をかけられると、ジェットコースターのてっぺんの時みたいな無重力状態になってしまい、立っていられない、簡単に倒される、軽く後ろに飛ばされる、とにかく経験したことのない感覚でした。

最初の体験は僕には充分すぎるほどの動機づけになりました。本では読んでたけどわからなかった、やっと本物を教えてもらえた、僕は少し感動していました。

「また、来ます」と伝えると

「偏差に気をつけるようにね」と先生が頭から足先まで触って気を下ろしてくれました。これをしないと気が乱れて素人は発熱したり体調を崩すのだとか。

はじめての亀甲クラブ体験はこんな感じで終わりました。

それから僕はまた立ち続けました。まだ詳しくは何も習ってないけど、独学とは違う世界が少しだけ垣間見えてきた。

強くなりたい。

そんな一心でしたが、辛いとかはなくて、この頃は站椿が本当に楽しかった。そして、気のようなものの感覚が少しだけはつかめてきたのか、なぜか心地いい瞬間があるんです。

普通に考えるとマゾか変態プレイですよ。同じ姿勢で30分〜1時間とか公園で立ってるんだもの。でももしかしたら、続けていればいつか先生みたいになれるかもしれない、、、

いや、きっとなれる。


希望に燃えて、僕はますます怪しい人と化していきました。

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