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【WOWOW×note企画 #映画にまつわる思い出 入賞作】 帰れないけれど帰れる場所

一度だけ指定席で映画を見たことがある。
子どもの頃のことだ。

今は座席指定が当たり前だったりするから、「は? 指定席とか別に珍しくなくね?」って思われるかもしれない。
でも違うんだ。
昭和の時代、自由席が当たり前だった映画館で、課金して確保できるリッチで特別な席がありました。それが私のいう指定席。

指定席で観ることは、けっこうな贅沢だったと思う。
小さかったからあまり覚えていないけれど、通常の料金にプラスして3000円くらいしたんじゃないのかな。
指定席には清潔そうな真っ白なシートカバーがかかっていて、見るからに格の違いを醸し出していた。真ん中ブロックとかのいい場所を陣取っていたしね。
自由席は満席で私たちは端っこの微妙な席にいるのに、指定席は空いたまんまなんてこともあったりして。なんだかくやしいような、もったいないような気持ちになったこともある。

私の父は映画が好きな人だった。
スマホで検索できない時代だったけど、新聞とか情報誌とかでよくチェックをしていた。
出先で時間が空いたら駅の売店でぴあを買ったりしてね。お、今からなら間に合うぞ、なんつって駆け込みで観ることもあったみたい。
昔は立ち見もあったし、途中からでも入れてくれたからね。

で、おもしろい映画があると、夏休みとかお正月なんかに、私たちを映画館に連れて行ってくれるの。
自分が先に1度観てたりするんだけど、おもしろいものは家族にも観せたいらしく、何度も付き合ってくれた。

そんな父の激烈なすすめで、ある日私たちは『E.T.』を観に行った。
私が小学生、弟はまだ幼稚園に通っていた12月。
クリスマス前のことだ。
とにかくこれはすごいから!絶対に観た方がいい!等の、父の熱いプレゼンのおかげで、私たちははじめっから気持ちができあがってワックワクしていた。

場所は池袋。
残念ながらどこの映画館だったかは覚えていない。
西武やパルコのある出口から出て、子どもの足でも歩ける距離。
うーん、どこだったんだろう?
ともかく私たちは、家からバスで駅まで行き、そこから電車にゆられて、父、母、子2人、計4人で1時間以上かけて遠征したんだ。

ところがだ。
さすがはE.T.先輩。父が熱く語るだけのことはあった。
余裕をもって上映時間に間に合うように行ったはずなのに、大人気ゆえチケットはすでに売り切れていたのだ!

遅い時間の整理券ならあるものの、小さな私たちを連れて家まで帰ることを考えると現実的ではない。
「しかたないよ。今日はもう帰ろう」
母はそう言って、さっさと切り替えた。
せっかく来たんだから、おいしいものでも食べて帰ろう。
それで十分じゃないの。

けれど父は退かなかった。
いや、だめだ。
次はいつ来れるかわからないし、そのとき観られるかどうかもわからない。
絶対に観せたい! 今日!

それで父が提案したのが、指定席だった。
次の次の回なら指定席に空きがあったのだ。
当時、わが家はそれほど裕福じゃなかったから、母は断固反対した。
冗談じゃない、ダメに決まってるでしょう!
そんなことに使うお金はないからねっ!
でも、それでも父は退かなかったんだ。
いや、今日絶対観る! 観せたい!
 
しばらく言い合いをしたのち、結局、母が渋々折れるかたちになったけれど、母は怒ってふくれたまんま。
機嫌が直らず無言で強めの圧をかけてくる。
しかもそれだけじゃないんだよー!
時間つぶしで公園で遊んでいるときに、私がやらかしてしまったの。
公園の柵をね、こうヒョイッと馬とびで乗り越えようとしてさ、スカートを引っかけてしまったわけ。
なんでこのタイミングでそんな失敗するかな!
ビリビリッと音がして、スカートはけっこう派手に破れてしまった。

母はまたもや怒った。
当然、そうなるわよね。
でもため息つきながら、デパートでスカートを新調してくれたんだ。
新しいスカートを、しかもデパートでなんて、本当ならかなり嬉しいことなんだけど。
そのときはそれどころじゃなくて、子ども心にも情けないなぁ、申しわけないなぁと胸が痛んだ。

でもね、時間がきて指定席に案内されるときには、そんなことは全部すっ飛んでしまったの。
指定席って、先に案内されるのねえ。
自由席の長蛇の列を尻目に、優雅に入場する私たち。
え、なにこれ! お嬢様みたい!

憧れの指定席の白いシートカバーは、のりがばっちり効いて、ホテルのシーツみたいにパリッとしてた。
ビロード張りの椅子はふかふかで、深いエンジ色に白いカバーが良く映えてさ。

私は姿勢を正して、精いっぱいおすましして腰かけた。
新しいスカートのすそを、きちんと整えて。
だって、まるでここに座るために買ってもらったみたいじゃないの!
こんなミラクルってある? 
誇らしくって、嬉しかったなぁ。
ひょっとして、あれはE.T.氏からのクリスマスプレゼントだったのかしら。
いや、お支払いはわが家持ちだったんだけど。

映画の内容は言うに及ばず。
もちろん最っ高におもしろかった。
あんなに怒っていた母さえも、自転車が宙に浮くあのシーンでは、わぁっと声をあげて小さく拍手をしていた。
ああ、お母さんも喜んでる! と思ったら、余計に胸が熱くなったよね。
映画ってすごいな、人の気持ちをこんなに変えちゃうんだって感動した。

最寄駅からの帰り道。
あの日はバスを使わず、歩いて帰ったんだ。手をつないで。
星の出た空を見ながら映画の余韻を味わって、みんなにこにこしていた。
もちろん母だって。

あれから40年。
父も母もすでに亡くなってしまったし、弟とは年にいちど会うかどうか。
もう2度と戻らない思い出だ。
でもE.T.が遠い星に帰ったように、私もいつだって心があのときにゴー・ホームできる。

E.T.がくれたのは、本当はスカートなんかじゃなくて、こういうずっと消えないあたたかいものだったんだな。
ハラハラしたアクシデントだって、ふりかえってみれば粋なアクセントに思えてくるじゃないか!
思い出自体が映画のような、最高にハッピーエンドな1日だった。

あのあと、おもしろい映画にはいくつも出会ったけれど、あれを超える映画体験はまだない。
今って、いつでも好きなときに好きな映画が観れたりするからね。
それは素敵なことだけど、だからこそ、誰と、いつどこで、なにを見るかが大事なのかもしれない。

今度は親として、子どもたちと心に残るような映画体験ができればいいなぁと思っている。

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