2021が終わる頃
はじめに
今年がそろそろ終わります。
✈️石巻、山形、松本、遊佐、奈良、鶴岡、岡崎、十日町、出雲、鳥取
☀️わかめバイト、全市町村fax集め、PBL、バイト
📚アフターデジタル、広告がなくなる日、問いのデザイン、D2C
🐥錠剤とビールが飲めるように、ナマコ食べる、芸術祭へ、iphone壊れる
ざっと今年の出来事です。本を読むようになり、ビールが飲めて少し大人になりました。考え事しながら乗る新幹線と、やっぱり飛行機が好きってことにも気付きました。
やったことを振り返るほど何もしてないなと思ったので、考え方が変わったことについて書きます。
2021はこだわりを捨て、着飾ることをやめた年です。
こだわりを捨てる
自分の好きだったものが、大切になり、いつしかやらないといけないものに変わっていました。ワクワクして楽しめるかより、タスクが終わるかどうかを考えることが増えました。
そんな中、ずっと関わっていたものから離れ、憧れていた先輩は社会人になりました。
自分から離れた訳ではなかったけど、距離を置き、自分と向き合う時間ができました。自分を見つめるのが怖くて、3年間ずっと走り続けていました。
向き合ってみると、気付かないうちに要らないこだわりで自分を縛っていました。何も持ってない自分がやらなきゃいけないと思っていたことさえおこがましいです。
東北で生まれて、TOMODACHIに行ったから、地域と関わらないといけないとも勝手に自分の中で思っていました。背負わなければいけない十字架になっていたことに気付けたことが私には大きな成長でした。
こだわりを捨てたことで、色んなものがクリアに見えるようになりました。
着飾らなくなった
自分に向き合う時間が増えたことで、自分の弱さに向き合うことができるようになりました。
タスクはできても、自分で価値がつくれないこと。自分の肩書き以上に中身がなにもないこと。他にも沢山、、、
そんな自分を知られるのが怖くて、着飾って内面を見せないようにしていました。できるだけ人と距離が取れる関係性でいたこと(バイトの人はバイトの人)も多かったです。人と深く関わることから逃げていました。
自分が居たいようにいることを肯定してくれた人と出会い、自分への期待をしなくなり、自分で価値をつくりたいと思えるようになりました。
それぞれの10年
そして、私の人生が大きく変わって10年が経ちます。
就活で、これからどうしたい?将来の理想像は?と聞かれるようになりました。それと同時に、幼少期について深掘りされることも増えました。過去と未来から逃げてきた私にとって、答えたくない質問でした。
5年、10年っていう年月はよく節目や区切りとして使われます。私自身もそう思っていたし、だからこそ10年目のその日を石巻で過ごす選択をしました。
きっと10年経てば未来を考えられるようになるだろう、節目だし過去と向き合い言語化できるだろうって漠然と思っていました。
でも、3/11の当日を迎えても過去を受け入れることも、未来を見ることも、節目と思うことも出来ませんでした。
何の前触れもなく全てが変わってしまったことが怖く、熱中することから逃げ、今この瞬間にこだわるようになっていました。誰かに共感も同情もされたくないから過去のことを話したこともありません。
そんな自分を受け入れることができたこと、10年は節目じゃないこと、この2つを身をもって感じた10年目でした。
途中下車をしてみて
「乗ってる辛い電車を降りて、途中下車して外を見たら自分も見える景色も変わってるよ」と言ってくれた人がいます。
その時の自分にとって救いの言葉でした。
その時の自分にこう言いたいです。
「辛い電車に乗り走り続ける方が、途中下車するよりも楽だったよ」と。
それでも、途中で止まったことに後悔はしてません。自分と向き合う時間をありがとう。
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