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RUMをどうぞ

そのbarは細い階段の途中の狭い扉からアプローチできる。
外には看板もネオンサインも無いので、ここにbarがある事を知らなければ、誰にも知られることがない。

店内は、奥に向かって栗の木の一枚板を使ったカウンターがあり、扉より反対側には小さなテーブル席が3セットの細長いかたちをしている。

ここはこの間まで、取っておきの隠れ家だった。

このカウンターの質感とそれを照らすペンダントライトの色味バランスが好きだったことと、お目当てのラム酒が揃っていたからだった。

口下手で人見知りのマスターがボソボソと話しかけてくる。
微妙な間がおかしくて、不思議だったことも、その理由かもしれない。

いつも、仕事の帰りに立ち寄っていた。かなり遅くまで開いているのは特殊な仕事をしている身には有難い事だった。

初めて立ち寄った時。ほぼ無口なマスターはオーダーさえ聞かずに、初対面の客に目で合図を送ってきた。
最初は何のことか分からずに「そのケがあるのか?」と思って腰を上げそうになったのを覚えている。

「ラム酒はなにがありますか?」

仕方が無いので、微妙な間の合間に口を開くと

「ロンサカ、ロンリコ、ハバナクラブ、モルガン……」ぼそぼそと

少し間が空いてから、「もちろん。バカルディもマイヤーズも・・・

ダーク、ゴールド、ホワイトのどれを……」ぼそぼそと。

語尾が、聞き取れない小さな声で繰り返す。
全然聞こえないけれども、たぶん「ラム酒なら全部あるよ」って言っているのだと勝手に解釈した。

初めてだから、お手頃なところからやってみる事にした。

「じゃあ。キャップテンモルガン。オンザロックでお願いします。
 あと  チェイサーも…」

ちゃんとしたbarで、チェイサーを頼むのは失礼だと思ったけれども、頼むまで知らん顔されるくらいならと先手を打った。
すると。それを察知したかのような眼差しで見返されて、

「もちろん。モルガンはバニラフレーバーですがよろしいですか?」
と返された。

苦笑いしながら「もちろん」と答えた。

阿吽のような、そうでもないような微妙な間と時間が流れた。
笑けそうで仕方がなかった。

ショットグラスもバカラだし、アイスピックで仕上げる自家製のアイスボール型。きちんとステイして、動きも気持ちいい。

もともと、ラム酒はカクテルのベースに使われることが多いから、ストレートやロックで頼む客は少ない。
ホワイト系のマイヤーズやバカルディ辺りならどこのお店でも無難なラインナップだ。
ここは、ダークラムを多く揃えて、ロンサカパが常備されているなら何を所望しても安心だと思った。

ラム酒がお菓子に使われるのを知ったのは、物心着いた位の頃で、お酒だとは知らなかった。

親戚のおばさんが洋菓子好きで、マロングラッセやマドレーヌをお土産によくいただいた。子供だったけれども、もろ苦さとあの甘い香りが大好きで大人の世界を垣間見た気がしていた。

今でもその香りを嗅ぐ度に、その頃の甘くて幸せな記憶が蘇る。
ラムを意識したのはあの時の経験が全てだったと思う。

とても少数だけどbarにいると、同じようなラム好きと遭遇することがある。ストレートやロックでオーダーするマニアは、大抵はそんな甘いお菓子が好きで忘れられない過去を持っていて、その話をして盛り上がる。

<もしかすると、このマスターがそんなラム好きなのかもしれないな>と思いながらグラスをゆらしていると。また微妙なタイミングで話し出す。

「初めての方ですよね。このお近くですか?
お店の看板がないのによく分かりましたね」と薄笑いでつぶやくように話す。

「えっ。はい。」あっちを向いて話すので独り言かと思って驚く。
独り言じゃあなかったら、客はひとりだけだから返事をした。

「この近くなんですよ。でいつも、前を通る度にあかりが漏れているので、もしやって思ったので飛び込んだんですよ」と答えた。

「実はね。25年もやっているんですけど看板を出さないのが主義なんですよ」ぶつぶつといい、ふふふと笑う。

聞けば、看板がなくても潰れないくらいのお店でないと競争に勝てない。口コミと噂だけでお客がつくくらいに自信があるから、絶対につけない様にしている。そして宣伝してお客がいっぱいなのは嫌いだそうだ。

それを聞いて「しまった。これは、客単価が高いってことなんだ」
と思った。

でも、座ってしまったから仕方が無い。美味い酒があるからいいかと諦めて、ロンサカパをオーダーすることにした。

普通はもう少し他のものを舐めてから、ロンサカパへ到達する。
香りと味の違いを確かめて、調子が良ければ連投するパターンにしている。今日は初回だから、お試しということで深酒はよそうと思った。

ロンサカパはラムだけど、味わいはほぼブランデーに近く香りが高く甘さが上品だと思う。それも、熟成した香りと味だけを取れば、そこらへんのブランデーよりも味わい深い。

「ふぅ…………。美味しい…」

ロンサカパはのひとくち目は、必ず唸ってしまう。
初心者でも飲みやすいと思う。
けれども、このまろやかさと甘さを覚えてしまうと他のラムが飲めなくなると思う。
癖のあるラムは、それはそれでラムらしいけれども、どれかひとつと言われるとダントツにこれが美味い。もうほとんどラムじゃないかも。

こいつのおかげで、いつも深い酒になってしまう。
けれどもとても心地よいので止められない。

自宅にも常備しているけれども、外で飲むロンサカパはまた、格別だ。

◇ ◇ ◇

初めて行ったbarで、腰をあげるのは難しい。特にマスターとサシでいると、きっかけが難しい。
そうこうしていると、うまい具合にカップルの客がやってきた。
しめた、このタイミングでと思ったら、知り合いの知り合いだった。
当然の如く、帰らせてもらえなくなった。

さらに悪いことに、大酒飲みの二人組み。
楽しい酒だけどむちゃなも飲ませ方をするので有名な2人だった。

初めの頃は静かな世間話をしていたんだけど、徐々に手品やゲームに巻き込まれていく。
マスターがやけに盛り上がっていた。売上げとゲームはリンクしているからだ。
タイタニックゲームで、マスターが犠牲になった。
ウォツカの一気飲みゲームで棄権していいよって言ってるのに固辞して、自爆したのである。
(ウォッカを注ぎコインが沈むと負け。負けるとどんどん飲むから売上げが上がるはずだったのにマスターの一人負け)

お店はまだまだ営業しないといけないのに、ベロンベロンに酔ったマスターが潰れて、倒れて動かなくなっていく。もう途中で締めるしかないなア。
あんな泥酔状態を始めてみた。

マスターが嫁にSOSの電話をかけようとしているが、ボタンが押せない。
その横で、さっきのカップルが笑いながら、助けようとしている。
助けられずにカウンターの中でみんなコケている。
よく考えたら、知り合いの知り合いは「知らない人じゃんか」って事にいまさら気がついた。
カップルの男性は、ハウスメーカーの社長で連れの女性は元クラブのママさん。そしてその元ママさんはこの店のオーナーマスターの嫁の友達だった。

その元ママさんが、マスターが嫁に緊急の電話を代わってかけながら…。

「飲めないのにマスターがさあ。また意地張って飲んでさあ。潰れてるよ〜。迎えにきてあげて~」って、
そしたら「飲めないのに飲むやつが悪いそこで潰れてろって」

……なんだ。飲めなかったのか。

後で(常連になってから)聞くと、ラムが沢山あるのは辞めた雇われマスターガラム好きだったからで、潰れている今のオーナーマスターは下戸で、ラムどころか酒は全然飲めなかったらしい。

初めて行ったbarで巻き込まれ事故に合っちゃったと言うお話。


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勘我得 [KANGAERU]
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