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明日をなんと呼べばいい

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三十二歳と呼ばれる男の、人生三十年目。 風見かおる
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2014年10月の記事一覧

愚痴たれながら、行きつけ居酒屋の夜は老けて行く。
二十五の夜。

酔わずしていれるものかとひとりごち苦笑いなり煙とビール

楽しげに会話し行く人々を横目に、帰路は続く。近付くにつれて人は陰り、今日は更けて逝く。足元をカーライトが照らし、また暗くなる。
自宅に一人、時計を外し携帯を置き、テーブルに手を着く。
なんともない日々が終わる。明日も、また終わる。
明日こそは。
しかし、明日をなんと呼べばいい。

久しぶりに定時に終わった。
給料が少ないことにも、休みが奪われることにも暗澹たる気分になる。しかしそれ以上に、空腹の悲しさも、少しのあたたかさも、そこに気持ちを同じくしてくれる誰かがいないことこそ最も辛い。

感情も独りなれば言葉もなく月夜のしじま風すらも凪ぐ

悲しきかな、哀しきかな。
憂かな、愁かな。
明日は見えず今日は終わり、明日は来ず、今日は始まる。
白夜の様な人生よ、明日はいつ来る。
今日はいつ終わる。
眩しくも、輝くも、未来は見えず。
不安にも、焦りにも、陽は照らす。
白夜の様な人生よ、明日はいつ見える。
今日はいつ終わる。

自宅に誰かが待っている。そんな淡い期待など、抱けない三十二歳と呼ばれる男の、二十五目の人生は、今日も一日をクリアした。
電車から眺める街には、灯りの点いた世に言う家庭という物が見えるのだ。
自宅の灯りを灯すとき、ギュッと引き締まる瞳孔に、鼓膜に、今日も独りを感じるのだろう。

揺れるならそれを涙と呼ぶべきか霞む視線に手のひらの水

クソ忙しい月曜。私にとって本当のブルーマンデーとは始まってから起こるのだ。
月曜さえ乗り切れば……などと会社をおだててやるこは出来ない。
定刻定時に始まる早朝会議で今週の予定を確認した瞬間にサザエさん症候群に陥るのだ。

辛くともなく始まって迎えよう煩雑とした書類のあさげ

『ふるえて』

明日を思う気持ちよ
教えて欲しい
そこに、そこに
満足は
そこには
涙が
そこには
感情が
あるのだろうか

そこで大声をあげ
そこで身じろぎ
そこで息を切らせ
そこで止まない胸に
頬は濡れるだろうか
教えて欲しい

胸を握り締める手
明日を思う

会社員らしく…というか、ただ単に仲のいい社長と上司ともうお一方、最早恒例となったゴルフに行ってきた。

秋くれば澄み行く空に鷹は飛び紅葉の陽は現を抜ける

恐怖

やはり私は作家になりたくて、しかし言うことを聞いてくれない私の頭は、今の仕事で手一杯になっている。
頭を抱える仕事に、それを文字にしようというしたたかな気持ちは大学の門下に起き忘れたのかもしれない。

そんな自分の心との齟齬に、苦しく思う。

一人きりの毎日を支えてくれる友人も、時折連絡をくれる両親、妹も、こればかりは関与出来ることではない。
毎日訪れる、永遠と続く今日に、言い知れぬ恐

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