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虚船より、未知のあなたへ

聴こえていますか。

星流しの刑に処されて、あの青い惑星から宇宙空間に放たれて、どうやらもうひとつきが経つようですね。閉鎖的な空間に閉じ込められた人間が壁を傷つけて日にちを数える様子は、様々な物語で描かれているのを何度も観ました。幾何か憧れはあったものの、私には古風にもシャープペンシルとノートが与えられています。

私の住んでいた極東の島国では、極刑には「死」が据えられているので、「星流し」の私には、生きる権利があります。だから、この船にはトイレやシャワールームがあって、キッチンはないものの、私の寿命が尽きるまでには充分すぎるほどの保存食の蓄えがあります。私が愛していた「BLAME!」という物語で主人公が口にしていた、膨張するブロック状のバーなんかがあればよかったのだけど、そんなこともありません。

何故、罪人の私が高機能の船と、食料とペンとノートを与えて宇宙に放たれたのか。それはこの私の孤独な旅が政府の実験だからです。故郷で私はのんびりと古書店を営んでいて、つまるところ、私の罪というのは、政府が禁書扱いした書籍を店頭に置いていたからなのです。あんな田舎の古書店に役人がわざわざ検閲にやってくるなんて思ってもいませんでしたから、私は少し油断をしていた、というわけです。

そしてほどなく私の自宅でも家宅捜索が行われ、そこので趣味で書いていたエッセイが見つかり、ならば宇宙船での孤独の中での日々を綴ってみよ、とそういう次第なのです。ですからこの独白も実は私のノートの中に書かれたものだというわけです。これがどうやって故郷の惑星に届くのか、私は宇宙工学に明るくないので、詳しいことはわかりませんが、ノートに書いた文章を設置されているスキャナーに取り込むと、破損することなく宇宙空間を泳げる「記号」に変換され、私が辿ったルートを遡って故郷の惑星に到着するという仕組みらしいです。

この船には私の古書店に置いてあった書籍のほとんどが積まれていて、今のところ私が退屈するは相当遠くの未来になりそうです。それでも私は何か、刺激のようなものを求めてしまって、理系分野の苦手だった私が、拒否反応を抑えて、工学関連の書籍を読み漁って、例のスキャナーにある細工をすることができたのです。この時の熱意があれば、学生時代にも理系に落第点が付くことはなかったでしょうね。すべて後の祭りです。

さて、この文章は故郷の惑星に辿り着くことはありません。私の綴った「記号」はランダムに方向を変えて、大海に離れるボトルメールのように宇宙を漂うのです。そして何か、私たち人類の知らない、未知生命体に拾われたらどうでしょう、わくわくしませんか。いや、この「記号」を読み込んだのは、あなたなのだから、今の文章は少しおかしいですね。

もしあなたに少しの暇と、関心があれば、私のボトルメールの軌跡を遡ってメッセージを頂けませんか。そうしたら今度はこちらからあなたの軌跡を辿って、故郷から運んできた美しい物語の「記号」をプレゼントします。


親愛なるあなたへ、虚船より愛を込めて。

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