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「あなた、自分を…」

昔の話になるが、
「はぁ?武勇伝かよ?」
などと思わず、読んでいただきたい。

社会人1年目のある春の日、大先輩で大御所でもある他校の音楽の先生から、

「リトミックおごってあげるけど、興味あるなら行く?」

というお誘いを受けた。

当時、リトミックなる言葉の意味はまったくわからなかったが、

「おごってもらえるものはありがたくご馳走になる」

という反射神経が働き、二つ返事でOKした。

後ほど知ったのだが、リトミックとはこのようなものである。

リトミック(フランス語: rythmique、英語: eurhythmics、ユーリズミックス、ユーリトミクス)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、新教育運動の絶頂期に、スイスの音楽教育家で作曲家でもあったエミール・ジャック・ダルクローズが開発した音楽教育の手法。開発者の名から、「ダルクローズ音楽教育法」ともいう。
当時、ハンブルクなどを中心に、国語や美術、体育、音楽の教育を、訓練・調教ではなく、子ども本人が自ら進んで学び、その感覚を体感的に身に着けていくための情操教育、芸術教育が叫ばれ、ダルクローズは、そのために楽器の演奏訓練を早期から闇雲にやらせるのではなく、音を聞き、それを感じ、理解し、その上で楽器に触ってみる、音を組み合わせて音楽を作ることの楽しさを身体全体で味わわせ、その喜びの中で、音を出し、奏で、そこから旋律を作っていくことへの興味と音感を育んでいこうとした。
(『Wikipedia』より)

大先輩と待ち合わせ、とある体育館へ到着。
そこにはすでに何十名かの体操着姿の老若男女たちが、準備運動をしたり、歓談したりしていた。

しばらくすると、それは始まった。

音楽に合わせてステップを踏んだり、リズム遊びをしたり、初めての経験だったが、大変楽しく参加できた。
なるほど、音楽の根源的な能力を、身体全体を使って養ったり、発見したりするのだ。
幼児教育のみならず、中高生や大人にとっても、大変よいものであると思った。

1時間ほど、リトミックで汗をかいて心も身体もスッキリ、帰り支度をしていると、体育館の隅に座っていたおばあちゃんが、にこにこしながら私を手招きして呼んでいる。

「あなた、リトミック始めて何年になるの?」
「あ、初めてです!」

おばあちゃんは目を大きく見開いて、次の瞬間、私が終生忘れ得ぬ言葉を言い放った。

「あなた!」
「は、はいっ!」

「あなた、自分を音楽の天才だと思っていいわよ!」

何のことやらワケがわからないまま、帰りながら、おごってくれた大先輩にそのことを話してみた。
すると、大先輩は、
「あの方は日本にリトミックを広めた、有名な方の直弟子さんで、日本を代表するリトミックの権威の先生よ」
と教えてくれた。

その夜、私は興奮に打ち震え、眠れなかった。
音楽を志すという、自分の人生の選択は間違っていなかったのだ!
先生にとっては、お世辞にせよ、早とちりにせよ、勘違いにせよ、間違っていたにせよ、私にとっては、権威あるホンモノの先生にそんなことを言われたのだ!
嬉しくないわけがない!!

ありがとう、おばあちゃん。
あなたの言葉を励みに、数十年たった今も、私は音楽を続けています。私がくじけそうになった時、音楽をやめようと思った時、この言葉にどれだけ助けられたかわかりません。
あなたのひと言が、ひとりの男の人生と音楽を、ずっと支えています。
これからも、この言葉を胸に、一生音楽を続けていきます。
そして、私もあなたのように、音楽や言葉、活動で、人に希望や勇気を与えられる人間になれるよう、日々精進していきます。

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