スケッチ

最近、目が見えなくなってきた。
 視力が悪くなったとか、弱視の事じゃない。物と物の構造、その境界が、上手く捉えられなくなってきたんだ。
 
 
 夕方、街でふと足を止めた。何でもない大学からの帰り道、交通ハブになってる大型のJRから地下鉄への乗り換え、その雑多な人ごみのなかに、光景が見える隙間があった。
 
 あちらこちらへと複数方向へ歩いていく見知らぬ人々。それらのそれぞれの貌は、人間は十人十色っていうのに、どれも同じで。
 
 均一なタイルを踏んでいて、等間隔に立つ円柱に、貼られているプロモーション達がじっと僕だけを見ていて。
 
 黒いアスファルトを踏み鳴らし、現れては動いて、動いては消えて、大きく唸るバスと呼ばれる乗り物は、まるで買ってきた食材を冷蔵庫にしまう作業みたいに人々を飲み込んで。
 
 僕よりも背が高い幾つもの建築物、群青色のビル群が祈りを捧げるみたいに空に手を伸ばしていて。
 
 そういった構造物たちのうごめくあいだに、隙間があった。構造物が雑多に折り重なったの隙間から、例えるなら幾つも重なった格子戸から何とか外の景色が見える隙間みたいな、そこから光景が見えた。
 
 それは俯瞰した、街の全貌である。商店街、ショッピングモール、チェーンの飲食店、グレーのビル、ビル、差別化しているようでその実実態は同じのビル、そこから見える夕焼けはどこかで見たようなうつくしさで、ありふれた感動って感じで。
 
 誰かが僕にぶつかった。誰かが僕を邪魔そうに避けた。僕は足を止めて、その人間以外の全てを映し出した隙間に目を奪われて、思考を停止していた。
 
 分からなかった。ただただ、「分からない」という事だけが、僕の脳髄を支配していた。目前にある線と線、面と面が、見飽きてほとほとうんざりしたその風景が理解できなかった。何度も見てきたはずの光景が、この時ばかりは、何が描いてあるか分からなくなったのである。まるで下手くそな漫画家が描いた、線ばかり緻密でそれゆえに、何なのか分からない背景と人物みたいに。まるで幼稚園児がクレヨンでぐちゃぐちゃに描いた、かろうじて父と母だと分かる色の集合体みたいに。
 
  分からなかった。
  目が見えなくなってきた、と思った。

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