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#9 サニー 6,7


 6
 
 父さん、母さん、栄治兄さん、恵子姉さん
 
 この手紙が届いた時、私はおそらく自死をしているのだろうと思います。
 この手紙は、おそらくは私の住まいであるところの大家のご厚意で、届けられたものだろうと思います。あるいはそうでなくとも、親切のある第三者の手によって、この手紙は貴方方に届けられたのだろうと推測します。
 
 遺書を書くのに何十枚も紙を無駄にしました。私は、貴方方に何を書けばいいのか、まったく分からないのです。育ててくれてありがとうと感謝すればいいのか、こんな息子で申し訳ないと謝罪すればいいのか……。しかしどちらにしろ、そういった言葉を書くと、どこか不気味だと思う。何故、その感情が現れるのか、それは私が、貴方方が既に他人のように思えて仕方がないからと思うのです。
 
 私は、臆病で自分勝手で、そのくせ何もできない不能者です。私は、貴方方がその逆であるように思います。貴方方は人生を謳歌しているようにみえます。それを言うと貴方方は否定するでしょう。『我々は悲しみもするし、血反吐を吐くような思いをして努力をしてきた』と。それは真実でしょう。しかし、私のような不能者は、そういった言葉が毒のように感じうるのです。何故なら、私は努力をする事ができず、人並みに悲しむ事すら能わないからです。
 
 私はこれまでの十年間、様々なものを失ってきました。その中には、家族も含まれます。貴方方は、あまりにも私と違い過ぎる。それがとても苦しいのです。
 
 人生とは喪失の連続だと、上京してからの十年間で悟りました。これ以上、私は何も失いたくありません。私の未来も、思いも、全て私のものです。これを社会に、世界に受け渡したくはありません。彼らは私のものを奪ってきました。もうこれ以上は、我慢ならんのです。 
 
 最後に、父さん、貴方のどこまでも論理的で厳しいところが嫌いでした。
 母さん、貴方のどこから現れるのか分からない活力と能天気さが嫌いでした。
 栄治兄さん、貴方の優しさと自他に対する謙虚さが嫌いでした。
 恵子姉さん、貴方の自己研鑽を欠かさず、禁欲的なところが嫌いでした。
 
 昔は、貴方方のそこが好きだったのです。しかしそのような思いすら、私はずっと昔に失ってしまった、それこそが悔しくてたまりません。
 
 さようなら。
 
 高田 陽
 

 
 
 
 7

 
 そして僕は死んだ。
 僕は地獄に落ちた。
 地獄に落ちたのだと思うくらいの、苦痛を与えられた。


 曖昧な感覚なまま、胃洗浄という嘔吐と挿入の繰り返しをさせられたらしい。地獄というにはあまりにも生々しすぎの拷問だった。
 次に目覚めたのは病院のベッドだった。
 曖昧な意識で現状を把握しようとした。

 僕はあの後に、きっと病院に運ばれたのだ。
 自殺したところをどこかの誰かに発見されて、それで救急車か何かを呼ばれたのだろう。
そして、財布にあった運転免許証で僕の身分は明らかになったのだろう。まったく、僕は馬鹿だ。僕は、自分が免許証なり自分の証明書なりを、廃棄するのを忘れていたのだ。自分の存在を社会的にまず消さないなんて。しかしそれでも、そんな事をしたって付近に停めてたバイクのナンバーなどから、自分の身分を導き出されると気づくと、僕は恐ろしい程の無力感に襲われた。

 僕はこの社会のどこからも逃げられないし、誰からも『高田陽』として見られている。それはもはや世界への監禁だ。僕はこの社会に監禁されている
 入院してから二日目に、僕の父母が面会に来た。父は目頭を濡らし、母は烈火の如く怒った。
 三日目に、兄と姉が来た。二人とも社会人らしく、軽い労いの言葉を言ってから早々に去った。
 

 何も考えられなかった。
 僕の家族であった者達を僕は、まるで博物館の像を鑑賞するみたいに無関心に相対していた。
 一体彼らは何者なのだろうか?
 僕に一体なんの関連があるのだろうか?


 ようやくまともに喋れるようになって、担当医と面会した時、僕はずっと気になっていた事を質問した。
 サニーはどこにいったんですか?
 担当医は何を言っているか分からないという顔をした。僕は精一杯の大声を出して苛立ちを表現する。

 あのサボテンですよ。小さくて、かわいらしくて、花を咲かせた痕のある、サボテンだ。
 僕を預かったって事は、サニーもどこかにいるんですよね?
 小さく、茶色い鉢に入ったサボテンですよ。僕は彼女を抱きしめていたんです。何故、彼女を隠すんですか。
 

 初老の担当医はしばらく黙っていた後、いかにも残念そうに首を振った。
 残念ですが、そういった報告は私の耳に入っておりません。
 
 

 入院から四日目に、僕は退院させられた。
 帰宅前に、僕はあの浜辺に行って、数時間サニーを探した。
 

 サニーは見つからなかった。
 
 
 結局、僕はあのアパートに帰ってきた。
 部屋はがらんどうだった。質素なデスク、色あせたキッチン、汚らしいユニットバス、汚れた床に日辺りの悪いベランダ。
 そこは数日前まで僕が住んでいた場所とはまるで違っていた。
 
 
 僕のアカウントデータ、インターネットのクラウドに保存されたデータを見ながら、僕は繰り返し僕自身に解いた。
 おれは誰だ?
 おれはどこにいる?
 おれはどうすれば幸福になれる?
 誰も答えを言ってくれなかった。
 だが、明らかな事が既に二点あった。
 サニーはどこかに行ってしまって、二度とおれの元には帰ってくれないのだろうという事。
 そしてもう一つは、おれは何一つ、かけがえのないものなど持っていないのだという事。
 
 
 おれには何もない。
 
 
 (了)

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