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11万人の市民が、暮らしの中で価値を実感できる公共文化施設にしたい――丸亀市「みんなの劇場」が、建設前から社会的成果の可視化に取り組む理由

公共の劇場は「赤字」「黒字」の概念ではなく、地域社会への「投資」が主軸になります。新しい価値や新しいつながりと、それによる変化が「投資」に対する「成果」であると考えるべきです。地域が将来的にどのように変化することが「成果」なのかという「ビジョン」を常に描き続け、最小限の「投資」で最大限の「効果」を得る経営を行います。

香川県の中西部に位置する丸亀市、ここに新たに建設される市民会館「仮称:みんなの劇場」の基本構想に記されている言葉です。ここには、税金で建設と運営が行われる意味を考え、全ての市民に笑顔を届ける社会的機関になる、という強い覚悟が込められています。

みんなの劇場という投資の妥当性を検討するため、同市が建設前から取組むのが「社会的成果の可視化」です。ケイスリーは昨年度、そのための指標案づくりや、実際に行われた課題解決型ワークショップの成果の可視化を支援しました。

先日の記事では、その事業の概要を紹介しましたが、今回は、丸亀市産業文化部で市民会館建設準備室長を務める村尾剛志さんに、事業全体の歩みやそこにかける思い、社会的成果の可視化に取り組む理由について話を伺いました。

コメント 2020-06-04 122343

行政の根源にある姿勢そのもの、「社会的包摂」との出会い

――まず、みんなの劇場の建設が決まった経緯を教えていただけますか?

村尾さん:2012年度に行った耐震診断により、旧市民会館が震度6強規模の地震で倒壊の危険性があると判定され、建て替えることになったのがきっかけです。

一方で、市庁舎の老朽化はより酷く、危機管理時の対応も考慮し、市民会館に優先して整備することが決まりました。市庁舎は市民会館を取り壊した跡地となりましたが、新たな市民会館は再整備の検討がなされないまま、取り壊されたんです。基本構想が始まったのは、2017年4月に当時の文化観光課に異動後ですね。

――なぜ、新しい市民会館を「みんなの劇場」と名付けたのでしょうか?

村尾さん:担当者間で「キャッチフレーズが欲しいよね」となり、半歩先に実現したい丸亀市のあり方を一緒に考えたんです。「パブリックシアター」などの案もありましたが、「文化をもっと広く届けたい」というコンセプトに一番合致していることで、シンプルですが「みんなの劇場」という言葉を掲げました。

前任では、丸亀市民球場の建設に携わっていて。本格的な野球の利用の他、子どもがいつでも遊べる広場の確保、BBQやカラオケ大会、映画鑑賞会などで利用できるハード整備を手掛けたことで、面白い活用ができたという実感がありました。しかし、あくまでスポーツやアウトドアに興味のある方にしか届けられないジレンマもあって。新たな市民会館では、もっと広く活用してもらうための「大義」が必要と考えていたんです。

なぜなら、早期整備を求める声はあったものの、私自身も市民会館はほとんど利用することのなかった場所でした。市民約11万人のうち本当に必要として整備を望む方が「実はとても少ないのでは」と肌で感じていたのです。そんなこともあり、整備するための大義が自分も欲しくて、それを必死に模索していました。その大義が「みんな」という言葉に集約されていると思っています。

――「豊かな人間性を育む」「誰一人孤立させない」「切れ目ない支えあい」という3つの理念にも、その想いが詰まっているように感じます。

村尾さん:そうですね。この3つの理念を決めるうえでは、岐阜県の可児市文化創造センターの取り組みや館長である衛紀生さんのエッセイを参考にさせていただきました。

同僚が「ぜひ読んでほしい」と教えてくれたのですが、衛さんのエッセイには「社会的包摂」という言葉が凝縮されていて、すごく刺激を受けたんです。社会的な困難に直面する方々も含めて市民一人ひとりが地域の一員として支えあうという社会的包摂は、まさに行政の根源にある姿勢そのものだなと。

このエッセイを読んで、「公共文化施設」が忘れていた役割、市民が「市民会館に求めている役割がどうやら違っているのでは?」ということに気付かされたんです。

一部の愛好家だけではなく、多様な人々が集い、芸術や文化を介した価値の交換や共感がつながりを創る。つながりからすべての市民が豊かな人間性を育み、支えあい、自分たちの地域を創る場として機能してほしい――。そんな想いから、3つの理念が生まれました。

コメント 2020-04-12 120645

――社会的包摂という言葉との出会いから、「みんな」という大義、3つの理念につながっていったと。これらの言葉にかける強い想いを感じます。

村尾さん:私自身、現場で施設整備を担当する集大成のつもりで臨んでいます。自分の疑問を残すことなく、徹底的に理想の形をプロセスの段階から追いかけたいんです。

理念を決めるときも、この施設がどんな目的を達成し、どのような役割を担うべきなのかを徹底的に考えました。もちろん模索は続きますが、運営の現状を度外視して、今後目指したい地域の姿への先行投資として取り組むべきものを明確にしなければと。経営理念をしっかりと据えることで、先行き不安な財政や人材確保への布石を打ちたいと考えていました。

民間での起業では常識的なプロセスだと思うのですが、行政にはその視点が欠けていることが多いです。予算がない、人材がいないなどの理由によって、多くの施設が十分な目的を果たさないままコストカットの対象となり、低コストで民間の指定管理者へ委託され、さらには「公」としての役割が不明瞭になっていく、という現実がそれを裏付けています。同じことを繰り返さないためにも、明確な経営理念として3つの言葉を掲げたので、私としても強い思い入れがあります。

数字だけでなく、対象者に起こった変化を見る視点が得られた

――建設前に、具体的にどのような取組みが進められたのでしょうか。

村尾さん:市民のニーズを探るために「車座集会」と計6回の「ワークショップ」、ケイスリーと取り組んだ社会的成果の可視化、が主な取組みです。

車座集会は、行政職員として窓口では知ることができない市民の生きづらさや閉塞感、不安感などを理解するために実施しました。地域の方々と関係性を作りながら、私たちの劇場に対する考えを伝える。「声なきを聴き、形なきを観る」という姿勢で、言葉の裏側に込められたニーズを感じることを大切にし、継続的に行っています。これまでに約170箇所、1,200人を超える方々と対話を重ねてきました。

ワークショップは、建物ありきではなく、市民の参加者と劇場のあり方や丸亀市の課題を共有するとともに、様々な提案をいただきました。計画策定の参考にするだけでなく、市民自らが「応援者」や「伴走者」として劇場づくりに参画してほしいという思いもありましたね。

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――当社とは社会的成果の可視化のための「指標案づくり」と「ワークショップ評価」を実施しました。改めて、その導入経緯を教えていただけますか?

村尾さん:先ほども少し話したように、一部の愛好者だけでなく、無関心だった方、「もっと現実的なことに市のお金を使ってほしい」と批判的だった方にも納得してもらうための大義をずっと考えていました。この大義を考えるとき、一番分かりやすいのが経済効果です。

しかし、全国には1,700余りの自治体があり、2,000を超える劇場やホールなどがあると言われています。地方都市の1,000人や1,500人規模のホールでイベントや公演を開催しても、県外からの来館者はわずかなはず。東京や大阪のドームなどの大規模会場では経済効果はあるかもしれませんが、地方では市民が実感できるほどの経済効果を生むとは考えにくい。地方の劇場と都会のドームやライブハウスでは、元々の役割が異なることを理解する必要があります。

また、これまでの文化芸術施設の成果指標は、その多くが来館者へのアンケート結果やアウトプットでしか測られていない状況でした。これでは文化芸術に縁遠い、劇場が必要ないと思っている方々に対して、必要性が説明できないという強い懸念があったんです。

――市民に対して、市民会館の具体的な恩恵を示せていなかったと。

村尾さん:はい。何か定量化できる指標はないか、定量化できなくても「あなたにとって、こんな良い変化が生まれる」と論理的に説明できる方法はないかと考える中で、社会的成果を可視化する考え方と出会ったんです。

――そこから、可児市文化創造センター主催のアートマネジメント講座「あーとま塾」での出会いをきっかけに、当社とご一緒させていただくことになりました。実際に可視化に取り組むうえで、苦労された点はありましたか?

村尾さん:社会的成果の可視化に必要な、ロジックモデルを作るのに必要な知識やスキルが皆無だったことですね。また、私たちは文化芸術の専門家ではないため、文化芸術がもたらす変化がどういうものか、文化芸術とは何かすら理解できていなかったので、考え方の軸をどこに置くかを職員が理解し、共有することが大変でした。

コメント 2020-06-04 002559

その中で、ケイスリーにはロジックモデルをゼロから教えてもらいました。我々の疑問や感じたところを丁寧に整理していただく、ある意味で客観的に熱くなりすぎず伴走することを意識していただいたと思います。

計画検討の段階では、どうしても話題や議論が散らかってしまうんですよね。しかし、常に論点の軸を示していただいたことで我々の理解が深まりました

――ありがとうございます。社会的成果の可視化に取り組んでみて、考え方の変化や見えてきた成果はありましたか?

村尾さん:最初は「劇場の整備による社会的成果」を考えようとしていたので、スケールが大きすぎて「何を、どこまで、いつまで」やるかなど、細かなことに深入りしすぎたこともあって、私達のゴールが全くイメージできませんでした。

その後、ケイスリーとじっくり議論を重ねるうちに、「3つの基本理念」が最終的なアウトカムであるべき、ということに回帰し、「劇場をどうするか?」ではなく「劇場で街をどうするか?」という視点を改めて確認できました。これらに併せて、ロジックモデルを作るだけでなく、高齢者施設などで行った実際の演劇ワークショップの成果を可視化してみたことで、施設利用者の変化を肌で感じることができたのは、具体を決めていくうえで非常に良い機会となりました。

また、ケイスリーの皆さんには、劇場のあるべき事業を市民と考えるワークショップにも参加いただきました。そこで、劇場の機能や役割に軸足を置いた視点からのサポートにより、市民から、劇場の利用者としてだけではなく、活動の主人公としての声がどんどん生まれたことがワークショップのターニングポイントになったとも感じています。

――ワークショップの参加は、私たちにも非常に良い機会となりました。

村尾さん:今回、基本構想や整備計画と並行して、ケイスリーと社会的成果の可視化を検討していくことは、行政と市民双方に良い効果をもたらしたと考えています。基本方針や事業方針を検討に当たって、事業によって起きる変化を常にイメージできたことで、次に検討すべき事業計画の目的が明確になったと感じています。

まだ具体的には動いていませんが、これから市役所の各部署にヒアリングし、劇場の成果や市の課題解決につながる活動指標が示せないかを調査していきます。ロジックモデルを作ったことで、それぞれの担当部署でこれまでは思いつかなかった視点や新しいものさしが見つかるのではないかと考えています。それは、これまでのケイスリーとの事業を通して、具体的な数字を見るだけではなく、対象者や、その周辺に起こった変化を見るという視点を得た大きな成果であり、今後私達行政職員に求められるスキルだと感じています。各部署で明解なロジックや定量化できる指標が見つかれば、納税者への説明責任だけでなく、予算の根拠として活用できるとともに、事業改善や組織運営にも生かせると思っています。

社会的成果が暮らしの中で実感できるように

――今後のどのようなプロセスで開館に向かうことになるのでしょうか?

村尾さん:建物に関しては、2023年度には工事が完了し、2024年度のオープンを目標としています。そのために並行して実行すべきことが3点あります。

1点目は、事業計画や管理運営計画の検討です。今年度はオープンから1年間の事業計画案と、以降5年間を見据えた中期事業計画案を作成する予定です。

2点目は、市民が感じている課題のより具体的なリサーチです。高齢者や子どもといった大枠ではなく、「認知症の高齢者、そのご家族に対して、劇場ができることは何か」など細分化して、それぞれの事業に対する建付けを丁寧に考えていく必要があります。

3点目は、事業を運営する管理主体の検討です。管理主体に求められる役割は、「施設管理」「文化芸術振興」「課題解決」などですが、行政が策定した社会的成果の指標に対して、管理者に達成までコミットしてもらうことはハードルが高く、参入を難しくするかもしれません。ただ、設定する指標は、劇場の理念に通じていることが大前提ですが、効果を測れない指標は設定することができません。施設の目的を達成するための手段とプロセス、成果の見せ方を管理者任せにせず、私達が指標の設定までサポートし、運営利益やマーケティング活動にも連動する実現可能な仕組みを作れたらと思っています。

――最後に、村尾さんがみんなの劇場にかける思いをあらためて教えてください。

村尾さん市民会館や文化会館の利用者は、全国的にも一部の愛好家のみとなっているのが実情です。丸亀市でも旧市民会館の利用率は5%〜7%ほど。年に1回どころか、成人式で利用したきりの方もいらっしゃいます。それはとてももったいない。

まだ確定ではありませんが、みんなの劇場は毎年運営費で2億4,000万円ほどかかり、整備費として約80〜90億円の税金が使われる予定です。だからこそ、将来の丸亀市を背負う子ども達のために、実感として「劇場ができたあのときより良くなった」と思える社会施設にしなければいけません

経済効果として〇億円あった、ではなく、すべての市民が暮らしの中で劇場の成果を実感できるものにする――。この強い覚悟を持っているつもりですし、こうした姿勢が投資の効果を市民に分かりやすく伝えることにつながっていくと思っています。

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