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ピアノとソナタ 第10話

病院

ガラガラガラ

瑛紗:よっ!


総馬:よっ!じゃねぇ…けどまぁ大丈夫そうだな


瑛紗:まぁね〜


総馬:具合は?


瑛紗:そうだね…うん…


総馬:……偉いよ瑛紗は


瑛紗:なにが?


総馬:俺なら気が狂う


瑛紗:……


総馬:それに…なんというか…ありがとう


瑛紗:それはなんのありがとう?


総馬:いや…なんかそう言いたくなった


瑛紗:やっぱ病院つまんないなぁ!学校行って総馬とか美空とか〇〇と一緒に楽しくやりたいな!


総馬:〇〇さ…学校来てねぇんだよ3学期


瑛紗:……そっか


総馬:担任と久保先生が教頭とか校長にお願いしてなんとか進級だけはさせるための準備はしてくれてるんだけど…昔に戻っちまったな…


瑛紗:私のことがお母さんの姿と重なったのかな


総馬:あいつ自身母親のことを今どう思ってるかわからない。でも…いい思い出では無いからな…どれにしても


瑛紗:だよね。美空は?


総馬:俺と変わりながらあいつの家に行ってるよ。ただ会えないけどな。


瑛紗:ごめん…


総馬:瑛紗には感謝しかないよ。ただそういう時が来たのかもしれないだけだよ。〇〇にとっての選択が

ーーー

いつの間にか年を越し、冬の厳しさだけ増していた
それを感じることもなくただただ
自分の弱さと向き合うわけではなく、突然襲ってきた現実に目を背けていた

ハァハァハァ

美空:〇〇!


総馬:瑛紗は?


〇〇:……

ガラガラガラ

瑛母:あなた達は?


美空:一ノ瀬美空と言います


総馬:倉本総馬と言います


瑛母:あなた達が…初めまして…瑛紗の母です


美空:初めまして…あの…瑛紗は…

ガラガラガラ

瑛父:ん?どうした?


瑛母:瑛紗の友達の一ノ瀬美空さんと倉本総馬くん


瑛父:瑛紗の父です。ごめんね夜に大変なこと聞かせちゃって


総馬:いいえ…それで瑛紗は?


瑛父:今は落ち着いて寝てるよ。明日起きてから検査することになってる


美空:良かった…


総馬:実は僕は知ってました…彼女が…


瑛母:そうなの…


総馬:すみません…なかなか気づけなくて…


瑛父:君たちのせいではない。親でも不思議なところがある子だから私達にもわからないところはある。それに…

ポンポン

瑛父:〇〇くん、顔を上げて。君のせいなんて思ってないし瑛紗のわがままに付き合ってくれたことに感謝してるんだ。本当に春から今日まで毎日楽しそうだった。だから間違っても君のせいだとは僕らも思ってない。ありがとう。

何を言われても励ましにもならないし
何を言われても慰めにもならなかった
ただ目の前に起きた現実に対しての不安と
蘇ってしまう残酷な閉じ込めていた記憶に
必死になって抗っているだけで自分以外のことにまるで関心もなく、僕がまた追い詰めてしまったことに変わりないのだと思った

あの日から僕は家から出なくなった
会話もなく、何も考えず、時間が過ぎるのを待っていた
いや、過ぎるのを望んでいた


美空:どうですか?


祖母:なかなか話さなくてね…うんとかはいくらいは言うんだけど…それも生返事でなにも出来ないのよ…


祖父:昔よりも酷いかもしれんのぉ…


美空:あの時もこんな感じでしたけど…会話はしてましたからね…


祖母:立ち直るのはもう無理なのかもしれん…


美空:……

人というのは神が作った歴史上もっとも素晴らしくそして儚く醜い物だと話す牧師がいた
だとしたら今の僕は素晴らしくなく儚さなんて皆無でただただ醜いだけの物である
ひたすらに自分を責めることでしか正当化出来ない
自分以外の人はなぜあんなにも生きていられるのだろう
世界を見れば僕よりも不幸な人はたくさんいるだろう
しかし今は自分だけの世界で自分以外の人なんてなにも成さない
襲ってくる何かに対して時間と共に過ぎ去ってくれることを願うしかなかった

ーーー

久保:倉本くん


総馬:久保先生…


久保:今日は?


総馬:〇〇のところ行ってきます


久保:いいの?冬のバンド大会優勝してこれからデビューの話も来るはずなのに練習しないで


総馬:〇〇の方が大事です。あいつのおかげで俺がバンドやってるんですから


久保:どういうこと?


総馬:とりあえず行ってきます


久保:あ!待って!…これ渡してあげて


総馬:…これって


久保:今の彼にはもうこれしかないんじゃないかなと思って

2人が家に来ていることはわかっていた
祖父母と会話してたまに笑い声が聞こえる
ありがたい反面、その声を遮ってしまう
笑い声が僕には苦痛で仕方なかった
窓を開けて冬の風を感じる
突き刺さるように痛々しい風が僕になにかを感じさせているのか
自問自答の中で生まれるものはなにも無かった

コンコン

総馬:うお!寒っ!なんだこの部屋!?そんななら外出ろよ!

総馬だけは部屋に入ってくる
というよりも気を使って入ってきて独り言のように話すだけだ

総馬:よくこの部屋にずっといられるな、俺ならシャウトのひとつやふたつじゃ済まないわ笑


〇〇:……


総馬:布団被るくらいなら窓閉めろよ


〇〇:……ガラガラガラ…カチャッ


総馬:…やつれたな


〇〇:……


総馬:せめて食っとけ!ほら!ゼリーとかお菓子とかジュースとか買っといたから!あ、あと俺バンド大会優勝したぞ?これで俺はもっとモテる!


〇〇:……


総馬:懐かしいな〜俺がバンドやろうとした理由がお前のピアノだったの

〜〜〜

中学1年

総馬:俺のピアノ上手いだろ!?


同級生:弾けるけどもっと上手い奴が3組にいるらしいぞ?


総馬:どんな奴?


同級生:めちゃくちゃ暗い!でもピアノ大会勝ちまくってる奴らしいぞ?


総馬:そんなやつよりも上手いね!


同級生:今週ピアノの大会あるらしいぞ?


総馬:よし!見に行って確かめてくるわ!

そこからは〇〇の凄さしかわからなかった
圧倒的な優勝
でも…笑顔もなくただ優勝という形しか受け入れてなかった
縛られて生きているように感じた
ピアノ弾いて上手い奴なんてたくさんいる
でも〇〇は上手いだけじゃないはずなのに感情を封じられていた
放課後のある日、音楽室からとんでもなく綺麗な音が聞こえた
そのまま音楽室に飛び込むと〇〇がコンクールなんかで弾くよりも遥かに楽しそうに弾いてる姿で、俺には〇〇しか見えなくなっていた

〇〇:え!?だ、だれ!?


総馬:……俺は倉本総馬!よろしくな!

この日俺はピアノをやめてもう一つの夢の歌うことに決めた

〜〜〜

総馬:ピアノ辞めた理由も知ってるから無理には言わねえしやらせねえけどよ、それにお前に一生のお願い使っちまったからもう俺にはこの手段しか残ってねぇ


〇〇:……

バン!

総馬:久保先生から受け取った…なんだけど俺もこれには賛成だわ、あとは自分で決めろ、じゃあな

バタン

テュラム国際コンクール
出場者  新田 〇〇
推薦者 久保 史緒里

〜〜〜

〇〇:お母さん優勝したよ!


母親:あなたはなんで私の言った通りに!そして先生の言った通りに弾けないの!?


〇〇:…ごめんなさい…


母親:あんな自分勝手な感情込めてなにになるの!?譜面の通りに弾きなさい!あなたはそれだけでいいの!


〇〇:ごめんなさい…ごめんなさい…


母親:いい?次のコンクールは必ず勝たなきゃいけないの?このコンクールに勝てば留学チャンスが生まれるの…わかった?必ず次は言われた通りにするの、いい?


〇〇:うん…ごめんなさい…

テュラム国際コンクール当日

どうしたんだ…
ピアノの前で泣いてるぞ…
あの神童が…
ミス1つしただけだろ…

母親:あれだけ練習したのに!どうして!どうして!あなたの人生が台無しじゃない!!どうして!!なにがダメだったの!?


関係者:新田さん落ち着いて!!


母親:うるさい!!なにが違うの!!なにがダメなの!!


母親:あなたはなんで!なんで!どうして弾かなかったの!!?どうして!!答えなさい!!

〜〜〜

キーンコーンカーンコーン

教頭:久保先生


久保:お疲れ様です


教頭:新田くんは…


久保:すみません…


教頭:担任とは話しましたが2月いっぱいまでは大丈夫そうなので気長に待ちましょう


久保:わかりました

久しぶりに外に出た
気力も体力も何もかもない
ここにいること自体不思議だ
自分がなにをしたいのか自然の音から探っているような気がする
ふとした時に学校にいた
そして聞き慣れないピアノの音が聞こえた
その音に誘われるように音楽室へ向かった

ガチャッ

久保:〜♪


〇〇:……


久保:ん?おお〜授業サボってここに来たのか〜笑


〇〇:……あの


久保:ピアノ?私下手くそでしょ?


〇〇:……お世辞にも上手いとは…


久保:知ってるもーん、いいだもーん、元々私は歌の方だったし〜


〇〇:…怒らないんですか?


久保:んー?なんで?


〇〇:いや、その…


久保:怒った方がいいなら怒るけど君はそれだとダメでしょ?受け入れないことで自分を責め続けるだけでしょ?


〇〇:……


久保:むしろここに来たのが偉い!それに…何か聞きたいことあるんでしょ?


〇〇:……これ


久保:ん?推薦者必要でしょ?だから書いておいたよ?


〇〇:…え…あ…いや…


久保:池田さんからコンクールのこと聞いてたからね〜


〇〇:……


久保:まぁ好きにしなさい?別に出さなかったらただの紙に名前書いただけだからね!


〇〇:……1つ聞いてもいいですか?


久保:ん?


〇〇:先生は…なんでピアノ弾いてるんですか?


久保:うーん…仕事だし…それに…好きだからかな〜ピアノが


〇〇:……


久保:別にいいじゃない?下手くそでも上手くても自分の好きなように弾いて楽しめれば?私は誰に聞かせるかっていうと生徒だけど、〇〇くんはお客様に聞かせてたわけじゃなくて自分で好きで弾いてたわけじゃない?でも途中からお母さんの言いなりになってしまった。そしてあのコンクールで自分の思った通りに弾こうとしたら音を間違えてしまった。そしてお母さんに怒られた。ここから自分の意思でやることに対して恐怖心を抱いてしまった


〇〇:……


久保:でも私はあのコンクールのドヴュッシー大好きよ?


〇〇:…え


久保:〇〇くんが本当に弾きたいのはこうなんだ!って意思が出てたしあの時会場に居た人達はめちゃくちゃ引き込まれたよ?だから私はあなたのファンなの?


〇〇:……でも


久保:別に弾かなくてもいいのよ?弾かなくてもあなたのことを卒業までちゃんと見届けるし生徒としてきちんと育てるのも教師の役目ですからね!


〇〇:……


久保:それに…私よりもあなたのピアノ聴きたい人が1人いるんじゃない?


〇〇:…


久保:いいじゃない、失敗しても、他の周りがあなたに勝手に期待して批判しても、あなたのピアノを好きって言ってくれる大切な人1人のために弾くだけでも素晴らしいことじゃない?


〇〇:……


久保:プロの作詞家も作曲家も曲を作る時は誰かを思ったりするし、ピアニストの誰かに届けたい思いと一緒なんだから…あなたがその子に届けたいなら今後もその子のために弾けばいいのよ?周りなんて関係ないんだから。


〇〇:……先生


久保:うん?


〇〇:行きたいところがあるんですけど…

ーーー

久保:ここで待ってるね、帰りも送るから


〇〇:はい、ありがとうございます

1つ1つの足の裏から感じる重さ
僕にはそんな資格あるんだろうか
迷いに迷ってここにいる
でも…ここを超えなきゃ何もない

コンコン

はーいどうぞー

ガラガラガラ

〇〇:……


瑛紗:…来てくれないかと思った


〇〇:…ごめん


瑛紗:ここ座って


〇〇:……


瑛紗:…えへへ、入院しちゃった笑


〇〇:…


瑛紗:…怒ってる?


〇〇:ううん…


瑛紗:悲しんでる?


〇〇:…わからない


瑛紗:…そっか


〇〇:1つ聞いていい?


瑛紗:うん


〇〇:僕のピアノ好き?


瑛紗:好き、だからまた聴きたい…


〇〇:…コンクール出るって言ったらどうする?


瑛紗:…本当に?嘘じゃない?


〇〇:うん、嘘じゃない


瑛紗:裏切ったら殴るよ?


〇〇:じゃあ僕からも約束して?


瑛紗:なにを?


〇〇:聴きに来て欲しい


瑛紗:……


〇〇:1つだけ…それだけ約束してほしい。優勝もいらない、誰かに届けるなんて適当なことじゃなくて…君に聴いてほしい…


瑛紗:…グスッ


〇〇:それだけで…十分なんだ…


瑛紗:じゃあ…早くここから退院しないとね!


〇〇:……うん!

ーーー

ガチャッ

久保:おかえりなさい


〇〇:先生…僕…出ます…

彼女に出来ること
それは
今の自分を受け入れて
前に進み
そして聴かせるんだ

〇〇:必ず…最高の音楽を届けます…彼女に…

彼女に最高のピアノを

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