見出し画像

【連載小説】「きみの手、ばりきれい」#11

 五月初旬の連休は、下宿にこもって脇目も振らず、机にかじりついていた。

 帰りのバスのなか、ゴールデンウィークにどこへ行くだの、巷で話題のあのB級映画を見に行こうかだの、俺にとって心底どうでもいいことを囁き合っている学生に対し、嫉妬や悵恨の情を催したりしたものだが、あらゆる煩悩を撥ね退けてこそ、努力は結実するのだ。四月末の全国マーク模試が終わって一息つきたい欲をぐっとこらえ、休講中は勉学に専念しようと、俺は我が心に誓った。
 そうやって決意したまではよかったのだが、四連休も三日目ともなると、集中が途切れることが多くなった。雑念が脳裏に現れる時間が増え、勉強していてもあまり手応えが感じられなくなってきた。これではいけない。

 とはいえ、遁走とんそうするトカゲの尻尾のように、一度切れてしまった集中力を再び結合させるのは、容易なことではない。そういうときはいつも、俺は一旦手を休め、気晴らしに外出することで対処をしている。

 趣味のひとつである寺社仏閣を訪ね歩いたり、屋外に出て外気を取り入れたりすることで、腹の底に鬱積うっせきした空気を吐き出し、心の換気を行う。そうすると気分が落ち着き、心機一転、集中力が復活して再び勉強に身が入るようになるのだ。一応断わっておくが、決して勉強に飽きたからサボろうとしているとか、現実から逃げているわけではない。
 そして俺は「気分転換」という大義名分の旗を掲げ、近場の寺への航海に発つべく準備に取りかかった。

 山科駅から一キロほど北に、毘沙門堂びしゃもんどうという寺がある。秋の紅葉が美しい寺としても地元において名声高く、初夏の今は青々と繁茂はんもするもみじが見られる。また、名にある通り、「京都七福神」の一神、毘沙門天びしゃもんてんが本尊に据えられた、京都屈指の由緒正しき寺でもある。

 大学に入学してしばらくのち、俺は下宿の近くにそんな名刹めいさつがあると知って、多少なりとも興味を持ったが、なかなかおのずから訪問するまでは至らなかった。というのも、「毘沙門堂」を勧めてきたのが、明坂だったからだ。
 ただ、それだけのことを理由に行かないのはどうかという気がしたのと、仮初とはいえ、せっかく歴史関係の学科に所属しているので、今のうちに少しでも知見を広めておきたいという思惑から、初めて行くことにした。

 実家から持ってきていた御朱印帳をボディバッグの中に入れ、俺は部屋を出た。マンションの外へ出ると、裏手のサイクルガレージから愛用のママチャリを引っ張り出した。これもまた、大阪の実家から持ってきたものだ。俺はスタンドを足で勢いよく蹴り上げ、その勢いのまま跨って漕ぎ出した。

 マンションに面した線路沿いの道を走り、踏切のある十字路を北に折れる。そのまま五分ほど走り続けると、毘沙門堂がある。初夏の生温い微風が殊のほか心地よく、俺の頬を擦過する。夕方四時半を回って、徐々に傾き始めた西日が眩しく射し、背中あたりから次第に汗ばんでくる。

 俺の父方の祖母は春江さんといった。小さいころ、よく春江さんに連れられ、寺院や神社を訪ね歩いたものだ。彼女は若いころから歴史遺産巡りが趣味だったらしく、俺もよく彼女に誘われ、歴史のある様々な場所へ連れて行ってもらった。その影響もあってか、いつの間にか俺自身も、寺社巡りが趣味になっていた。

 俺は両親が共働きの一般家庭で育ったから、帰宅するときは大抵一人だった。兄が中学に上がると部活で帰りが遅い日が多く、俺は学校から帰るとほとんど毎日、家に一人だった。家の真向かいに祖父母が暮らしていたので、俺はよく春江さんに会いに行っていた。

 俺が中学三年のときに祖父が亡くなり、両親は独り身になった春江さんのことをおもんばかって、それまで二人が暮らしていた家を貸家に出し、彼女を我が家に引き取った。

 春江さんはいつも俺に対して優しかった。祖父は生前、優秀な兄のほうばかり可愛がったが、春江さんは終始俺の面倒を見てくれ、俺に最大限の慈悲を与えてくれたとすら思う。俺がわがままを言っても、大抵のことは真摯に聞いてくれたし、父や祖父に叱られてヘソを曲げているときは、いつも味方になってくれた。「甘やかすな」と祖父から諭されてもなお、彼女は俺の味方でい続けてくれたのだ。
 彼女の存在が、幼少期の俺にとってどれほど心の支えだったか、思い返すときりがない。

 春江さんの道楽といえば寺社巡りだったが、もうひとつの趣味として御朱印蒐集しゅうしゅうがあった。ちなみに、地元の寺から日本有数の巨刹きょさつまで、あまね行脚あんぎゃし、全国の御朱印を網羅するという壮大な夢を語ってくれたことがあるが、もちろんその夢はいまだ叶っていない。
 いくら遠出したとしても、せいぜい清水寺や銀閣寺、比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじなどが関の山である。八十過ぎの老人が叶えるには無茶がすぎるというか、過酷な気がする。ただ、本人曰く、「夢は叶えられないからこそ尊い」ものらしいが、叶えられないとわかっている夢に、果たして価値はあるのか?

 しかし、楽しそうに御朱印を集める彼女を見ているうち、俺も段々と興味が湧いた。そしていつしか、自分でも集めてみたくなった。
「御朱印を集めてみたい!」と目を輝かせて話してみたところ、春江さんは気前よく御朱印帳を俺のために購入してくれた。宇治の平等院で買ったというそれの表紙には、金箔の描画で鳳凰ほうおうが描かれていた。

 かくして俺も、小学五年くらいから御朱印集めに熱中し始めた。それまで何かを蒐集する趣味はあまり持ち合わせてなかったが、いざ集めてみると意外に面白いことに気づいた。
 旅の思い出として刻印された日付。達筆ないにしえの記憶。そして、年月とともに増えて積み上がっていく朱と黒の追尾体験。
 ……「持ち帰った歴史の断片」を眺めていると、昔と現代が帯のように互いに絡み合い、まるで自分がその時代に生きていたような錯覚に浸る。

 線路沿いの狭い路地から垂直に北上し、毘沙門道の坂を上がっていくと、琵琶湖第一疎水そすいである山科疏水が東西に流れている。そこに架かる安朱橋を越え、さらに北に進むと、道幅が徐々に狭くなる。

 住宅地を抜け、突き当たりの森は新緑豊かな枝葉を広げて鬱蒼と茂っている。そこが参道の入口だとすぐにわかるほどの仄暗さは、倨傲きょごう閑寂かんじゃくを与え、住宅地と森の境界をくっきりと分けながら、荘厳そうごんたる雰囲気のままに居座っているようだ。

 森の周囲はひっそりとしていて、車はおろか、人気もほとんどない。ゴールデンウィークの中日とあって、もう少し拝観客がいるかと身構えていたが、それをいい意味で裏切るかのような静けさだ。
 ここは地元の人ですら、散歩コース程度にしか思っていない穴場ということだろうか。

 俺としては閑静な場所を好むので、これはこれで、悪くない環境だった。
 そんな俺の静謐なひと時に、水を差すやつがいた。

「おーい!」

 近傍から、聞き覚えのある、それでいてどこか不快なトーンを有した少年声が、俺の意識を恍惚こうこつから覚まさせた。
 まさかと思って振り向くと、社殿に登っていく階段の前に、「毘沙門堂門跡」という文字が刻まれた大きな石柱があり、そこから、ひょっこりと顔を覗かせたのは明坂だった。

 俺はとっさに減速し、Uターンして自転車を降りた。明坂は片手にビニール袋を提げ、門柱の前で手を振っている。俺は目を疑って、もう一度凝視して確認してみたが、どう見てもそこに明坂がいるのだ。

 どういうことだと思ったが、ひとまず俺は、自転車を押しながら明坂に近づいた。

「ここで何してるんだ」

 俺がとがり声で詰問してみると、明坂は福笑いのような笑みでこう答えた。

「買い物のついでさ。散歩コースなんだよね」

「大宅に住んでることは知ってるんだぞ。そのお前が、なんでここが散歩コースなんだよ。普通に考えておかしいだろうが」

「いいじゃん。僕がどこへ行こうとも、権限は僕にあるんだから」

「お前、俺のことをつけ回してるんじゃないだろうな」

「被害妄想もここまで来ると甚だしいねえ」

 明坂は舌を出して俺の嫌疑を軽くあしらうと、石段上の本殿のほうを指し示した。

「まあまあ、細かいことはいいから。行こうよ」

 俺は本気で明坂の真意を測りかねた。何がしたいのか今ひとつ要領をつかめなかったが、とりあえず坂下の駐車場に自転車を置きにいき、彼と並んで参道の石段を登り始めた。

 明坂はこの状況を一切説明しないばかりか、まるで当然の成り行きだと言わんばかりに、臆面もなく俺に話しかけてくる。

「君はよくここに来るのかい?」

「今日が初めてだよ」

 俺は素気ない返事をした。
 正直、だいぶ気が立っていた。息抜きのつもりで来たのが、よりによって、俺が私生活のうちで最も会いたくない人物ベスト3の一劃いっかくを担う明坂に会うとは思わなかった。ちなみにあと二人は摂津さんと、これから出会うであろう、俺が苦手とするタイプの人である。

 もしも明坂ではなく、蓮実さんのような邪気とは無縁そうな人だったなら、一人の時間を阻害されたとしても、まだ寛容になれたかもしれない。そんな妄想をしてしまいそうになるが、起こりもしないことを考えたところで、今の事態に終止符が打たれるわけではない。
 それよりも、この状況はいったいどういう了見なのだ。なぜ、ことさら友達でもないやつと行動を共にする必要があるのだ。

 というか、偶然にしては出来すぎていないか? あらかじめ俺の行きそうな場所に旗印を立て、俺が来そうな頃合いに目途をつけて、張り込んでいたとしか思えない。
 俺の心配性が引き起こした誇大妄想という可能性は否めないが、最近、行く先々で明坂と遭遇している気がする。これは本当に気のせいなのだろうか。

 石段の上に仁王門におうもんがあった。これは江戸初期に建立され、真っ赤な太い柱は威厳を示し、屋根は本瓦葺の切妻造きりづまづくりである。天井から巨大な提灯が吊るされ、余白いっぱいに書かれた「毘沙門天」というロゴのようなデザインの文字が目に新しい。門の両脇には金剛力士こんごうりきし像が建ち、そこを護っている。

 俺と明坂は仁王門をくぐり、一礼をして境内に踏み入った。後ろを向くと、提灯の裏側には『奉納 大般若會』と書かれていた。

 本殿に詣でた後、庭を眺めたり、高台弁才天こうだいべんざいてんなどを眺めたりした。本殿を取り囲む縁側の一隅で、明坂が弁才天の祀られた祠を指さし、「あれは豊臣秀吉の母、高台院ゆかりの弁才天だから、高台弁才天なんだよ」などと歴史系の学科でもないくせにうんちくを宣うので、俺はげんなりした。腹が立った。俺は知らなかったのだ。

 何度か俺は明坂を撒こうと試みたものの、やつはなかなか隙を見せず、俺が移動するたびに、俺の背後を磁石のようにピッタリとくっついてくる。しまいには、俺が帰り際に御朱印をもらおうと納経所を訪ね、寺務の人に御朱印帳を手渡そうとしたら、明坂が横合いから俺と全く同じ御朱印帳を差し出し、ここにも一緒に書いてほしい、と言い出したのだった。
 俺は明坂を睨むと、彼は何の悪意も示さずに、その場の思いつきで弁明するように、

「いやあ、最近始めたら思いのほかハマっちゃったんだよね」と白々しく笑った。

 何もかもが腑に落ちないまま、俺は寺内の庭を一周して、まだ青い椛の下を通って石段を下りた。

 駐輪場に戻って、俺は自転車を漕ぎ出そうとすると、不意に明坂が呼び止めてきた。

「あっ、そうだ。忘れるところだったよ」

 振り向きざま、俺は彼からビニール袋を差し出された。

「今度、みんなで君の下宿に遊びに行くからさ、それまで、君のところに置いといてよ」

「何の話だ。何なんだよ、これは」

 俺は軽く指でビニール袋を外側から押すと、カランカランという音が鳴った。

「ビールだよ。あと、ナッツとか諸々。君の分もあるからね」

「は? 未成年だろ」

「馬鹿だね。ノンアルだよ、ノンアル」

「だからって、なんで俺が預からんといけないんだよ。しかも、どういう了見で俺のとこに遊びに行く前提で話してるんだ? 絶対にお断わりだからな!」

「今、僕のところの冷蔵庫の調子が悪くてさ、一週間だけ君が預かっててほしいんだ」

「……俺の話、聞いてたか?」

 俺が言い終わらないうちに、明坂は俺の胸に袋を押しつけると、「そういうことだから、よろしく」と軽く片手を上げると背を向け、立ち去る素振りを見せた。
 何がよろしくだと思いながら、俺はやつの後襟を掴もうとしたが、彼は何かを思い出したようにふと足を止める。そしてこちらを振り向くと、俺にこんな言葉を投げかけた。

「君は他人に迷惑をかけることがままあるから、もっと自分を省みなくちゃね」

 それだけ言い残すと、彼は身を翻して、機敏な栗鼠りすのように軽快な動きで向こうへ走り去ってしまった。
 何を言われたのか理解が追いつかないまま、気づけば俺はその場に取り残されていた。

 結局、突き返せないまま、数本のノンアルコールビールとつまみの入った袋を携え、俺はなくなく帰路についた。
 軽い息抜きのつもりで外に出たはずなのに、どっと疲れが押し寄せてきた。

 部屋に帰ると冷蔵庫を開けた。ビニールの中身を乱雑に取り出して、床に並べる。ビール缶のほかには、スナック菓子やらミックスナッツやらの個包装がいくつか出てきた。それを眺めながら嘆息しているそのとき、袋にまだ何かが残っていることに気づいた。そっと取り出してみると、書店のカバーが掛けられた一冊の文庫本だった。


 ――「君は他人に迷惑をかけることがままあるから、もっと自分を省みなくちゃね」

 あのとき、明坂が残していった言葉が気になり、勉強に身が入るどころか、かえって集中できなくなってしまった。そして、意味を考えれば考えるほどに、虫酸が走る。

 あいつは俺の何を知っている。俺がいつ、誰に迷惑をかけたのだ?

 第一、俺は生まれてこの方、他人に迷惑をかけたことはない。決して、年寄を「ババア」と呼んだり、寺の池の餌に群がる鯉に向かって小石を投擲とうてきしたり、近所の犬に「ウンコ犬」と渾名をつけて罵倒したり、学校のウサギ小屋のうさぎの羽毛を故意に引っこ抜いたり、そんな非人間的な行為に及んだことなど、一度たりともないほどの清らかな心を有した、清廉潔白せいれんけっぱくな少年なのだ。

 あいつは、俺の何を知っている?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?