見出し画像

処方屋~心のゴミ出し手伝います~   vol.2 処方の役割

数日前、私はとても不思議な体験をした。
思いがけず、処方さんという紳士に出会い話しをするうちに、私の心のゴミがなくなった。
私は、過去の行動や考え方に後ろめたさを募らせていた。
あの時にああすれば、こうすれば…
こんな堂々巡りを繰り返しては、過去を悔やんでいた。
しかし、処方さんと話をするうちに、「うまくいかないことは何の問題もない」、それに「うまくいかなかったおかげ」という価値観をもらった。
その話を聞いた時、私の頭と心は衝撃を受け一瞬混乱したが、「それでいいんだ」と受け止めた時には、何とも言えない安心感と幸福感で溢れていた。
居場所を失って浮遊していた感情が、あるべき居場所にいざなわれたような、ピタッと着地したような、ざわざわした違和感がすっかり消えていた。
とげとげした感情も丸くなったのか、あれから誰かに嫉妬することもなくなったように思う。
これも、過去への後悔がなくなったからなのだろう。
たったあれだけの時間話していただけなのに、25年分の後悔が消えていったのは、本当にすごいことだと思う。

私は、自分の中で起きた変化を処方さんに伝えたくなった。
処方さんに会いに行こう。

この前の横断歩道をスーパーの方ではなく、路地の方に進んだ。
数日しか経ってないのに、すでに懐かしい感じだ。
私の変化を処方さんに伝えたら、きっと喜んでくれるだろう。
私はわくわくし始めた。

処方さんの事務所にはインターフォンはない。
扉を開けようと手を伸ばすと
ガチャン”と鍵が開いた。
そして、扉が開く。
「私が来ることがわかったんだ…」

私は中に入り「こんにちは~」と処方さんに聞こえるように挨拶した。
しかし無言だ。
処方さんがいることはなんとなくわかっているので、「処方さん、入りますよ」と言って引き戸を開けた。
引き戸を開けると、処方さんがソファーに座っていた。

「処方さん、こんにちは。」
「潔白さん、またいらっしゃると思ってましたよ。」
「そうなんですか。お見通しですね。」

この前はいろんな事に動揺していて、処方さんをよく見なかったが
処方さんは、背が高くはない。
目がぎょろッとしていて、耳が尖っている。
この前は白いハットを被っていたのでわからなかったが、髪の毛が薄い。
というか、髪はほとんどない。
口角が上がった口元。
余裕のある表情。
白いスーツに白いハットを被っていたので紳士っぽい印象だったが、冷静に見ると、とても品の良い異星人のような雰囲気である。

あまりに数日前と違う印象なので、まじまじと見てしまった。
すると、処方さんが咳ばらいをした。
私は焦って「すみません」と謝った。

「で、今日はどうしたのですか?」
処方さんが私に尋ねた。
「はい、今日来たのはですね。私の心の変化を処方さんに伝えたいと思って。」
私はテンション高く話し始めた。
「あれから、心がとても穏やかなんです。波風立たないというか、さざ波も起きないというか。見る物全てが愛おしいというか。幸福感で満ちているんです。嫉妬もなくなりました。」
私がまくしたてるように話していたので、私の勢いを抑えるためゆっくりとさえぎった。
「それは、当たり前のことです。」
処方さんの話し方は、いつでもゆったりして艶やかな声だ。
しかし、口に出す言葉はハッキリとしている。
「当たり前なんですか?」
私は、処方さんがもっと喜んでくれると思っていたので、がっかりした。
「僕と話せば、それくらい当たり前のことです。」
なんだ、処方さんの実力として当たり前ってことね。
もう少し、私の変化を喜んでもらってもいいのにな。
「潔白さんにとっても、心のゴミがなくなるのは当たり前のことですよ。」
「え?」
「人は本来、生まれた時は素直でまっさらなんですから。ゴミがついて異常になっているだけです。だから、ゴミがなくなれば、人と比べたり競ったり、欲張ったりしません。それが正常な姿です。」
「ゴミって、私が抱えていた、後ろめたさとか欲とかですか?」
「はい。人は不要な感情を自分から抱えてしまっています。嫉妬や執着、後悔。つまらない常識や知識、記憶もゴミです。」
「なるほどです。では、私は正常に戻ったということですね。」
「まあ、そういうことです。」

「ちょっとこれから、クライアントがきます。」
「クライアントですか?」
「ここ、カウンセリングルームですから。」

処方さんのこの事務所は、カウンセリングルームだったようだ。
「この前、【こちらの世界】の話をしましたっけ?」
「はい…意味はよくわかりませんでしたが…」
「僕が言う、【こちらの世界】は、正式には【白昼の世界】と言います。
【白昼の世界】の人を見極めて、適合できる人だけを【白昼の世界】にいざなう事が、私の役割です。」
「え?え?え?」
白昼の世界?意味がわからない…
「潔白さん、あなたは白昼の世界の人なので、そのうち僕の言ってることがわかるでしょう。まあ焦らないでください」
焦ってないけど、意味がわからな過ぎて混乱…

「もうすぐクライアントが来るので、あなたは入り口で待ってて、来たら扉を開けてあげてください。」
「あれ?処方さんは、遠隔操作で鍵と扉を開けられるんじゃないですか?」
「あれで入れるのは、【白昼の世界】の人だけです。今から来る人は、どうでしょう?」

意味がわからないことばかりだが、私は言われた通りクライアントを待った。
扉の外に人の気配がある。クライアントさんが来たんだ。
インターフォンを探しているのだろう。
おそらく、どうやって入っていいかわからず困っていると想像できる。
私は鍵を開け、扉を開いた。
「いらっしゃいませ」と挨拶した。
いらっしゃいませ?挨拶はそれで良かったのだろうか?
クライアントさんがニコニコしていたからホッとした。
私は引き戸を開け、ソファーまでクライアントさんを案内した。

あれ?処方さんがいない…
「どうぞ、おかけください」とクライアントさんに言って、私もキョロキョロした。
処方さん、どこに行っちゃった?
処方さんが来るまで、沈黙が持つだろうか。

「良くいらっしゃいましたね。」
するとカウンセリングルームの奥の部屋の方から、処方さんの声がした。
クライアントの女性が立ち上がり、処方さんに挨拶した。
処方さんは白いハットを被っている。
処方さんも自分のイスに座り、私はどうしてよいのはわからなっかったが、処方さんが座るように目くばせしてきたので、部屋の端にあった椅子に座った。
「さて、まずは今日のお代をお支払いください」
「今日は、こちらのカウンセリングにうかがえて嬉しいです。なかなか予約が取れませんもので、ラッキーです。」
と、女性は言って5万円をテーブルに机に置いた。
5万円???処方さんのカウンセリングって高い!
しかも前払い!
予約が取れないって、処方さん人気なんだ…

「それで、ご用件はなんでしょう?」
処方さんは女性に質問した。
クライアントの女性が私の方を見て困惑している。
「この人は私の助手なので、空気だと思って気にせず話してください。」
処方さんは、このように説明して女性を安心させた。

女性が話し始めた。
「私、結婚がしたくて。だから、5つの結婚相談所に登録しているのですが、なかなか良い人が見つからないんです。いいなと思う人がいても、決め手がないというか、ピタッとくる人がいないので。
婚活もお金がかかるし、早く理想の人が見つかるといいなと思っていて。」

すると、処方さんが口を開いた。
「結婚しないことに、何か問題でもありますか?」

はい?
処方さん、何か問題あります?って、問題があるからここにきてるんじゃないの。5万円も払って。
カウンセリングっていうのは、もっと相手の気持ちに寄り添うものじゃないの?
もっと話を聞いて、相手を癒すものなんじゃないの?
聞いてた私まで驚いてしまった。

女性も衝撃を受けている。まさかの仕打ちだ。
うんうん、驚く気持ちわかりますよ。

女性は心を整理しようと考えながら答えた。
「だって、みんな結婚するものですよね…
独身の友人も少なくなってきてるし、私だけ一人になってしまいます。
結婚して幸せにならないとおかしいでしょう?」
「結婚したら幸せなんですか?」と処方さんが尋ねた。
「たしかに、結婚しても離婚する人もいるから、結婚が幸せとも限らないと思います。」
「わかってるじゃないですか。結婚しても幸せになるとも限りません。それに、あなたは本当に結婚したいと思っているんですか?」
「はい、だから結婚相談所に何件も登録して…結婚しないと親が心配しますし、売れ残りみたいで恥ずかしいです。」
「あなたの気持ちを聞いているんですよ。
もし親がすでに亡くなっていると仮定したら、結婚についてどう思いますか?」
「考えたことがなかったです。」
「今、考えてみてください。」
「親がいなかったとしたら…もっと寂しくなると思うのでパートナーが欲しくなると思います。」
「もし、お友達が誰も結婚していなかっとしたら、結婚についてどう思いますか?」
「おつき合いするパートナーは欲しいかもしれませんが、結婚にこだわってないかと思います。でも、現実的には状況が違います。」
「わかりました。あなたの本心が知りたかっただけなので結構です。」
・・・
・・・
・・・
みんな黙った。
「潔白さん、そこにある紅茶をみなさんの分入れてください。」
私は言われた通り、ティーカップを3つ用意して紅茶を入れて、それぞれの前に置いた。
長い沈黙。
途中、私も女性も処方さんに合わせて紅茶を口にする。
気まずい。

すると女性が話し始めた。
「今、振り返っていました。
結婚した友人は夫の愚痴ばかり、それに子育てにお金もすごいかかって自分で使うお金がないと言っていたり、義父母が子育てに口出ししてうざいとか、せっかく結婚したのに、同じお墓なんて嫌だと言っています。
好きで結婚したはずが、不満の方が大きくなっていそうです。」
「結婚は修行ですから、当然です。」
「結婚が修行…友人たちを見ていると、なんとなくわかる気がします…
だけど、私の両親はとても仲が良くて、私もそんなふうになりたいと思っていました。」
「ご両親は、結婚相談所で出会ったのですか?」
「まさか、結婚相談所があるような時代じゃないですよ。あってもお見合いでしょうが、両親は恋愛結婚です。小学校からの同級生で、今でも仲のいい友だちみたいな関係です。」
「それはすばらしい。
ご両親は、あなたに結婚を急がせているんですか?」
「いいえ、急がせているなんてとんでもない。私が婚活している姿を見て、焦らなくていいと言ってくれています。だけど、私が惨めな思いをしないように優しさで言ってくれてるんだと思います。だって、娘が結婚できないなんて心配に決まってます。本当は結婚して幸せになって欲しいと思っているはず!」
ヒートアップした女性が、ハッとした顔をした。
「私、結婚したい理由を両親のせいにしてます?」
「はい。そのようです。」
「結婚して幸せになって欲しいと思ってるっていうのは、私の思い込みですか?」
「そのようですね。ただ、幸せになって欲しいというのは本当の事だと思います。」
「結婚して…っていうのが思い込みということでしょうか?」
「幸いなことに、あなたはご両親から結婚のプレッシャーがないようですが、友達がどんどん結婚していく姿を見て、自分もご両親を安心させてあげたいと思いこんだのでしょう。それに、多くの人は小さい頃から『結婚するのが当たり前』という慣習が思い込みに繋がったり、ワイドショーやドラマや雑誌から溢れるウェディング情報で『結婚=幸せ』『結婚しなければ負け組』というのが刷り込まれてしまっています。
あれは、ウェディング業界のビジネス誘導です。儲けるための仕掛けです。
結婚相談所も然り。
ウェディング業界は、結婚を焦っている人を見つけては、ほくそ笑んでますよ。
また獲物が見つかったと。
人の焦りと不幸の上に成り立っている職業です。
幸せを売るように見せかけた、不幸産業です。
くだらないビジネスにつき合わされ、振り回され、お金をつぎ込まされましたね」
ちょっと、ちょっと、処方さん!
言ってることは正しいけど、言い過ぎなんじゃ!
私が止めようと立ち上がった時、女性が話し始めた。

「実は、私も婚活をするうちに、うっすら気づいていました。
だけど、大金をかけてしまったし、婚活を始めたと友人や家族に言ってしまった以上、引くに引けないというか…
結婚相談所も、私が婚活をやめようとすると、条件の良い人を紹介してくれるのですが…
婚活して随分と経ちましたから、目が肥えたというか、目が確かになったというか、その人がサクラだって気づくんですよ。皮肉でしょ?
でもやめるにやめれなかった。今度こそいい人が見つかるかもって期待をしてしまい。」
「婚活に依存してましたね。」
婚活に依存?処方さん、何言ってるの?
女性もキョトンとしている。
「婚活している時は、『私頑張ってる』という感覚があって安心していたんじゃないですか?」
女性は、ドキッとした顔をした。
処方さんは、続けた。
「何事も依存したらいけません。」

女性は、思い当たることがあるかのように
「私、婚活さえしていれば、幸せのレールに乗れると思っていました。
幸せのレールに乗れば、あとはスタッフさんがうまく運んでくれると。
自分がカモにされているのがわかっていても、相談員は優しく話を聞いてくれるから、居心地が良くなっていました。
甘えられる関係を壊したくなくて、結婚相談所が喜んでくれるような振る舞いをするようにもなって。
最初は自分の意思で婚活を始めたつもりなのに、いつの間にか結婚相談所の為に婚活を続けるようになっていました。
私、結婚というより、自分に同情してくれる人を求めていたのかもしれません。
依存してたんですね、私。」

なんだか、女性がすがすがしく見えてきた。
「結婚とは何なんでしょう。改めて考えてみる必要がありそうですね。」
「はい、こだわるのは良くありません。」
処方さんがそう答えると、女性は
「なんだか、バカバカしくなってきました」と笑ったが、
「何にこんなに囚われていたのか。」と言って、ハンカチで目を抑えた。
「バカでいいじゃないですか。バカが一番です」
処方さんは訳のわからないことを言ったように感じたが、自分のバカを受け入れられたら楽になるだろうなと思った。

女性が落ち着くのを待って、処方さんが口を開いた。
「自分が好きになった人が自分を好きになって、穏やかに一緒に過ごせればいいじゃないですか。それだけです。」
処方さん、それ、誰もが望むことだけど、難易度高いと思う。
自分が好きになった人が、自分を好きになるって。

「な~に、そんなに難しくありません。」
私の気持ちを見透かしたように処方さんが言った。
「くだらない見栄とか、つまらない理想がなくなったら簡単なことです。」
「なんとなくわかります。」女性は落ち着いた口調で言った。
「誰かの為ではなく、自分の本心を大切にしてください。
そのうち、早まって結婚しなくて良かったと思う時がくるでしょう。
いつでも、結果はいいに決まってるんですよ。」

女性の顔は来た時より優しい表情になっていた。
処方さんにけっこうきつい事を言われていた気がしたが、嬉しそうな顔をしている。
「ありがとうございました。」と言って、女性はカウンセリングルームを後にした。
扉は自動で開いて、自動で閉まった。

急にカウンセリングに立ち会うことになったが、人の気持ちが変わっていく状況を目の当たりにして、処方さんの魔法を見ているかのようだった。
ガラリと心境が変わる様を目撃して、私は興奮していた。

「処方さん、お疲れさまでした。」
「別に疲れていませんが。」
処方さんの魔法のようなカウンセリングを見て気が良くなっていたが、一気に冷めた。
そうだった、こんな人だった。

だけど、私の感動は伝えたかった。
「処方さんのカウンセリングはすごいですね!」
「言っておきますが、僕のはカウンセリングじゃないですよ。相手に寄り添わないカウンセリングなんてありますか?」
「・・・たしかに寄り添ってませんでした。」
「僕は、この【黒夜の世界】で隠れ蓑としてカウンセリングルームをやっているだけです。カウンセリングルームをやっていると【白昼の世界】の人を見つけていざなうのに都合が良い、ただそれだけです。」
「でも、さっきの女性はとても満足そうでしたよ。」
「そりゃそうでしょう。心のゴミ出しをしているんだから。それに、先ほどの女性は、ゴミを出したくてここに来ました。もう自分で気づいていたんですよ。」
「ゴミ出し?」
「そうですよ。ゴミを出さないと【白昼の世界】の人かどうかがわかりにくいので、ゴミを出しているんですよ。」
「つまりは、カウンセリングではなくゴミ出しをしているということですか?」
「そうです。相手の為でなく、私の役割の為に。
もちろん、相手も喜んでいますので、双方にとって都合がいいことです。」
私が処方さんのカウンセリング、いや、ゴミ出しに感動した気持ちがまた冷めていった。

「ところで、前払いなんですね。」
「そうですよ、【白昼の世界】の法則です。
前払いの方が相手にとって得になるのでそうしています。」
「そうなんですね。処方さんも相手の事を考えるんですね。
だけど5万円って高くないですか?」
「高いですか?あんなに心のゴミを触るわけですから、高くしないと自分が汚れてしまいます。
それに、【黒夜の世界】のカウンセリングは、一度で治そうとせず何回も通わせようとします。僕のゴミ出しは、一度でスッキリ爽快です。
最終的にどちらが安いと思いますか?」
「たしかに…」

処方さんと話していると、今までの思い込みがどんどん剝がれていく。
人は、どれだけの思い込みをして生きているのだろう。

「それに、私はクライアントを依存させません。」
「依存させない…あ、それはわかります。依存させてお金を払わせるビジネスが多いですもんね。」
「潔白さん、ご名答です。
【黒夜の世界】では、客を依存させることで稼ぎ続けるシステムが構築されています。恐怖や不安を煽って依存させ、人の心とお金をコントロールできる人が勝ちの世界です。」

そうだ!と思い出したように処方さんが言った。
「潔白さん、あなたはアシスタントとして合格したので、このカウンセリングルームで働いてください。」
「私が、ここでですか?」
「はい」
「え~、そんな突然。考えてもなかったです。」
「この話を聞いて、わくわくしますか?」
「はい、正直嬉しいです。考えるとわくわくします。でも…」
「では、やった方がいい。 
こういう時は、向こうから流れてきたものを掴んだ方がいいです。」

突然のことで私は困惑したが、処方さんの申し出は嬉しかった。
私は処方さんのカウンセリングルームで働くことになった。

(処方屋vol.2処方の役割 終わり)


【筆者より】

この物語は、天縄文理論・洞察帝王学の影響を受けた筆者により書かれています。
「後払い」より「前払い」は、天縄文理論の考え方です。
天縄文理論では、「前払い」をした方が払ったより多く入ってくるとされています。
参考文献:「大転換期の後 皇の時代」P222
著 :小山内洋子
出版:コスモ21









サポートいただけたら大変嬉しいです。 ご厚意を大切に、執筆や取材活動に使わせていただきます。