スペイン語こばなし(8): 過去未来と条件法

«Pasado-futuro» y «condicional» 



「スペイン語の文法は英語文法に似ている」というのは間違いではないだろうが、異なる要素も幾つかある。「名詞の性」など有名どころはさておき、英語に存在しないスペイン語文法用語の代表格が「過去未来」であろう。

実はこの名前、昔から定着していたわけではない。1953年初版の『基礎スペイン語文法』では「可能未来」という語が[1]、同72年の『中級イスパニア語文法』では「仮説未来」という語が[2]、それぞれ当てられている。

また、現地スペイン語圏ではこの形を "condicional" と呼ぶのが普通だ[3]が、この単語は「条件 (condición)」という語からの派生語である。事実、スペイン語とは姉妹語の関係にあるフランス語では、この単語 (conditionnel) を「条件法」と訳すのが一般的である[4]。

なぜ、このような訳語の揺れが見られるのか。そして、この時制[注a]はどんな意味を表すのか。今回は (少し長くなりそうだが) 、この condicional の成り立ちを概観しつつ、その多様な意味を整理してみようと思う。


早速だが、現代スペイン語のほとんどの時制の活用は、ラテン語の動詞活用に起源を持つ。例えば、

amābam, amābās, amābat, amābāmus, amābātis, amābant

という活用を見ると、"amaba, amabas, …" に似ていることが感じられるだろう。それもそのはず、私たちが今「線過去形」と呼んでいるものは、上に示したラテン語の「未完了」という時制を受け継ぐもの[注b]だからだ。

ところが、その例外となるのが「未来」の活用である。『中級イスパニア語文法』には、

未来形のもとの形は《inf. + haber の現在形》である (筆者注: inf. とは「不定詞 (あるいは 原形)」のこと)。
cantar + he → cantaré
cantar + has → cantarás
[…]
従って元来は行為[…]を実現する現在の義務を意味していた。
  cf. he de estudiar / estudiar he  [5]

という記述がある。かつて動詞 haber には、現代語の tener のような「持つ」という意味があった[注c]。従って、"(yo) estudiar he" という形は「勉強(する義務)を持つ」という意味を表し、のちに「(これから)勉強する」という未来の意味へと変化したのである。

未来の活用は、その他の時制の活用と異なり、-ar, -er, -ir という語尾が全く変化しない。これは、未来形が「(原形) + he, has, ha…」という形から作られていることの名残なのだ。


さて、ここまでの説明を手掛かりにすれば、condicional の成り立ちを考えることも難しくない。

英語などと同様、スペイン語には「時制の一致」の原則がある。例えば、

Juan me dijo: «No entiendo nada de lo que me dices».

«訳»
フアンは僕に言った。「僕には君の言うことが全く分からないな。」

という文は、

Juan me dijo que no entendía nada de lo que le decía (yo).
«訳»
フアンが言うには、彼は僕が何を言っていたのか全く分からなかったようだ。

と書き換えられる。この時、セリフの中の動詞は、文全体の主動詞 dijo の時制に合わせて過去形になる。

従って、先ほど見た "estudiar he"「私は(これから)勉強する」という形についても、

* Juan me dijo: «estudiar he»
→ * Juan me dijo que estudiar había.  [注d]

«訳»
フアンは僕に「これから勉強するよ」と言った。
→ フアンが僕に言うには、彼はそれから勉強するようだった

という言い換えが成り立つはずである。これらの文は当然、現代スペイン語に直せば、

Juan me dijo: «estudiaré».
→ Juan me dijo que estudiaría.

となる。

このように、「(原形) + había, habías, había」という形から condicional は作られているのだ。過去未来の語尾 (-ría, -rías, -ría, …) と線過去形の活用語尾 (-ía, -ías, -ía, …) が同じ形なのは、この名残である。


このような成り立ちを見ると、「過去未来」と名付けられる理由にも納得がいく。この用法は、上に見たようなセリフの文だけでなく、

En 1941, Vick se casó con Tom Fitzpatrick, quien moriría a finales de la Segunda Guerra Mundial.

«訳»
1941年、ヴィックはトム・フィッツパトリックと結婚したが、彼は第二次世界大戦末期に亡くなることとなる。 [6]

という文のように、「過去を基準とした未来」(1941年を基準とすれば、戦争末期はそれより未来のこと) を表すときに用いることができる。

さらに、未来形には「推量」の意味もあるので、

Desgraciadamente, desconocemos la mayoría de los datos biográficos de Jacob Peter Gowy. Supuestamente, nacería en Amberes donde se formó […].

«訳»
残念ながら、ジェイコブ・ピーター・ゴウィの伝記的事実の多くは明らかになっていない。おそらく彼はアントウェルペンに生まれたようで、そこで教育を受けている。 [7]

という文のように、「過去に対する推量」を表す (英語では、may(might) have + p.p. に相当する) こともある。


以上のような「過去を基準とした未来 (推量)」の意味に加え、condicional には「反実仮想の帰結」を表す用法がある。先月の スペイン語こばなし(2) でも取り上げたような、

1) Si me fuera posible, te compraría esta casa.
2) Si me hubiera sido posible, te habría comprado esta casa.

«訳»
1) もし(私にとって)可能ならば、君にこの家を買ってあげるのに
2) もし(私にとって)可能だったならば、君にその家を買ってあげたのに

という用法のことだ。

先に述べた通り、condicional という時制はラテン語には存在しなかった。では、そのラテン語では「反実仮想の帰結」をどのように表していたのだろうか。この点について、『初級ラテン語入門』では、

仮定・結論が過去に関する空想である場合は、接続法の過去完了を用い、現在の事実に反するときには未完了 (筆者注: 現代語の「過去」に相当) を用いる。 [8: 漢字変換・句読点の位置を修正]

と説明されている。

つまり、上の 1) のような場合 (現代語では compraría) には接続法過去 (comprara に相当) を用い、2) のような場合 (現代語では habría comprado) には接続法過去完了 (hubiera comprado に相当) を用いていたのだ。

言い換えると、ラテン語においては、反実仮想を表す Si 節とそれに対応する帰結節とが同じ時制をとるのが普通だったのである。スペイン語こばなし(2) では、

"Me hubiera gustado jugar con la Quinta del Buitre"

«訳»
「僕はキンタ・デル・ブイトレとプレーしてみたかった」 [9]

のような、「文法的には habría にすべき箇所が hubiera になっている文」について説明したが、これはラテン語的時制の名残だと見ることができる[注e]。


一方で、仮想・帰結という2つの異なる内容を同じ時制で表すというのは、文法的にはやや不都合でもある。そのためだろうか、中世に condicional という時制が「発明」されたのをきっかけに、「反実仮想の帰結」はこの時制で表すのが主流になった。

なぜこの時制で、という解説を見つけることはできなかったが、簡単な推測は可能だ。まず、スペイン語に限らず多くのヨーロッパ言語では、

Si llueve, no saldré.

«訳»
  雨が降ったら、行かないよ

というように、(反実仮想でない) 仮定文の帰結を未来形で表すという原則がある[注f]。日常的な仮定の多くは「これからのこと」なので、これは当然のことだ。

また、西・英の反実仮想文 (Si節・If節) には、通常よりも「古い (過去の)」時制を使うというルールが共通している。例えば、

If I were a bird, I would fly over the sea.
Si fuera un pájaro, volaría sobre el mar.
«訳»
もし私が鳥ならば、海の上を飛び回るのに。

のような文では、「現在」についての仮想であるにもかかわらず、時制は過去形が選択されている。英語参考書などでは、

過去形は、本来、現在から離れていることを表すが、仮定法過去においては、現実から離れていることを表すと考えると理解しやすい。〈距離感〉を表す点においては、背後に共通の発想がある。 [10]

という記述も見られる。

従って、「仮定の帰結」なので未来時制が要求され、かつ、「現実離れした仮想」であるから過去時制が要求された結果、上で見たように「過去 + 未来」の性質を持つ condicional が最適解だったのだろうと考えられる。

このように、condicional はその「発明」以降、特定の仮想 (=条件) の下での帰結を表す時制としても用いられるようになった。現在、フランス語などで condicional を「条件法」と呼ぶのはこのためである。


以上、今回は condicional という時制の成り立ちに着目し、「過去を基準とした未来」「反実仮想の帰結」という2種類の用法を整理した。これら2つは「過去 + 未来」という性質の点では共通したものだと言えるだろう。

冒頭でも見たように、この時制の呼び方にはかなりの揺れがあった。確かに「反実仮想の帰結」を「過去未来」と言われてもしっくり来ないし、かと言って「過去を基準とした未来」を「条件法」と呼ぶのも納得いかない。

ここはひとつ、"condicional" に何か新しい訳語を当てた上で、2つの用法をそれぞれ「過去未来的」「条件法的」と整理しても良いのではないかと思うのだが、「過去未来」という用語が定着した現代においては、時すでに遅しといったところかもしれない。



参考文献
※ウェブ文献の閲覧は全て2020年7月7日。引用部中の強調・改行は一部改変。付した訳は拙訳。

[1] 宮城, 昇. 1953[1993]. 基礎スペイン語文法. 白水社, p.184.
[2] 興津, 憲作. 1972[1984]. 中級イスパニア語文法. 創元社, p.26.
[3] Real Academia Española. 2010. Nueva gramática de la lengua española: Manual. Espasa, p.449.
[4] 目黒, 士門. 2000[2003]. 現代フランス広文典. 白水社, p.266.
[5] 興津. op. cit., p.25.
[6] Costas, Javier. 2020, 20 June. “Vicki Wood, la mujer que ganaba a los hombres en falda y zapatos de tacón.” Motor.es〔リンク〕.
[7] “Jacob Peter Gowy.” n.d. Artehistoria〔リンク〕.
[8] 有田, 潤. 1964[1974]. 初級ラテン語入門. 白水社, p.183.
[9] “Casillas: ‘Me hubiera gustado jugar con la Quinta del Buitre’.” 2020, 3 June. Marca.com〔リンク〕.
[10] 霜崎, 實 (Ed.). 2016. クラウン総合英語 (3 ed.). 三省堂, p.274.


[a] 日本においては、過去未来を直接法の時制とする区分が定着しているようだが、「条件法 (condicional)」という語は、直接法と異なる法の枠組みを想定する用語である。以下、便宜上「時制」という語を当てるが、これは「条件法」の存在を否定するものではない。
[b]「線過去形」は普通 “pretérito imperfecto” と呼ばれる (RAE, op. cit., p.443) が、この語を直訳すれば「未完了過去」となる。
[c] フランス語の “avoir” などはその意味を保持している。
[d] 無論、この文は架空のものであり、現代語文法的には誤りである。例文の前に付した * は、この文が非文であることを示す。
[e] フランス語では、このような用法を「条件法過去第2形」と呼ぶ (目黒, op. cit., p.270) 。オンライン・フランス語講座サイト「北鎌フランス語講座」では、この形を「古語法の名残り」と指摘している〔リンク〕。


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