スペイン語こばなし(2): "habría" か "hubiera" か

«Habría» o «hubiera»



サッカーに興味のない方には申し訳ないが、内容はスポーツに関係ないのでご安心を。今月3日の MARCA から。

Casillas: "Me hubiera gustado jugar con la Quinta del Buitre"

«訳»
 カシージャス「僕はキンタ・デル・ブイトレとプレーしてみたかった」 [1]

"la Quinta del Buitre" とは、直訳すると「ハゲワシ部隊」のことで、80年代にレアル・マドリーで世界を席巻した5人の選手をまとめて指す言葉である[2] ( Quinta は英語の fifth に相当する語でもあるので「5人」という数字にもかかっている)。

一方のカシージャスは、1981年に生まれ、 99年に同じレアル・マドリーでデビューした、スペインを代表するゴールキーパー。つまり彼は、幼少期に見ていた憧れの選手たちと一度はプレーしてみたかった、と述べていたのである。


ところで、このような「現実と異なる仮定」は「反実仮想」とも呼ばれるが、初級文法ではふつう、このタイプの文を「仮定文」の一環として習う。つまり、

1) Si me fuera posible, te compraría esta casa.
2) Si me hubiera sido posible, te habría comprado esa casa.

«訳»
1) もし(私にとって)可能ならば、君にこの家を買ってあげるのに。
2) もし(私にとって)可能だったならば、君にその家を買ってあげたのに。

という文のことである。ここで、Si 節 (条件節:「〜ならば」の部分) はその内容が明らかな場合には省略できるので、願望内容 (帰結節:「〜するのに」の部分) だけが文として出てくることもある。

例えば、

3) Me habría gustado ser futbolista.

«訳»
3) サッカー選手になりたかったなぁ。

のような文では、上の例 2) のように、"Si me hubiera sido posible…" という仮定が本来はあったと考えられる。そして、この仮定は言わずとも明らかなので省略され、「過去の反実願望」のみが述べられているのである。


ここで、最初のカシージャスの文に戻ってみる。彼の発言もやはり「過去の反実願望」なので、文法的には 2) の文形、あるいは条件節が省略された 3) の文形と同じ形になるのが適切だと思われる。

ところが、3) では動詞が直説法過去未来完了 (habría cantado, habrías cantado, …) なのに対し、記事の例では接続法過去完了 (hubiera cantado, hubieras cantado, …)になっている。これはどうしてだろうか。


文法書をよく読んでみると、実は 1) や 2) の形の文においては、条件節 (Si 節) だけでなく、帰結節 (願望内容) においても接続法過去完了を用いることができる、という記述がある。例えば、白水社の『基礎スペイン語文法』では、

Lo haría (o hiciera), si yo fuese (o fuera) tú.
もし私が君だったら、それをするだろうに。

[註] 帰結文において、接続法 -ra 形は主に書き言葉に用いられ、可能未来 (筆者注: 「過去未来」のこと) は書き言葉・話し言葉ともに用いられる。 [3]

と説明がある。

さらに、Real Academia の出版している文法書を読むと、

24.1.2g Como subjuntivo no inducido, HUBIERA o HUBIESE CANTADO admite libremente la alternancia con HABRÍA CANTADO, como en Me {habría ~ hubiera} gustado trabajar con él.

«訳»
24.1.2g 条件節 (Si 節) の付かない接続法においては、hubiera cantado や hubiese cantado は、無条件に habría cantado と交換することができる。例として、「私は彼と働いてみたかった (この場合、habría gustado も hubiera gustado も同じ意味となる)」という文があげられる。 [4]

との記述があり、特に条件節が省略された文においては、接続法過去完了 (hubiera cantado) が過去未来完了 (habría cantado) と全く同じように使えると説明されている。


従って、冒頭で見たカシージャスの “Me hubiera gustado jugar…” は、上の 2) や 3) の例で見た初級文法どおりの形 “Me habría gustado jugar…” と全く同じことを意味しているのである。

(なぜこのような入れ替えが可能なのか、という点も興味深い。ここでさらに述べると記事が長くなりすぎるので、またの機会に別の記事〔リンク: 7/14更新〕にまとめてみようと思う。)


無論、ここで1人のノン・ネイティブが「全く同じこと」と言ってみても、そんなのは嘘だと思う方がいるかもしれない。そこで、論より証拠。マドリードにある別の新聞社 Libertad Digital は「全く同じ」カシージャスの発言を、次のようなタイトルで報じている。

Casillas: "Me habría gustado jugar con la Quinta del Buitre"  [5] [注a]

果たして、カシージャスの「本当の」発言はどちらだったのだろうか。



参考文献
※ウェブ文献の閲覧は全て2020年6月10日。引用部中の強調・改行は一部改変。付した訳は拙訳。

[1] “Casillas: ‘Me hubiera gustado jugar con la Quinta del Buitre’.” 2020, 3 June. Marca.com〔リンク〕.
[2] “1981-1990: Amo y señor de la Liga.” n.d. RealMadrid.com〔リンク〕.
[3] 宮城, 昇. 1993.『基礎スペイン語文法』. 白水社, p.215.
[4] Real Academia Española. 2010. Nueva gramática de la lengua española: Manual. Espasa, p.459.
[5] “Casillas: ‘Me habría gustado jugar con la Quinta del Buitre’.” 2020, 3 June. Libertad Digital〔リンク〕.


[a] この記事のリンク (「参考文献」の [5] ) は、"-me-hubiera-gustado-" となっている。記事を読んでから URL を作っているとすれば、"habría gustado" と "hubiera gustado" の2形が全く意識されずに入れ替えられている証拠だ、と考えることもできる。


#スペイン語 #スペイン語こばなし #スペイン語文法

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