見出し画像

プリンテイスティズムの倫理と論理と技法――プリンは別腹!



 「もうお腹いっぱい」と膨れた腹をさすっているのに、好物のプリンが目の前に現れると、「プリンは別腹」などと、自嘲とも開き直りともつかぬ独り言を聞こえよがしに言いながら、おもむろに食卓に向き直る図は、「プリンテイスティズム」のステロタイプな表現として、すでにわが国に広く定着しているところである(もちろん、「プリン」の部分は人によって「チョコムースケーキ」であったり、「とんこつラーメン」であったりしてもよい)。

 ところで、なぜ、満腹になった後に更に好物を食べたいときには、「○○は別腹」という宣言を高らかに行わなければならないのであろうか。

 その背景には、我々の深層心理に根ざす倫理と論理が横たわっているものと考えられる。そこで今回は、解剖学的解明が待たれる「別腹」の謎について、倫理と論理と技法の各観点から考察することとする。

1.プリンテイスティズムの倫理

 満腹になった後に好物のプリンを食べる場合、なぜ「プリンは別腹!」と宣言をしなければならないのだろうか?

 そのひとつの理由として、プリンテイスティズムの倫理が考えられる。これは、いったん「もう、お腹いっぱい」と口に出したことに対する責任感であり、その場にいる他人に聞かれていた場合には更に、「腹いっぱいちゅうとんのに、好物なら腹に入るんかい?」という突っ込みを受けはしないかという不安と羞恥心が加わることになる。

 また、ある場合には、子供時代に母親から「まったく、この子はプリンばっかり食べるから、お腹いっぱいになって、ご飯を食べられなくなるんだから・・・」などという叱責を受けた記憶がトラウマとなり、プリンで満腹になることに対し、無意識のうちに罪の意識を持っているという可能性が考えられる。このような不安、羞恥、罪の意識を簡便にリセットしてくれる呪文が、「プリンは別腹!」の高らかな宣言なのである。

 いうまでもなく、「プリンは別腹!」宣言によって主張されていることは、「自分は本来の食事によって既に満腹感を得ており、基本的に腹の中にはこれ以上の食べ物を詰めこむ余地がない。しかし、プリンは別である!本来の食事を詰めこむ「腹」はもういっぱいであるが、プリンを入れるための別の腹(=別腹)には、まだまだ、プリンに限って詰めこむ余地があるのだ!」ということである。

 はっきり言ってこれは、自己欺瞞のための免罪符に、自ら裏書きする所業と言えよう。

2.プリンテイスティズムの論理

 如何なる自己欺瞞であっても、それを成功させるためには、少なくとも自ら納得できる論理が必要となる。「プリンは別腹!」という言説が真実であるためには、その宣言者は反芻動物のように、複数の胃袋を持っている必要がある。少なくともこれは従来の医学的常識とは反するが、本当に「別腹」が発生することは、学術的に確認されている。

 プリン好きの者は、どんなに満腹であっても、プリンを見て「プリンは別腹!」と心の中で唱えることにより、物理的に別腹が出現するというのである。この呪文を唱える者はその瞬間、精神的にはもとより肉体的にも、「別腹」の存在が厳然たる真実となるのである。

 「プリンは別腹!」宣言と同種の言説であって、未だその真実性が確認されていないものとしては、 「私って、全然食べてないのに太っちゃうんだよねえ」であるとか、 「ダイエットしてると夜中にイライラしてくるから、つい甘いものに手が伸びちゃうんだよ・・・」 等が知られており、食べ物に関する自己管理の甘さを直視しないための論理として、しばしば用いられている。しかしながら前者は、質量保存の法則に反しており、後者に対しては「何やってんだよ」くらいしか、コメントを思いつかない。

3.プリンテイスティズムの技法

 物理的根拠の有無にかかわらず、何らかの免罪符を得ることにより、心安らかにプリンを食べることができるのであれば、少なくともその本人にとっては意味のあることだろう。あとは、如何にして免罪符を手に入れるかという、技術論だけが残る。

 そこで最後に、「プリンは別腹!」の技術的側面を簡単にまとめることとする。今後、同様の別腹宣言を行う予定がある読者は、以下のマニュアルに従って、繰返し練習していただきたい。宣言の技法に熟練するほど、簡単に別腹が出現するようになるとともに、罪の意識が簡単に取り除かれ、魂の救済とその場に居合わせる他人への言い訳として役立つこと請け合いである。

1)他人と食事をしている場合
・その場の全員に聞こえる、
・しかし大きすぎない音量で、
・誰とも目を合わせず、
・決然と、
・やや、含羞を込めて、
「プリンは別腹!」

2)一人で食事をしている場合
・自己暗示力の強い方は、心の中で、
・場合によっては、小さな声で、
・それでも足りなければ、腹が減るほど力を振り絞って、
・はいご一緒に、

「プリンは別腹!!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?