「グループ」と「チーム」の価値が逆転
最近考えている「グループ」と「チーム」に関する考察をダラダラまとめました。
最近「チーム」から「グループ」へと世の中の空気感が変わってきたなと感じます。
チームって、「目的と目標」をもった集団で、そのために人を集め、活動します。
より目的と目標を達成しやすいように、チーム内でルールや優先順位、地位や立場が生まれていきます。
高校の部活などがそうで、レギュラーやキャプテンもいれば、ベンチ入りすらできないメンバーもいます。
かたやグループはまず「集団」ありきで、そのグループで「何をしようか」と考えます。目的や目標は不要で、集団そのものをより楽しく、居心地の良いものにするよう変化していきます。
家族や友達の仲良しグループがまさにそうですね。
グループ内での貢献度が低いからといって、次男は家族旅行にいけないなんてことはないし(あったら虐待)、お母さんやお父さんばっかり大変だから、おかず一品二品多いってこともないんです。
これはチームであればあってもおかしくない「区別」なんですが(レギュラーしか遠征いけないとか)、グループではないんです。ここが違いでした。
チームは「目的と目標」のもとに、合理的に、成長や達成を目指します。
グループは「関係性の維持・深化」のために、非合理的で特に生産性もなかったりします。
むかしからみんなチームとグループ両方に属していて、そしてなんとなく「チーム」の方がプロフェッショナル、「グループ」はアマチュアという扱い・価値観が多かったように思います。
それがここ数年、グループのまま、憧れられる人たちが増えてきました。
フィクションの存在ではなく、実在する人たちとしてグループYouTuberなどが出てきたからだと思います。
人気が継続しているグループYouTuberってみんな仲良いんですよね。
グループ内の人間関係も、上下関係を感じない。
その上人気があり、広告収入やPR、グッズの販売でお金も稼いでいる。
かつてはアマチュアでしかなかった「グループ」がプロとして活動できるような時代になっているんです。
そうなるとチームの負の面、つまりチーム内の格差や目標達成のための合理性・冷酷さがない、「グループ」の方がいいじゃないかということになる。
グループも管理しやすい目標としてチャンネル登録者数などを掲げることはありますが、運動会の玉入れみたいなもので「みんなで」目指すんですよね。
お前は再生回数が少ないから、動画に出さないとか、再生回数に応じで報酬に差をつけるようなことはしないわけです。
「表ではやってない風なのに、裏でやってる」と、なんとなく分かるんですよね。
グループって空気感すごく繊細なので。
また、チームと違いグループは「目標ではなく、関係性」が成果物のようなものなので、数字で「こっちの方が優秀なグループ」と一概に判断できないんですよ。
3人グループより30人グループが10倍すごいということはないし、
ファンが3万人と30万人のグループとで、後者のほうが10倍すごいということもない。
この意味でもグループの方が、今の勝ち組だの負け組だのと比較したくない、居場所やアイデンティティを求める時代に適っているんです。
ただ、ここで難しくなるのは、グループって「たまたま」出会ってグループになるしかないんですよね。目的がないんで。
気が合う人とたまたま友達になるところから始めないといけない。
チームみたいに目的と目標、ミッションなどを掲げて「集める」ことが難しい。
さらにうまく「グループ」ができたとしても、気を付けないと「チーム化」させて自壊してしまうんですよ。
僕は10年ほど前にたまたまグループができたんですが、あれはそのままグループとして実験していくべきだったのに、僕もメンバーも「チーム」になろうとしてしまったんですよね。
昔からの友だち(グループ)と、仕事を一緒にすると失敗することがあるのは、グループ関係にチームの理論を入れてしまうからです。
グループは楽しければ正解だったし、居心地悪くなる場合は成長や進化も拒否して良いんです。
その上でグループとして「何か」価値あるものを提供できれば、今の時代が求める、何かになるのだろうと思います。
そういう時にプロデューサー目線って使えるんじゃないかと思ってるんですよね。
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