牛鬼さんと鍋焼きうどん
7月 愛媛・宇和島に念願の牛鬼祭りを見に行った。
宇和島駅に降り立つとすぐ向こうの方から賑やかなかけ声や笛の音が聞こえてきた。牛鬼パレードがもう始まっているのだ。
音のする方へ向かうと大きな商店街のアーケードの下にでっかい牛鬼さんが行列していた。その数20頭(頭でいい?)くらい。壮観だ。シュロの葉で覆われた茶色の牛鬼さん、赤・白・紫などカラフルな布をまとった牛鬼さん、それぞれさも恐ろしげな表情が却って可愛い。
牛鬼さんたちは順番に街をぐるぐる練り歩いて最終的に須賀川沿いの和霊神社の前を通って終点へ向かう。それを私も途中で休憩しながら追いかけた。
和霊神社の前には太鼓橋がある。勢いよくその橋を渡って鳥居のまん前まで進む牛鬼もいれば橋を渡らずにショートカットで終点へ向かう牛鬼もいる。その違いは何なのか、近くにいた祭りスタッフさんに尋ねてみたら「あれは牛鬼さんに(=担ぎ手に)余力があるかどうかですね」と言われた。確かにパレードが始まって数時間、この日もめちゃ暑く、橋のところに着くころには担ぎ手たちは見るからに消耗していた。勾配の急な太鼓橋を登り降りするのははかなりキツそうだ。でも神事なのにそんなのありなのか・・と思っていたら、やっぱりガセだった。後に知り合った地元カップルによると、牛鬼は宇和島の各地から集結していてその中でも和霊神社直属の(お札をつけた)牛鬼しか橋を渡れないルールなのだそうだ。なるほどそれなら腑に落ちた。
日が暮れてからは祭りのクライマックス神事「走り込み」があった。件のカップルによれば昼間の牛鬼パレードは余興のようなもので、ここからがガチなのだそうだ。大勢の見物人が見守る中、松明に照らされた川を海上渡御を終えた3基の神輿が俎上してきた。担ぎ手たちは胸の上まで水に浸かりながらも神輿を濡らすまいと必死、半ば立ち泳ぎのように進んでくる。川の真ん中には10m以上ありそうな竹が1本立てられていて、それを担ぎ手の中の1人がスルスルと登っていく。無事先端の御幣を取ると拍手と大歓声、さらに花火がババン!と上がって終了・・と思いきやそうではないらしい。例のカップルに「ほとんどの人があれで終わりと思って帰るけど本当のフィナーレも見て行ってください」と境内まで連れて行ってくれた。
担ぎ手の1人が竹に登り始めた。そして、てっぺんの御幣を取ると夜空に「ウォー!とったどー!」と突き上げた。それが本当の終了、祭りの一番だいじな所なのだった。
レクチャーしてくれたカップルにお礼を言って川辺に降りれば、ついさっきまでの人出が嘘のような静寂。松明も消えた薄暗い中で関係者がもくもくと後片付けをしているのが、いかにも祭りの後という感じでとてもよかった。
翌朝、駅前の喫茶店でモーニングを食べて、トーストの写真をのんびり撮ってお支払いという段になって気づいた。「やばい・・」
モーニング代を払うと1200円しか残っていなかった。やばい、これから松山に戻ってどうしても鍋焼きうどんを食べなければならないのだ(という個人的ミッション)。
恥ずかしながら昔から旅先でこうなることがたまにあり、地方でも引き出しやすい郵便貯金のキャッシュカードを持参するようにしていたのだが今回はそれもうっかり忘れていた。
宇和島から松山のJR切符はもう買ってあったが、おそらく目当てのうどん屋さんはカードやスマホ決済などできなさそうだ。まあ1200円あれば大丈夫だろう、お土産のじゃこ天はスマホで買えばいいし・・と、とりあえず松山に戻る。
昼前に松山駅に着くとその日ももうかんかん照り、うどん屋のある商店街まで少し距離があるので迷わずタクシーに乗る。
しばらく走ってから、車窓の景色を楽しんでいるとそのあたりが妙にスッキリしているのに気づいた。あれ?窓にVISAやらPAYPAYやらのステッカーが全くない。一気に嫌な汗が出てきた。
「あの・・・もしかしてお支払いは現金だけですか?」
初老の運転手さんはこともなげに答えた「そうですよ」
「え!・・お金ないんです、降ります!」慌てて言うと
「えー、ここで降りてもここまでの料金は払ってもらわないと・・」
えー、それ払っちゃうと、もうわたし鍋焼きうどんが食べれなくなるじゃないか!
と心の中の声
その時、自分の耳に心の外の声が聞こえた。
「すみません、ないんです、わたし全然現金ないんです」
運転手さんは呆れたように「キャッシュカードとか持ってないの?」
「すみません、ないんです、持って来てないんです。帰ったら必ずお金振り込みますんで、お名刺ください、振込先教えてください」
すると運転手さんは「仕方ないなあ、振り込みとか面倒だからもういいよ、もうそこだし行ってあげるわ。また松山に観光にきてくれれば。」
神?神ですか?
いや昨夜の和霊神社のご利益か(絶対違う)
そうしてわたしは無事鍋焼きうどんにありつけた。
還暦も過ぎて鍋焼きうどんのためにぬけぬけと嘘がつける自分、おそろしい子!
松山、恩返しにきっと再訪します!
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