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ワキメモフラズ

 少し前のこと、初めて会った若い男性にエスコートされて梅田の街を歩くという稀有な体験をした。
 滋賀でのイベントで出会った帰り、大阪までのJRが一緒で「自分は大阪駅から阪急に乗り換えて帰るのだが人が多いので一緒に歩いてもらえると有難い」とのことで阪急の乗り場までご一緒した。彼は全盲で白杖を使っている。たいへんな三味線オタクで滋賀から大阪までの車中、ずーーっと三味線について熱く語っていた。数年前から始めたというそのきっかけは楽器屋さんに「三味線は見えない人の方が見える人より有利です」といわれたことらしい。それはつまり普段他のことにおいて圧倒的に不利を被っているということでもあるだろう。しかし今回は障害についての話ではない。

 わたしはたいへんな方向音痴である。長年大阪に住んでいながら未だに梅田がわからない。例えばルクアからE-maへの移動などスムーズに行けたことがない。こんな自分にあの大阪駅から阪急まで(一般的には多分簡単な道のりだけど)雑踏の中をうまく案内できるだろうか?一抹の不安を抱えながら三味線トークを聞いているうちにもう着いてしまった。

 プラットホームに降りた瞬間、早速右か左かモタつく私。すると私の右腕を持った彼が「大丈夫です、車両の位置から方角はわかってるんで。こっちです」と軽く押すように御堂筋口の方に連れて行ってくれる。(え?私が案内されてる?)出口を出てからも彼は慣れた足取りで歩道橋を登りさっさと進む。歩調は早い。(・・わたし要りますか?)腕を持たれたわたしはただ自分たちが周囲の人とぶつからないように気をつけるだけでよかった。途中で確かに最初から彼は案内してくれとは言ってなかったなと思い出す。そして気がつけば、もう阪急改札口。(え、阪急て大阪駅からこんな近かったの?)大阪在住半世紀以上、かつてこんなにスムーズに梅田内移動をしたことがあっただろうか。(ない)
 わたしがデパ地下に寄って帰ると言うと彼は「じゃああっちにまっすぐ行って・・」と笑いながら教えてくれ手を振った。ウ~ム、さわやかじゃ。

 今までわたしは半ば負け惜しみで、道に迷う途中にこそ意外な発見があるもので方向音痴も悪くないよ、などと言っていたけれど、やっぱり目的地には早く着きたい今日この頃である。すぐにgoogleに頼ってしまうのでますます方向感覚や勘までも鈍っている。特に街中では新しいお店の看板や美味しそうなディスプレイなど目に入る情報が多すぎて惑わされてしまう。また知らない街でも魅力的な路地につい入ってはそのままそこが迷宮になることもしばしば。方向感覚の弱さに加え、「見えること」、つまり視覚そのものにも迷わされているのかもしれない。

 わたしは以前からずっと「見えない人」の感性に興味があった。視覚に関するいろいろな本や映画を見たり、見えない人と対話しながら美術館賞するワークショップに参加したり・・しかし実際にエスコートした(いや、された)のは初めての経験だった。
 実はその日滋賀で彼と出会ったイベントも「無視覚で町歩きをしてみる」というものだった。我々晴眼者は交代でアイマスクをつけて誘導しあいながらのツアーである。プリウスが音もなく近づくことにビクついたり、ちょっとした段差に大騒ぎしながら進む我々の先頭は当然いつも彼だった。余裕で道端のオブジェや石畳や木々のざわめきを楽しんでいた。わたしもヨロヨロとではあるが視覚以外の感覚を駆使して町を歩くことは新鮮で面白かった。

 この日の体験から、これからは聴覚や触覚など視覚以外のさまざまな感覚をもっと意識して鍛えねば、と思った。実際これから年を重ねるにつれそれらを総動員し補い合う必要性は増えていくだろう。少しはこのひどい方向音痴が治ると嬉しい。でも今まで目では見過ごしてきたおもしろいものを見つける(感じる)ことができたらもっと嬉しい。

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