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「鬼と天狗」登場人物更新

いよいよストーリーが佳境(天狗党討伐)に差し掛かっており、「鬼と天狗」のマガジンのトップに置いてある、「目次・登場人物」について、水戸藩関係者の名前を中心に解説を増やしました。

ですが、第三章も実は既に後半に差し掛かっていて、今年の秋には「鬼と天狗」の書籍化にこぎつけられればなあ……と思っています。

正直、これほど書くのに難航するとは思わなかった(^_^;)
多分天狗党を扱った作品のうち、尊皇攘夷運動の活発化~西征以前を扱った作品としても、わりと珍しいパターンだと思います。このフェーズを扱おうと思うと、水戸藩内部の思想の対立や上方における活動、バックボーンなどをある程度掘り下げないと駄目ですしね。

ちなみに、カクヨムでの文字数が現在これくらいなので、トータルで40万字ちょいになるんじゃないかなあ……と見ています。
(カクヨムとnoteは、ほぼ同時ペースでの公開です)

個人的に嬉しかったのが、この作品、実は二本松藩関係者だけでなく、水戸藩出身者からも興味を持っていただいていることでしょうか。
戊辰戦争もですが、この「水戸藩内訌」も、取り上げるにはかなり勇気が試される題材だと個人的には感じます。
→昭和中頃まで、旧天狗党派と旧諸生党派のご子孫の間での反目が見られたそうです。

書いている当人としては、「良くも悪くも、烈公(徳川斉昭)の影響が強すぎた」。
そんな印象があります。
多分、斉昭が水戸徳川家に誕生しなかったら、幕末の歴史は大きく変わっていたのでしょうね。
もっとも、彼の登場がなければ今のIHI(石川播磨島工業)も生まれていませんが(^_^;)

※石川播磨工業は、石川島に水戸藩主導で造船所などを建設したことから、誕生しました。

そして今月末には、「睦会会員」として二本松藩士らの墓前で手を合わせてきます。
一見「ただ奸賊を討伐に行った」かの感がある、二本松藩の「天狗党討伐」
。ですが、これが幕末二本松藩の泰平の眠りを覚ますきっかけになったと私は思っていますし、このときから、鳴海を含む藩の首脳部は、さまざまな危機感を感じていたのかもしれません。

#鬼と天狗
#二本松藩
#歴史小説がすき
#エッセイ

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