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デジャヴ
noteに結構手厳しいことを書いているけれど、私自身は必ずしも執行部や会社をけなしたいわけではない。
ただ、「誰も傷つけたくない」想いが、残念ながら逆手に取られてしまうこともある、とは思う。
その認識が、執行部はあまりにも甘すぎるのでは?と危惧しているのだ。
***
派遣で通っていた某工場。(私自身は事務)
工場長は、今でも尊敬する人の上司として、真っ先に名前が出てくるくらいの本物の人格者だった。
ただし、職場環境は男性がほとんどで、女性同士はかなり狭いコミュニティーだったと言っていい。
そんな中、私の指導者に当たっていたある女性。
掃除に来ているシルバー人材のおばちゃんに対して、かなり辛く当たっていた。
まあ、一言で言えば立派なパワハラである。
後から来た私自身にも、その火の粉は降り掛かった。
工場長の名誉のために予め述べておくと、会社としてコンプライアンス研修を積極的に行うなど、決して企業努力を怠っていたわけではない。それを避けようとした彼女をやんわりと諭して、研修資料だけでも閲覧させていたのだから、企業としてできる最大限の努力はしていたと思う。
だが、それで彼女自身が認識を改めたか。
答えは、「No」だ。
多分、周りもいろいろ思うところはあったと思うけれど、企業や経営者がどれほど努力しても、本人が受け入れる気にならなければ、結局は改善されないのだ。
それを、「私の責任」で済ますのは、長期的に見て正しいのだろうか。
***
今回の代表の発表、どこかで見た事がある。デジャヴだな…とつらつら考えていたら、これだった。
そうか、もう20年前になるのか。
概要をかいつまんで話すと、老舗の証券会社である「山一證券」が不正経理を働き、粉飾したことで巨額の損失を計上して廃業に追い込まれたのだけれど、それに対して野沢社長が「社員は悪くありません」と号泣して、賛否両論を巻き起こした。その後についてのルポルタージュです。
当時、社長の会見が「お涙頂戴」としてかなり批判されたことを覚えている人は、どれくらいいるんだろう。
cakesの編集部の年代は知らないけれど(あ、でも責任者は私よりも少し上なだけだ)、必ずしも「全て私の不徳といたすところであります」が正しいとは限らないと、この事件は教えてくれた。
***
あの事件も、感情論として社長の心情は理解できた。
ただし、それによって多くの人の財産が返ってきたわけではない。
そういうことだ。
「弊社の社員についてのご批判はご容赦いただければ幸いです。」
の一言がなければ、まだ納得ができたと思うけれど。
イヤな言い方だとは思うけれど、「お涙頂戴風」にすれば、矛先を引っ込めざるを得ない。
もっと嫌な言い方をすれば、「ずるくない?」と思ってしまう。
「争いのないこと」を前提にして、結局は自分たちの都合のいいように運営したいだけ?と、ちょっとうがった見方をしてしまうのだ。
新体制になったことは既にアナウンスされているし、別に批判に回っている全員が「社員全員」を批判したいわけではないと思う。
もしかしたら、件の編集長は既に同社を去っているのかもしれないし、第一線を外されたのかもしれない。
※追記:別の方の記事で、当該編集長のD氏が同社を去られたことを確認しました。
だからこそ、今までのように一方的なアナウンスにとどまるのではなく、風通しの良さをトップ自ら体現してほしかったな…。
別に、全員が件の社員のような人だとは思っていない。ちゃんと、「その後の編集部」の人々が頑張っているのだって、他の人の記事で読んでいる。
だからこそ尚更、当の本人に説明責任を果たしてほしかった。
note、持っているらしいし。退社したからといって、説明責任からは逃げないでほしかった。
それと、山一證券の事件でも分かるように、必ずしもトップの「『社員は悪くない』が世間的に認められるわけではない」ということを、思い出したほうがいい。
トップの弁明が、却って後々他の社員を苦しめることもあるから。
とにかく、今noteにできるのは、せっかく外部からの風を入れると決めたのだから、とことん風通しを良くして少しでも良いコンテンツを作り上げること。
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