絶望反駁少女 希望のビジュタリア I-5
I-5 黄の国、ルクソス
機内ではちょっとした騒ぎがあったものの、以降のフライトはつつがなく進み、ついに今回の外遊の目的地へたどり着いた。お嬢様の真横に張り付く形で、オレも専用機から降りる。
「ここが……『ルクソス』」
「そうです。世界最大の人口と世界有数の国土面積・世界最古クラスの歴史を有する超大国にして、ビジュタリアと海を隔てて隣り合わせる友邦国家──通称『黄(ホアン)の国』。その経済と外交の重要拠点『ポーステン』」
ビジュタリアからは一歩も出たことのないオレにとっては初めての外国、ということになる。
ほかの国は見たことがないが……
やや離れた距離に望む空港の建物は真新しさと豪壮さを兼ね備えている。
この国の発展の早さと規模の大きさを示しているように見受けられる。
もっとも、対外的に映りやすいところだけ取り繕うというパターンも往々にしてあるだろうし、すべてを判断し尽くすのも危ういだろうが……
外国を飛び回っているらしいお嬢様にとっては慣れたものなのだろう、今更物怖じなどはしていない様子ではあるが……
「……そしてここがわたくしにとって最初にして最大の関門となる」
小さくつぶやいた科白が、これから訪れる試練が以前よりも緊迫したものであることはオレにもうかがえる。
用意された赤いカーペットの上を少し歩いた先に、護衛と思われる数人の女性たちを後方に引き連れた要人らしき少女が待ち構えていた。
らしい、と思ったのは、我らが一色カスミお嬢様も年若いが、対峙する少女はさらに干支にして半周りくらいは幼い印象を受けたからだ。
「よく来てくれた、我がもっとも信頼せし友人カスミ。国を代表し歓迎申し上げる」
「こちらこそ、柴(さい)世諾(せいだく)首席みずからお出迎えまでしていただけるとは、幸甚の限りでございます」
一色カスミと小さな要人は形式ばった挨拶と握手を交わしたあと、たがいに口元を緩めた。オレなどに見せる作り笑いじゃない。信頼しあっている関係だというのがわかった。
めったに姿を現さずベールに包まれた存在だと言われていた『ルクソス』の統率者だが……まさかこれほど小柄な女だとは。世界の東半分を統べるとも言われるほど圧倒的な国力を誇る『ルクソス』を束ねるにはあまりにも非力な印象は拭えない。
「そこの。なんだ、ガキじゃねぇか……という表情をしておるな?」
「は? ……い、いえ」
さすがにこの場で口にするほど愚かじゃねぇからな、と思っていたら向こうのほうから言ってきて面食らってしまった。
すかさずフォローを入れるカスミ。
「申し訳ありません首席様。この者は新入りでして」
「そうか。男を入れるなどお主らしくもない。こういうのが趣味なのか?」
「まさか。この者の容貌など毛ほどの興味もございません」
……ああ、そうかい。オレもあんたみたいな小娘興味もないがな。
「そう警戒なさらずともご心配には及びませんよ。この者は能力者ですから。護衛としては一流であることをお約束いたしましょう」
「ほう……? 男は能力を使うことができないとばかり思っていたが……」
「例外的に力に目覚めたようです。はっきりとした原因はわかりませんが」
「しかし能力者の男を引き入れるとなれば別の危険があるのではないか?」
「そちらのご懸念もご心配ありません。この男がわたくしを裏切るなんてことは、万に一つもありえません」
オレはあんたのことを信用した覚えはないんだがな。
契約に見合わないと判断すればあんたなんか簡単に切り捨てるぞ。
相変わらずその自信はどこからくるんだかな……
ああ、それと、とカスミは話題を切り替える。
「大変申し訳ありませんが……飛行機に虫がおりましたので、捕まえておく籠をお貸しいただいても構いませんか?」
「……ああ、構わんよ。さっそく手配しよう」
「ありがとうございます」
なるほど、この一回り小さなお嬢ちゃんも同類、ってことかよ。
さっきの侵入者を捕らえておくブタ箱の相談たあ……涼しい顔して物騒なこと。完全に悪役のムーブじゃねぇか。
一色カスミと、そして超巨大国家『ルクソス』の指導者・柴世諾。
本当にビジュタリア国の救世主となる器なのか?
半信半疑、どころか一信九疑くらいの割合だが……契約を最初から破棄したのではオレの沽券に関わる。
それに……気になることもある。
『ルクソス』の柴世諾。ビジュタリアで発現した能力のことを知っているかのような口ぶりだった。
まあ我が国のお嬢様を通じてとしか考えられねぇが……
この2人が何を考えているのか。今後の仕事のためにも見極めておかなきゃならなさそうではある。
そこから専用車で移動する。
警戒がてら道中の景色を眺めていたが、ビジュタリアを追い越した経済発展は本物のようだ。オレがガキの頃に見ていたテレビや本なんかの記憶だと貧困国のひとつに数えられるほど貧しく、あちこちが荒れるに任されていたはずだが、急速にその姿を摩天楼の街へと変貌させているらしい。建設途中のところも至るところに見かける。まだまだ発展の余地を残している。末恐ろしい国だ。
お嬢様はこんな国のトップと実質サシに近い状態でやり合おうとしてるってんだから、ありえないほど肝が据わってやがるぜ。
だが、オレは嫌というほど知っている。
限られた者しか乗ることもないだろう上級の証たる車内からうかがえるのは、表層的な発展の陰に埋もれた下層民の、怨嗟のこもった視線。この国もまた、ビジュタリアと同じ──光あるところに深い闇が横たわっている。
報道陣を完全にシャットアウト。
これからこの、国を背負うにはあまりにも若すぎる2人によって話されるのは、どんな内容なんだろうか。
車で揺られること数十分で都市の喧騒から離れた、湖に浮かぶ小さな島に着いたのだった。緑と湖面に周囲を覆われた中に、それほど大きくない一軒の家屋があった。屋根は黄色で塗られていたが、美しい発色が維持されている。手入れが行き届いていることの証拠だ。これが『黄の国』のゆえんだろうか。
まるでここだけ数百年前で時空が止まっているかのようだった。
かつて高貴な者がここで過ごしていたのかもしれねぇな。
「ここはかつて皇帝の別荘だったところでな。大部分は破壊されてしまったが、この建物だけが残っている。今は政府関係者などごく一部の限られた者しか入れない。めったに目にすることないこの壮観な景色、お主もよく刻みつけておくがよい」
「はあ……」
首席サマに話を振られるが、壮観な景色なんてどうでもいい。
だがそうだな、ここの地形はバッチリ覚えて帰ってやろうじゃねぇか。
戦場になった時に有利なようにな。
入ってすぐのところにある座席に腰掛け、小さき統率者がカスミに問いかける。
「さて。では一色カスミ。聞かせてもらおうか。お主が思う、救国の手立てを。そしてそれが我が『黄の国』にとってどのような利益をもたらしてくれるのかを、な」
最初にして最大の関門と自身で言っていたな。
どう乗り切るのか、見せてもらおうじゃねぇか。
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