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テラーの輪転機 異世界部族調査員と開花の少女 エピローグ【完】

サイ・スタート

 僕――松岡常一はテラレ族の大元となった女性・スミレの血を直接引いている生き残り。言うならば僕もまたテラレ族というわけだ。

 テラー王亡き後この地を訪れたが、少なくない数の市民から後継の王として推されたこともあった。

 これがもし、メニアイルの関連企業が出しているライトノベルだったのなら、僕が王様になってテラー王国を治める、という選択肢のほうが見栄えするというか、王道的な展開だったのかもしれない。


 だけど、僕にはどうしてもその選択はできなかった。

 せいぜい社会人一年目の未熟者に内政チートなんて芸当もできると思えなかったし、加えて、それではテラー王国のためにはならない、という確信があったからだ。


 『異世界』には民主主義をはじめとした種々の概念は初めからなかったしそれを性急に押し付けようとすることも『征服者たち』と変わらないことをわかっていた。

 だからこそ、現代型民主主義を信奉し、またそれしか生きるすべを知らない僕がこの世界にとってもっともよいとする舵取りをしようとしてもそれは「僕にとって」理想のテラー王国となるだけだ。

 それでは成田太郎が自身の描く身勝手なユートピアとして作り上げた以前までの姿の焼き直しにすぎない。仮にその代はうまくいくとしても、必ずや次代に禍根を残すだろう。

 これもまたある意味で僕の身勝手と言えるかもしれないけれど。
 テラー王国をどうしていくべきか、というところはあくまでも僕以外の市民で、一体となって考えてほしかった。だから政治的なところは一切タッチせず、テラー王国の再スタートを見守っていくことを選んだのだ。


 それに、僕にはどうしても、研究したいことがあった。

 ――テラー王となった男・成田太郎とは何者だったのか。そして、彼の目指したものとはなんだったのか。それが僕――松岡常一にとっての新たな研究となった。

 『転生』して若返っていないとすれば相当の高齢ということもあって彼と同時代を生きた人の証言を得ることは難しいものの、幸い立身出世の代表格のような人間でもあったので自伝や評伝のものは数多く出ており、そのへんは比較的まとめやすかったといえる。

 打算的に利潤を追求していたアマテラス製薬やNTBといった協力企業とは違い、メニアイル及び成田太郎本人は真に日本の将来を憂い、社会貢献として動いていた。それはテラー王こと成田太郎がかなり早いうちに人口ピラミッドの歪曲化を予測し、さまざまな場で警鐘を鳴らし続けていたことなどが記録からも裏付けられた。
 彼自身は無欲で正義感に強く、多くの人が慕うだけのカリスマ性があったことも確かであるようだ。
 
 ただ、自分の信条を決して曲げないという美徳は頑固さとなって現れ、あのような争乱を招くまで拗れてしまったとも言える。


 そんな彼のことを研究する理由は、もうひとつ別にある。
 成田太郎と相模(さがみ)欣也(きんや)。二人の有形無形の圧力によって徹底して「この世にいなかった」ことにされた僕の父・信(しん)。
 
 父は一体、どんな人だったのか。
 この研究を通して浮かび上がらせることができるかもしれない。
 これまで心の真ん中でぽっかり空いていたような穴を埋めることが、できるかもしれない。

 研究は素晴らしいがきみは少しジャーナリズムにすぎる、とは恩師・相模先生の言だった。それを考えれば、ある意味でおあつらえ向きなのかもしれない。

 そんな回想と淡い希望を共に、僕は書斎に向かっている。
 ――この、妻と最初に暮らした家で。
 

「オホヤエ・コソアモセ(おはようございます)、ツネ」
 
 今日の朝食はパンとトマトスープだった。

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