Frozen Edge 真夏の氷河期 第1章
1 誰かの為に生きる
令和、新時代。
近代では初となる改元に国じゅうが熱気に湧いてから1年が過ぎようとしていた。
照りつける太陽。気温は34度。
信じられないことに、こんな猛暑だというのに、東京では凍死体で溢《あふ》れているんだ。
「……また、だ」
やや年季の入った集合住宅の、とある一室。
表札には名前さえも書かれていない。
近隣の住民からの連絡を受けて来てみたら……
「また……救えなかった」
この瞬間に味わう無力感には、いつまでも慣れない。
特殊清掃とは違って、真夏だといっても臭気はない。それもそのはず、冷凍庫の中を思わせるほどの寒さで、室内が凍《い》てついているのだから。
セルフネグレクトをする人というのはえてして部屋の清掃さえおぼつかなくなっているものだが、彼らにはそれがない。
彼らに共通するのは、不気味なほどの生活感のなさ。
いや、正確に言えば……すべてを覚悟し、身辺整理も完璧に済ませたのだろう。
彼らは迷惑をかけたくないという心理が強いのか、とにかく他人の手を煩わせるのを極度に嫌う。自らの死でさえも例外ではない。生きた証さえも残そうとしないのだ。
まるで自分で自分の価値を否定するかのような、悲しいあり方だ。
就職氷河期、というのがあったという。
彼らの世代は『ロスト・ジェネレーション』、略して『ロスジェネ』だとか、『凍える世代』だとか呼ばれたりする。
そんな彼らが、いつからだろうか、こうして自分の命と引き換えに周囲を物理的に凍らせる、という力を手にし、この東京──いや日本じゅうを、局所的な寒波で包むようになった。
彼らのこの力は、誰が言い始めたか、こう呼ばれるようになった。
「──雪の雫(スノードロップ)……」
……名前もわからない人だけれど。
せめて私だけは、この場所でこの人が生きたということは忘れない。
「おかえり、遥(ハルカ)ちゃん」
「……」
「その調子だと、やっぱり……」
「すみません。また救うことができず……『善行者』としてまだまだです」
「そんな思い詰めることはないのよ。遥ちゃん、ここ最近まったく休んでないじゃない……あなたまで倒れてしまったら……」
「いえ……まだ大丈夫です。亡くなった方の無念を思えば、これくらい……」
「でも……」
「ご心配ありがとうございます。でも……」
「遥ちゃん、心配ね……」
「やっぱりまだ気にしているんでしょうか……お兄さんのこと」
「しっ、遥ちゃんに聞こえるでしょう」
……すみません先輩方、私これでも少し耳ざといほうなんです。
私も、スノードロップで兄を失った。
あの日のことを忘れることなんてできない、できるはずもない。
兄のような存在を、私の家のような悲劇を、これ以上生み出してはならないんだ。
立ち止まってる暇なんて……!
プルルルルル……
「はい、こちらエレオス東京稲城(いなぎ)支部です。いかがなさいましたか?」
気づいた時にはいの一番に反応して受話器を取るようにしている。
メモを走らせる。
「はい、はい……下の階からエアコンとは違う冷気。いつから……つい数分前から」
数分、か。
幸いなことに、スロードロップの発動後すぐに死に至るわけではない。
全生命力を寒気に変換するのは時間がかかるからだ。
急がなきゃいけないことには変わりはないけど……
まだ、救える可能性が残されているのなら──
「お住まいはどちらで……はい、はい……かしこまりました。すぐ向かい……ありがとうございます。お任せください。その方は……死なせません」
「……レベル3なのね、遥ちゃん」
「はい、緊急です。私が出動を──」
「でも遥ちゃん、あなた休憩もなしに……今はほかの子に……」
「私のことはいいんです! 私が、いちばん助けられる確率が高いですから」
「あっ、遥ちゃん!!」
「遥ちゃん……あなた、そのままじゃ……壊れてしまうわ……」
先輩が何やらつぶやいていたが振り切り、スクーターを飛ばすことざっと5分ほどだろうか、現場へとたどり着いた。
真新しさとは無縁の小アパート。
ほどなくして郵便受けにチラシや公共料金の案内などが無造作に突っ込まれたままの部屋を見つける。これまでの経験上、スノードロップの能力を発動するほどにまで思い詰める人というのは、このような住宅で孤独に慎ましく暮らしている確率が高い。
……ここだ。
「救ってみせる――今度こそ!」
……床などは一部凍え始めている。
だけど、部屋を覆うまでには至っていない。
これならまだきっと──全体を見回す。
すると……
「……あんた、どうやって入ってきた!? 鍵はかけておいたはずだけど……!?」
部屋の隅でうなだれている男性。おそらくはこの部屋の……
いや、それよりも。
真夏だというのに白装束に身を包んだ、年若い女性──というよりは、女の子、という年齢か。
何をするでもなく、スノードロップ『発動者』の前で立っている。
明瞭なまでに、異様だ。
「ああ……そうか。あんた『エレオス』か。『エレオス』の構成員はノックもチャイムもなしに人の家にあがるのか。教育がなっていないんじゃないの!?」
……この人が何者かはわからないけれど。
とにかく時間がない。構っている暇など。
「無礼は謝ります。ですが今は時間がありません。そちらの救護を──」
うつろな目で今にも消え入りそうなスノードロップの発現者へと手を伸ばそうとするが、少女に遮られてしまう。
「そうはいかないな。これは、あたしのモノだから」
「……その、刀のようなものは……!?」
おそるおそる、尋ねる。
半身ほどもあるだろうか。
見るからに禍々しいそれは、人を拒絶するかのような寒気を帯びていた。
そんな不釣り合いなものを手にする少女は、いたく満足げにこう言った。
「これ? ……フローズンエッジ。この世界を呪い斬り裂く刃だよ。そうだね、ひとまずは……あんたを刺し貫く刃、とでも言おうか?」
……何を言ってるんだろう、この子。
「あたしたちの獲物を横取りしようとするあんたたち『エレオス』は、はっきり言って、ジャマなんだよ!」
……よくわからないけど。
「――?! あ、え!? あたしの、刀が!? 融《と》け……??」
「そんな危ないもの、人に向けちゃいけないわ」
「……何をしたのか知らないけど! これで勝った気になるなよ! こんなものまだまだ出せ――んなっ!?」
「私はこの人を救わなきゃいけない。時間が、ないんです」
「い、一度ならずに二度までも、あ、あたしのフローズンエッジを融かすなんて……あ、あんたのその力、なんなんだよぉ!?」
「私もよくわかりません。気づけばできるようになってました」
「気づけば、って……なんなんだよ……それ……」
うなだれる少女。もうさっきみたいな物騒なものは出さないかな。
男性の元へと近づく。よかった……まだ意識はあるみたい。
これだけの生命力。確かに感じる。
本当はこの人、生きたいんだって――
「……私は、保護する力、エピメレイアと呼んでいます」
「……エピメレイア……」
「この力は神から授かったものだと思ってます。この力のおかげで、よりたくさんの人を救えるようになったんですから」
男性を取り囲む氷塊に両手を置き、そこから熱気を送ることで急速に融かしていく。
スノードロップの能力者たちが周囲を凍てつかせる力を持っているのと正反対の、熱量をもって融かす力を得たのが私。ということになるんだろう。
ほどなく氷の塊はすべてなくなり、男性は朦朧としていた意識を取り戻した。
「あ、あなたは……? ああ……そうか。僕は、死に損なったのか……」
「違いますよ。あなたは生き永らえたんです……よかった、本当に……!」
また一人、こうして救うことができた。
安心したら、涙が止まらなくなった。
「こんな僕のために……生きてても何も意味のない僕のために、泣いてくれるんですか?」
「当たり前じゃないですか! そんな哀しいこと言わないでください……」
救った命を逃すまいと抱きとめながら人目もはばからず泣いたのだった。
2 都と県の境にて
エレオス。『無敵の人』世代を救済するために立ち上げられた組織だ。
彼らを国が見捨てても、私たちは見捨てない。
そうした誓いのもと、ボランティア活動を続けている。
そんなエレオスには問い合わせや依頼が絶えない。
それだけこの組織が、この国では必要とされているという証左だろう。
「はい、エレオス東京稲城支部……はい? 神麗和(シンレイワ)に、お話……?」
「え? 私?」
実際この手のボランティアっていうのは、『ご指名』も多い。
信頼関係が大事だからね。
特定の人じゃないと扉も開けてくれないことだってあるし、訪問するなり一瞬がっかりしたような表情をされることだって珍しくない。
ありがたいことに、逆に私に心を開いてくださっている方もいらっしゃるんだけど……困ったことに、今回まったく心当たりがないのだ。
駅からすぐのところのサイトウさん、そこから少し先にキムラさん。昔はおもちゃ屋さんがあったところのすぐ側のヨシオカさん、小学校近くに住んでるタカノさんに、マツオさん……だいたいの方のお名前は覚えていると思うんだけど……
コセさん、っていうのは思い当たらない。
ほかの方の受け持ちかとも思って先輩方に訊《き》いても心当たりはない、とのこと。
「……遥(ハルカ)ちゃん、一応警戒はしておいたほうがいいかもね。最近は、私たちもよからぬ人たちに目をつけられているから」
「……なんだか怪しい団体扱いですもんね」
『エレオス』は、私たちの活動を実際に目の当たりにした方々から贈られる感謝の声とは対照的に、主にネットや報道関係からの受けは芳しくない。
実際、電話だって支離滅裂な言いがかりのものも多いし、脅迫めいた文書が送られることだってしょっちゅうだ。
「こないだも未遂に終わったけれど、別の地区の女性メンバーが暴漢に襲われそうになったばかりだからね。遥ちゃん、あなたは強いわ。でも、自分の力に過信は──」
「……大丈夫ですよ。私は」
こないだだって、あの──
フローズン・エッジ、だっけ。
普通じゃない力を使う人を撃退できたじゃないか。
「私は、護られていますから」
誰にも負けやしない。
町田市が神奈川県だとかいうネタがある。
東京よりも神奈川とのつながりが強いからそう言われたりするんだけど、実のところ稲城も大概だ。なんせ稲城からたったひと駅で神奈川の若葉台なんだから。しかも何かとそちらの方が買い物に便利なんだよねぇ……
今回待ち合わせとして指定されたのはまさにその若葉台駅前。
つまり、私たち稲城支部の管轄外ということになる。
稲城支部のメンバーと私をあえて引き離す狙いがあるとしたら……
ううん、それは考えすぎか。
「……大丈夫。何が来ても私は大丈夫……」
小声でつぶやく。
それから少し経ち、定刻よりはやや早く、といったところだろうか。
私の目の前に現れたのは──
以前見た顔の女の子だった。
「……よっ」
「……あなたは……! あの時の……!」
服装こそ白装束じゃなくてカジュアルに着飾っているけど……
見間違うはずもない。
少しバツが悪そうに挨拶してきた少女は、雪の雫(スノードロップ)能力を発動した住人の家でなぜか出逢ったその人だった。
「そんなに警戒しないでもいいよ。もうあなたとコトを構える気はない」
「……じゃあ、なぜわざわざこんなところに?」
「言ったはず。話がある、って。教えてあげるよ、あたしたちのこと。あんたたちエレオスと敵対する、あたしたちのことをね」
コーヒー店に入る。
清潔感がありすぎてなんだか落ち着かない。
普段はこのような店には入らないから、何をどうしていいやらさっぱりわからない。
「決められないの? じゃああたしが決めるよ。一緒にタピろ?」
「た、タピ……?」
「はぁ? ……もしかして知らない? タピオカミルクティー」
コーヒー店に入ったのにミルクティーなの?
それはともかく、タピオカって何?
若い子の流行りとかまったくわからない。
先輩たちからは、
「遥ちゃんはまだ若いんだからもっと普通の女の子らしいこともした方がいいと思うな。ボランティア活動に精を出してくれるのは嬉しいけどさ。じゃなきゃ、せっかくのキレイな顔が台無しってもんじゃない?」
……なんて言われるけど。
もう28歳だよ。全然若くない。
10代の子たちの話になんてまったくついていけないからね。
現に今だって。
「この……黒いのがタピオカっていうの?」
「そうだよ。そんな大げさに底を物珍しげに見ないでよ、恥ずいじゃん」
この太いストローにも慣れないし、吸い上げようとするけどもたまにつっかえたりしてうまく飲めない。
ミルクティー自体はおいしいけど……本当にこんなのが流行ってるの?
「……あんた、ボランティアばっかりしてないで少しは世間も見たほうがいいよ」
「うっ……」
見たところ私よりも10歳は若い女の子から、ひどい言われようだ。
でも、たしかに話題作りの引き出しは多ければ多いほど、今後の活動もやりやすくなるかもしれないし……これも善行者への道、勉強だと思えば。
しかし……何も私に流行り物を教えるためのコーヒーショップじゃないだろう。
この子の真の狙いはなんだ……? 警戒はしていかないと……
そんな私の思考を見抜いたのか、少女の方から切り出してきた。
「……まずは自己紹介といこうじゃないか。あたしは巨勢(コセ)可南(カナン)。クリサンセマムの一人だ」
3 花の名前
「クリ……サン……?」
「クリサンセマム。花の名前らしいんだけど、興味ないからよくわかんない」
花。
花といえば、スノードロップもそうだ。
にしても、クリサンなんとか……聞き慣れない名前だ。
もっとも、私の所属する『エレオス』も元はギリシャ語。
一般の方からしたら同じような感覚なんだろうけど……
「あたしがあんたに見せたアレ。凍てつく刃──フローズン・エッジを生成し操ることができる若い女だけで構成されたチームだ」
「……チーム? あなたみたいな力を持った人がたくさんいるっていうの!?」
だとしたら、大問題だ。
この子個人が能力に目覚めただけだったらあれで終わりだったのに……
「そうだよ。もっとも、あんたら『エレオス』みたいにまとまって何かするってよりは、おんなじ考えのヤツが集まってバラバラに行動する、って感じだけど」
「おんなじ考え……? あなたたちは、武器を得て、何をする気……?」
「さあな。ほかのヤツの考えなんかわからんさ。ただ──」
「ただ……?」
「あたしは、手当り次第適当にぶっ壊してやりたかった。それだけさ」
「そ、それだけ、って……」
開いた口が塞がらない、っていうのはこの時のことを言うのか。
確たる考えもなく、ただの憂さ晴らし?
考えというか思想みたいなのがあって暴力に走ろうとするのもそれはそれで恐ろしいものがあるけど……あまりにも無軌道すぎない?
「あたしたち『クリサンセマム』には高尚な考えなんてないのさ」
あたしたちのすることに勝手に意味を見出して安心したい人もいるだろうけどね、と付け加える少女。
たくさんの黒い粒がいつまでも沈殿している。
そんな話を聞かされたら、とてもじゃないけどもはや優雅に飲み物を楽しむという気にはなれない。
彼女の話をそのまま鵜呑みにすることもできない。
だけど、これだけのことを聞かされて、何のリアクションもないなんてことがあれば私は私自身を許せなくなりそうだから。
何か、何か言わないと……
たぐり寄せるように言葉を発する。
「……そ、それで? なんでそんな話を私にしたの!?」
「──それは、そうせざるを得ないからさ」
「そ、それはどういう──」
「しっ」
「な、何……!? い、言っておくけど私はあなたのことを信用は──」
「……来ちゃったみたいだ、お迎えが」
は? お迎え……? さっきからこの子、何を──
と喉まで出かかって、事態を呑み込む。
容器ごと固まっているタピオカ入りの飲み物。
あの酷薄なまでの冷気。
店内にいたほかの人たちが騒ぐ間もなく、私たちの周囲は、一瞬で凍りついてしまっていたんだ。
目の前に現れたのは、あの白装束をまとった──
「ぼくが真実を口にするとほとんど世界を凍らせるだろうという妄想によってぼくは廃人であるそうだ──いい詩だと思いませんか?」
高校生ほどだろうか。
髪を短く切りそろえている。
物憂げな様子は、見た目の年齢よりも大人びたような印象を抱かせた。
かつて同じ装束を身にまとい私に挑んできた巨勢可南が、その少女の名を叫ぶ。
「高円寺…呂世(ロゼ)……!」
4 アイアン・メイデン
高円寺呂世──巨勢可南がそう呼んだ少女。
彼女とはまた印象が違う。
「……良心の呵責……なんて、なさそうね」
人の賑わいで埋め尽くされていた温かな空間を、なんの躊躇いもなく一瞬で冷酷さに背筋が凍える。
この人は……危険だ。
詩を諳んじるのは残酷な行為から目を背けるためじゃなく、心から美しいと感じたゆえの発露のよう。
いや実際寒いんだけどね……
「ご想像の通りさ……『氷情機械(アイアン・メイデン)』と呼ばれる、組織きってのヤベーヤツだよ」
「巨勢さん、っておっしゃいましたね。まんまとおびき寄せられたというわけですね、私は」
「違う、誤解だ! 言っただろ、あたしはあんたの敵じゃない! いきなりこんな大物が出てくるなんて……」
まあ、もとより予想していたことだ。
私とこの子の一幕を知ってて一人で襲いかかってくるということは、よほど自信があるということ。『大物』っていうのは、たぶん、本当。
巨勢可南よりもはるかに強い、ということは言えそうだ。
でも──
私のいちばん芯のところから、燃えるような熱さが湧き上がる。
「高円寺さん、ですか」
「名乗り出る前に名前を呼ばれるのも不思議なものだけれど。まさしく、ぼくは高円寺呂世だよ。ヤベーヤツ呼ばわりは心外だけれどね」
「巨勢さんとあなた、クリスマスセールだかなんだか知りませんが……負ける気はしませんね」
「……クリ……へぇ?」
「『エレオス』の善行者としてこの身、こんなところで朽ち果てるわけにはいかないんです!」
高円寺呂世は芝居がかったように笑ってみせる。
「あははっ、面白いね、きみ! 気に入ったよ!」
──っ疾!?
「──おい、お前ッッ!! 後ろッ!」
「……え?」
「たった一言かそこらでこのぼくをこんなに苛立たせてくれるなんてね……弁解の余地なく突き刺してあげるよ!」
──────────!!!!
「お、おい……嘘だろ……? 負ける気はしないんじゃなかったのかよ……」
「……あっけない。期待外れもいいとこだ。こんなのに後れを取るなんて、巨勢可南……きみは『クリサンセマム』の恥晒しだね」
「ま、待ってくれ! あんたも知ってるだろ!? 今のあたしは無力だ! 組織のことはもう誰にも話さない! だから、せめて命だけは……!」
「……組織を真っ先に裏切る者なんて、信頼できるわけないじゃないか。知らないなら教えてあげようか、歴史ではそういうヤツが真っ先に粛清されるんだよ。弱い上に時局を見る目もないとは……救えないね」
「ま、待っ──」
「きみもフローズン・エッジに断罪されて果てるがいい──……」
「……!?」
「………あれ?」
「刃が……こぼれ……──! ああっ、お前……!」
「?! ッッ……!? う、うわああッ! 熱い! 熱いッッッ!!! ろ、ローブが! 灼ける!!」
「心頭滅却すれば火もまた涼しなんて言いますけど、あれ嘘ですよね」
「……神麗和…遥……ッ!!!」
「熱いですか? お人形さんみたいな顔で汗一つかかなさそうでいて、案外表情豊かですね」
「……糞ッッッ……!! な、なぜ……! なぜ傷一つないんだッッッ!!」
「面白い質問ですね? そう易易と手の内を明かすと思います?」
「……熱い、熱い……! か、身体に移る!」
「安心してください。エピメレイアの火は人類のための加護ですから、身体を傷つけることはありません。その凍てついた質量だけを融かす力です」
「……フローズン・エッジ! 莫迦な……な、何故!? 何故ぼくの声に応えてくれない!?」
「高円寺さん。あんたも、おんなじか」
「巨勢!?」
「『アイアン・メイデン』なんて呼ばれてるあんたもなんてことはない、弱かったんだな」
「……くそッ! 糞ッ糞ッ糞がッッ!!!」
「──!? お、おい高円寺……!?」
「得物があれだけだと思わないことだよ!」
高円寺が抜き出すのはサバイバルナイフ。
そりゃあそうか、万が一のために通常の武器も持っているか……!
でも──!
「──??!! き、消え……!?」
負ける気はしない。
「二度も同じ手に引っかかるなんて、かわいいですね」
「……神麗和遥、きみはいったい……!? ……ぁっ……」
「あたしも忘れてもらっちゃあ困るなあ、センパイ」
高円寺に一発見舞って気絶させたのは、巨勢可南だった。
「……巨勢、さん」
「これで信用してもらえたかな? あたしはあんたにフローズン・エッジを融かされたおかげで力を失った。そのおかげで組織から不要と判断され、こうして刺客さえ差し向けられた、ってわけさ」
「……『クリサンセマム』は、なぜあなた、そして私を狙うんですか?」
「……ちゃんと覚えてるじゃん」
巨勢可南は苦笑いを浮かべた。
「あたしたちはただ単に『フローズン・エッジ』を具現化できるだけで、その力自体は借り物でね。力あるものから奪い取らなきゃならなくてね……あとはもう、わかるだろ?」
「『スノードロップ』……」
「そう。『スノードロップ』の力を蓄えないとあたしたちは何もできない。人生に絶望した『ロスジェネ世代』なんて、救ってもらっちゃ困るんだよ」
「つまり彼らは『フローズン・エッジ』を生成するためだけに利用されている、ってこと?」
「そういうこと」
「社会から骨の髄まで搾取され尽くし疲れ果てた彼らが、挙句絶望という感情さえも他人に利用されるなんて、世界はどこまで非情なの……!?」
凍りついた室内を融かしていく。
衰弱はしていたけど、全員無事に救出できた。
私が狙われるだけなら、まだいい。でも、こうしてまったく関係のない人たちまで巻き込まれてしまうのはやり切れない。
『クリサンセマム』という組織がどれほどの規模なのかは下位の構成員だった巨勢さんも把握していないそうだけど……
仮に私の予想をはるかに超えて強大だったとしたら、やがて『エレオス』のほかの人たちまでも標的にされかねない。
「『エレオス』も『ロスジェネ」の人たちも……護らなきゃ」
みんなみんな、私が──
次の話はこちら
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