Frozen Edge 真夏の氷河期 第2章(前)
1 拒絶
「すみません、間に合ってるんで」
「少しだけでもいいんです。どうか、お話を……」
バタン、と強めに玄関のドアを閉められてしまう。
こうして面会をしようとしても拒絶されてしまうことのほうが多い。
悲しいかな、やれ宗教だ悪質な訪問詐欺だ、といったような調子で、『エレオス』は警戒されている。
おそらく得体の知れないものへの恐怖心が強いだけで、少しの時間話をしてくれさえすれば、わかってくださると思うのだけれど……
地球温暖化を肌で感じるかのように、暑さは残酷きわまりない。
人間の生存を拒んでいるのだろうか。神様は、こんな私をせせら笑うのだろうか。
「……毎日、こんな感じなのか?」
問いかけてくるのは、一連のやり取りをそばで見ていた巨勢可南。
興味がある、ということで現場についてくることが多くなった。いっそそれなら『エレオス』に入らないか、と誘ったけれど、まだその気はない様子だった。
彼女が我々を敵視する『クリサンセマム』の元メンバーだとほかの構成員に知られたら、まずこのような同行は許されないだろう。だからこの件について私は先輩たちにも報告をしていない。
私は、彼女を信じたい。
「対話する気もないヤツなんか放っておけばいいじゃないか。救いが差し伸べられていたとしても手を取らないヤツなんて、それこそ自業自得。そんなヤツらまで助けるのになんの意味が……」
「彼らはこれまで誰からも、国からもさえ見放された人たちです。そんな簡単に心を開いたりはしませんよ。こういうのは長期戦です。いつか彼らの方から頼られる日が来るかもしれませんから」
「気の長いこって……先にあんたのほうがくたばるよ?」
「私は倒れたりはしませんよ。何があっても、絶対」
そう。私はこの程度で挫けるわけにはいかないんだ。
彼らのほうがずっと苦しいはずだから。
それから二人でバイクを駆りながら十数件周ったが、ドアを開けてもらえるならマシなほうだった。明らかな居留守を使われているケースもままあった。
あの哀しい寒波を感じなかったし、生きていてくださっているであろうことはわかるのでいいんだ。
挫けたりはしない。これが日常。
生きているのが確認できただけでも重要な成果なんだ。
エレオスの同僚には悟られぬよう、巨勢さんとは途中で別れ、独り支部へと戻る。エアコンの効いた部屋が心地よい。機械の風は複雑な気持ちにさせられることもないから。
「遥ちゃん、おかえり」
「みなさんお変わりなかった?」
先輩がたもいつものように温かく出迎えてくれる。
「はい、相変わらず会話すらままならないですが……」
先輩のひとりがPCの画面に向かいながらしきりに頭を掻いているので覗いてみると、某巨大掲示板や某有名SNSでの心ない書き込みが並んでいた。
「今日もひどいですね……」
ネットパトロールも我々の重要な仕事の一つ。
こういうものを見ずにいられたらどんなにいいだろうか。気が滅入る。
でも……私たちに向けられた悪意と向き合う覚悟がないと、もっともっと大きな壁にぶち当たったときにツラくなる。目をそらすわけにはいかない。
「遥ちゃん、本部に送る報告書を提出しなきゃいけないんじゃなかった?」
「えっ、でもあれは来週でいいって」
「最近本部がせっつくのよ。帰ってすぐでしんどいとは思うけど、お願い。あとしばらくもう訪問はいいから。デスクワークも大事な仕事よ」
私は知っている。この人が嘘をつく時は目を合わせないんだ。
先輩は私に何かを隠してる。そう直感した私は、勝手に先輩のマウスをスクロールする。
「あっ、遥ちゃん、見ちゃダメ!」
映り込んできたのは──
「えっ、なに、これ……!?」
珍しい苗字なので、すぐに目に付く。
“エレオス稲城支部の神麗和遥。きょう7月6日、午後3時に中央公園に来い。殺してやる”
いま午後2時……あと1時間しかない。
なのに、殺害予告なんて本当にあるんだ、と妙に冷静になってしまっている自分がいる。
家庭訪問した方々を疑いたくない。だとすれば──
「『クリサンセマム』……」
「え? 遥ちゃん、今なんて?」
こないだ相対した高円寺(こうえんじ)呂世(ロゼ)──彼女は組織でもかなりの実力者と聞いた。
そんな存在を軽々と退けたとなれば、放ってはおけないってことだろう。
「……私、行かなきゃ」
「どこへ行こうって言うの、遥ちゃん! 今外に出るのは危険よ!」
「狙いが私一人ならば……無関係の人を巻き込むわけにはいきませんよ」
高円寺呂世は大勢の人で賑わっていた珈琲店を躊躇なく凍てつかせた。中央公園ほど広く常に利用者があふれているところなら、予想される被害は……行かないという蓋然性がない。
「危険だとわかってて、みすみす通すわけにはいかないわ。それに、罠かもしれない。とにかくあなたが外に出るのは──」
複数人で出入口を塞ぐ先輩たち。
ありがたいなあ。こんな私のことを案じてくれるなんて。
でも大丈夫です。
「──え? すり抜けた……!?」
絶対に負けませんから、私は。
バイクでかっ飛ばす。
午後3時まではまだ余裕があるが、書き込み通りに相手が行動するとは限らない。むしろ3時よりも前に着いている可能性のほうが高いだろう。それまでになんらかの凶行に及んでいてもおかしくはない。
「急がなきゃ……!」
気持ちばかりを焦らせていたら──
「えっ」
まるで氷の上を走っていたような──はっ、氷。
歩行者通路に立っていた若い女がニタリと笑う。それが見えた瞬間、何が起こったのかをすべて察した。
が、すでに遅かった。
急速度で横転、スローモーションで前景再生。いたって冷静。
ああ、こんななんだな。『死ぬ』って。
2 パンタ・レイ
周囲の道がアイススケートのリングのように変貌していた。
きりもみながら高速で転がっていくバイク。安物とはいえ非営利団体である『エレオス』から出る報酬で見たらかなり高い出費だったのに……周囲への巻き込みもなし、その程度の犠牲で済んだのならめっけもの、というところか。
誰の目にもわかる異常事態に、差し掛かった車や人は一様に逃げ惑う。
でも黄泉に連れて行かれるなんていう事態を私自身が断固として許さない。
しかし……あの手の殺害予告、ただの脅しか愉快犯であってほしかった。
殺したいほどの存在だというわけだ、私は──
歩道側で一部始終を眺めていた少女も、さすがに驚きを隠せないようだ。
「……貴方、化け物かしら? あれでも死なないなんて」
化け物呼ばわりか、心外。
「……私以外なら、これで終わりだったでしょうね。でも、私はこんなところであっさり死ぬなんて許されてないのですよ。あなた、お名前は?」
「荻窪(オギクボ)未歩(ミホ)。貴方、炎を操るだけでなく、自身をまるで煙のようにして消えたりできるのね……呂世の言ってたのはそういうことでしたか、得心しました」
「呂世……以前私に会いに来た。彼女はどうしてますか?」
高円寺呂世。彼女のことに関しても気がかりだった。
というのも、私に負けただけで巨勢(コセ)さんが組織から狙われる立場になり刺客まで差し向けられるという穏やかでない扱いを受けているからだ。
そしてその回答はおおよそ予想通りのものだった。
「さあ? 今頃は氷漬けにでもなってるんじゃないかしら?」
「……あなたたちには心がない……血も涙もないんですか!」
「血も涙もない? 面白いことをおっしゃるものね」
荻窪、と名乗った『クリサンセマム』の女性はみずからの武器を構える。
「……血も涙もないのはこの世界のほうよ。経済格差は広がるばかり。富者はとことん富み、貧者はとことん飢える。貧者──持たざる者はまっとうに生きることさえできないほど苦しみ、みずから命を断つことさえ選ぶ……こんな世界はさっさと凍てつかせてしまったほうがいいのよ」
「違います! この世界から取り残された人を救わなきゃいけないんです!」
「貧者にとっては『死』のみが救済よ! 我々は彼らの苦しみばかりの『生』から解放してあげて──」
「そんなこと! 誰だって本音じゃ『生きたい』って思ってる!」
私の弟だって……きっと──!
相対する荻窪未歩の切っ先から放出される、ピリピリとした強い冷気。
幾万幾億の言葉よりも雄弁に語る、拒絶の意思だった。
「生きることへの強要が、どれほど絶望する者を苦しめているか。考えたこともないのね。いかにも『エレオス』らしい、偽善者の謂──」
疾い、高円寺呂世よりも──
「反吐が出るわ!」
どこまでも冷たい凶刃が周囲の空気を裂き襲いかかる。
無駄のない軌道、武道の覚えがある者の繰り出すそれだ。けれど、当たらなければどうということは──……
「飄々と! 煙に巻かせはしないわよ!」
──!! 気体になったところをかき消すつもり!?
まさか、運転中の私を襲ったのは私の能力を見るため……!?
くっ、猛吹雪のような寒波で吹き飛ばされそうに……!
「貴方の能力、原理さえ知ってしまえば!」
……この、っ……勝ち誇ったような顔をして!
たまらず実体化する。
「虚をつかれることもなければ負けることなど──……」
かわすことができないのなら……当たる前に溶かしてしまえばいい。
「あああああ……私のフローズン・エッジが!」
「……あなたたちの武器がその氷の剣である限り、負けてあげるつもりはありません。おとなしく退いて──」
「……そうね。確かに氷の剣である限りは、炎に融かされてしまう……」
まただ。あのしてやったりという笑み。これまでにない嫌な予感がする……
と、そこへ──
絶え間ないクラクションと共に、猛スピードでこちらへと迫ってくる物体。
くそっ、無関係な人を巻き込んで……!
必死にハンドルを回し続ける運転手の悲痛な顔が私の脳裏に焼き付く。
ガタアアアアアアン! と、下に押し付けられるような衝撃音が鳴りわたる。
「神麗和(シンレイワ)遥(ハルカ)。貴方にも死の救済を──って、え……!?」
……信じられない、という顔をあなたたちからさせるのにも慣れてきた。
車は辛うじて目の前で停車し、運転手は一目散に逃げ去った。そのときの表情は、化け物と相対したかのように恐怖に満ちたものだった。
「神麗和遥……貴方、何を……!?」
「空気を膨張させてバリアのようなものを作りました」
「……そ、そんなことが……!?」
「私に与えられた力──『エピメレイア』は私自身を保護してくれる力でもある」
「……く、来るな……」
「そしてその本質は空気そのものを操ることなのです」
「それ以上、近づくな!」
「荻窪未歩さん、でしたか。ほんとうの救済は冷たい否定の刃じゃなく、善行の心からくる安らぎ」
荻窪さんの華奢な身体を抱きしめる。
必死に冷たい氷で心を覆っていても、人としての心まで完全に凍てつかせることなどできやしない。
「やめなさい……! 私にそんな温かさ、要らない……!」
「誰かにすべてを委ねるのは勇気のいることです。でも大丈夫。私はあなたを裏切ったりしません。凍てついたあなたの心を融かしてあげます」
「……や、やめ……消える………私は、戦えなくなってしまう……!」
「世界はいきなり劇的には変わりません。破壊だけが戦いじゃありません」
「えっぐ……えっぐ……私は、私は……」
「一人ひとりの小さな善行で、少しずつ、愚直に、何かを変えていくことこそが、世界を変える戦いなんです。私が今こうしてあなたを変えたことで、世界は確実によくなった。私はそう思いたい」
「えっぐ……えぐ……私は……私は……私だけが生き延びて……親の命を……そんな私が、今更……ひっく……」
「親御さん……そうですか。あなたは責任感が強い人なんですね。どうか、あなた自身を許してください。これからは、あなたの人生を……それが、親御さんへの最大の恩返しですよ」
「うっ……うああああああ………!!」
荻窪さんの慟哭。彼女の震える身体を強く抱きしめる。
ああこの人は私と同じ。罪の意識にさいなまれ、長らく涙を忘れていた人だ。
そしてこの人は、私の代わりに泣いてくれているんだ。
そして私は忘れていたんだ。私の戦いはまだ続いていたことを。
どん、と荻窪さんは私を突き放す。
「……え?」
「……ごふっ」
おびただしい血を吹き出し私に寄りかかり斃れる、荻窪さんの身体。
もしかして、私をかばって……!?
私の全身が鮮血に染まる。さっきまでそばで、温かな生命を感じられたのに、今では……
命の温度と相容れない、酷薄な冷気。萩原さんを貫いていたのは、地面からせり出した巨大な氷の柱だった。
『クリサンセマム』……何がそこまで。
人の命を奪ってまで、あなたたちを駆り立てるものはなんなんだ!?
「……敵にほだされるなんて。まったく巨勢といい、荻窪といい……あなたたちの抱く世界苦(ベルトシュメルツ)の絶望はそんなものだったとはね」
……気配を感じなかった。
振り返るとそこには、この世ならぬ美貌を備えた長身の女性が佇んでいた。
「……これは、あなたがやったんですか?」
「そうだ、と、言ったら? ……許さない、とでも?」
「……」
「こんなところでわたくしに拘っている暇はないのではないですか? 『エレオス』の火の者よ」
「……どういうことですか?」
「わたくしにとっては裏切り者──現場に向かったあなたのお友達。先に現場で張っている彼女の身に、危機が降り掛かっているかもしれませんよ?」
「──! 巨勢さん!?」
「彼女を迎えに行ったらどうですか? ……もっとも、わたくしたちの追撃をかわせたら、のお話ですが……」
袋小路、袋の鼠というのはまさにこういった状態を指すのだろう。
20、30……いや、それ以上。白装束の団体さまがお出ましですか。
予告を成就せんと躍起ですね。
「……負ける気はないですよ。こんなところで」
「反骨心があってよろしい。ですが……威勢や精神論などでは乗り切れない不可避の終焉もあると、わたくし──浅草寺(センソウジ)貢里主(クリス)が教えて差し上げます」
3 凍えるくじら
……この人数。ここで私たちを終わらせに来てますね、明らかに。
巨勢さんを助けに行きたいけれど……四方を囲まれてしまっている。
早くしなければ。バイクが壊れて足がない以上、こんなところで立ち往生している暇はない。
「どうしました『エレオス』の火の者。わたくしたちに怖気づきましたか?」
……冗談!
「風が──!? なんですの、この突風は──……!? いない!?」
荻窪さんには言ったことだ。私の能力の本質は『火』ではない。
そして足がないと言っても、律儀に足を使って移動する義理もない。
風にのって飛び上がり、加速する。
「……くっ! 精鋭部隊が雁首揃えて、何を取り逃がしておりますの!」
「す、すみません浅草寺さま」
「くだらない謝罪はあとになさい! 追いかけるのですわ!」
……待ってて巨勢さん。今行きます──!
私が荻窪未歩と戦っていた頃──
「……まったく、SNSで今すぐ中央公園に行けだの……人使いが荒いって」
稲城中央公園。書いて字のごとく稲城市のほぼど真ん中にある。
広大な敷地の公園にグラウンド・体育館が整備されているほかに特色があるとすれば、『くじら橋』と呼ばれる、下部が大きく湾曲した歩道橋だ。
そこで景色を眺めながら待機していた巨勢可南さんだったが──
「なんだ……!? あの燃えてるみたいなの──まさか!?」
正確な時間は覚えてないそうだが、あるタイミングで、何かが燃えているかのような光が見えたという。そしてそれはまず間違いなく、彼女が感づいたとおり、私が荻窪さんと相まみえたときに私がまとった炎の気だろう。
「おいおい……市街地でほんとにおっ始めるのかよ」
『クリサンセマム』の常軌を逸した『本気度』に慄然としたそうだ。
自分は一時の気の迷いでとんでもないものに関わってしまったのかもしれない、と。だが、彼女に後悔する暇など与えられなかった。
ひんやりとした空気が頬を抜けたと彼女が知覚したその刹那。
目で追うこともできない早さで、くじら橋は凍てついてしまったという。
「こんだけ広大な空間を瞬時に……またまた幹部クラスかな、こりゃ。今や無能力者だぞ、あたしは。オーバーキルすぎんだろ……」
午後の公園なんて多くの人が憩いの時を過ごしているに決まっていた。
にもかかわらず、一切のためらいもなしに無関係の市民を巻き込むような暴挙に出れるのが私たちの『敵』。
なんとかしてそうなる前に向かいたかったんだけれど……
考えてみれば午後3時なんて指定をバカ正直に守る義理、あちら様にはありもしないわけだ。もう一つの戦いは予想よりも早く始まってしまった。
「出てこい! もうあたしにはあんたらと戦るしか道はないってんだろ!? 受けてやろうじゃないか!」
覚悟を決めた巨勢さんが襲来者に呼びかける。
応じて現れたその人となりは、彼女にとっていささか意外なものだった。
「……ひ、ひぃ。そんなに大声出さないでください……」
「……は?」
4 無能力者の叛逆
一言で表すならば、拍子抜け。
巨勢さんよりも遥かに年少に見え、背も小さく、猫背気味。
ろくに手入れもされておらず不揃いな前髪は目を完全に覆うほどに伸びていて素顔をうかがい知ることはできないほどだったが、口元から読み取れるのは卑屈なまでの、気の弱さ。今しがた見せた能力の高さに比してあまりにも乖離した印象を覚えたという。
「これ、あんたがやったの? とてもそうは見えないけど……」
ひどく率直に思いを口にした巨勢さんに対して、猫背気味の少女はこのように答えたそうだ。
「……わ、わたしは『制御不能(アウト・オブ・コントロール)』──力をうまく制御できないんです。驚いたりするとすぐこうなっちゃって。だ、だから普段はなるべく出歩かないように……」
「……マジか」
「ほ、ほんとは戦いなんてしたくないんです。こんな能力も望んで手に入れたわけじゃない……だからわたしは、あ、あなたが羨ましいんです」
「……どういう意味だよ?」
「ひぃ、睨まないで。能力を抑えられなくなる……!」
か弱き能力者を囲むように幾多もの巨大な氷の柱が現れる。
「……おいおい、こんなん食らったらひとたまりもないんだが……」
「……ご、ごめんなさい! わたしは戦いたくなんてない。ほ、ほんとです! だから会いに来たんです。『エレオス』の火のひとに」
『エレオス』の火、と私のもとに来た刺客──浅草寺貢里主も私を呼んでいた。『クリサンセマム』内での通称となっているらしい。
「わたしのこんな不自由な力、『エレオス』の火に融かされたい。巨勢可南さん、あなたがそうされたように」
「──!」
「それでわたしは自由になりたいんです……!」
「……なるほど。いたのがあたしで悪かったな」
「い、いえ決してそんなこと、思っては……!」
「ああ驚かしちゃうかー……悪い喋り方を気をつける」
「え……」
「そっちに戦う気がないってならこっちも敵対する理由がないってとこだな。じゃあここで待とうじゃないか、あんたを救ってくれるヤツをさ。あたしは巨勢可南。あんたは?」
「あ……! はい……! こ、小金井(コガネイ)萌絵(モエ)です……!」
小金井萌絵と名乗った少女と巨勢さん、両者は握手を交わそう──とはいかなかった。
「あ……っ……!?」
ここで小金井ちゃんの様子がおかしくなったという。
「お、おい……大丈夫か? 体調が悪いのか……?」
「……だ、ダメです! 来ちゃ、ダメ……!」
一度は通わせられたと思われた心。
互いの体温を混じり合わせる機会は、開かずの踏切のごとく、氷の障壁によってすぐに阻まれてしまったのだった。
と同時に、氷柱のように鋭利な刃が大気中に生成されては、巨勢さん目がけて容赦なく降り注いでいった。
「……くっ! 飛び道具……それがあんたのフローズン・エッジか!」
「ダメ……! なんで、なんで! 私の意志とは無関係に!」
なんで、なんでと思い通りにならぬ己を責め続ける小金井ちゃん。
その理由はすぐさま判明する。
「教えてあげようか? それはワタシがアナタの力を増幅・制御しているから」
「──メイプルちゃん!?」
この時新たに登場したのは、派手めなロリータ・ファッション誌のモデル然とした金髪碧眼の美少女だった。よく見れば缶バッジやストラップなどのオタクグッズが、着るものの随所に散りばめられていたそうだ。
「感情支配(マニピュレーター)の使い手、メイプル・オータムフィールド……! やっぱりあんたか。日本語上手だね!」
「アリガトウネー。組織の末端にまで二つ名が響き渡ってるの、光栄デース!」
過剰なキャラ付けで茶化すメイプル・オータムフィールド。
ハーフであるが、実は日本産まれの日本育ち。彼女もまた、『クリサンセマム』の幹部、ということらしい。
「や、やめて……んぷっ」
「まったく……反抗的なおクチデスネ。少しの間黙ってもらいましょうか」
「んー! んー!」
「討伐志願と見せかけてワタシたちを裏切ろうとするなんて、油断もスキもあったもんじゃありまセン。ネンにはネンを、とワタシが『見守り』していてよかったですヨ」
「嫌がってるじゃないか。幹部だか知らないけど、その子から離れろよ!」
「……下っ端の無能力者が、デカいクチを叩く」
「んん──!!」
「やめろって言ってるだろ!」
「……生意気なんですよね。力のないヤツはおとなしく世界の隅っこでコソコソしてるのがお似合いなんですよ!!」
雨あられのように襲い来る氷の刃。
巨勢さんが避けるたびに氷の柱は橋にめり込み大きな損傷を残す。
思わず巨勢さんは危機感をこぼす。
「……こんなの受け続けたら、橋が保たないんじゃないか?」
よしんば小金井ちゃんの攻撃を回避し続けられたとしても、橋が壊れてしまったのではどちらも助からない。私の到着を待つ余裕もない。とすれば、巨勢さんに残された手段はどうにかして橋から逃げるか、もしくは──
「短期決戦。無茶にも程が……いや、元からあたしの進む道はそうだったな!」
「……巨勢、さん……逃げて……」
「小金井ちゃんがここまでワタシのコントロールに抗うなんてね。でもそれも無駄。一瞬で終わらせてあげますよ、無能力者」
「そうだな……一瞬で終わらせる。このあたしがな!」
次の話はこちら
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?