絶望反駁少女 希望のビジュタリア I-2
I-2 必然の出逢い
「おい……オレはこれから家に帰ろうとしていたんだが」
人が向かい合って座るにはあまりに長大。
ベージュを基調とした、高級感と清潔感あふれる内装。
いつのまに映画俳優にでもなったのだろうかと錯覚しそうにもなるが……オレは今、横にだだっ広い高級車と言うらしい何かに乗っている。
眼の前の男に憮然とした態度を取られているにもかかわらず、仮面でも張り付いているかのような柔和な笑みを崩さないのは、傍らで対面して座る少女・一色カスミ。
「まあまあ。お仕事でお疲れでしょう、あまりお時間は取らせませんから」
「……ふん。どこへ連れて行く気だ?」
「わたくしの家ですよ」
「……はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「助けていただいたのですから、お礼の一つでもしなければ」
……どうなってるんだこいつの脳内。
さっき襲われたばかりだというのに、危機意識がなさすぎる。
「あのなあ……勘違いしてもらったら困るんだが、オレは別にあんたの支持者でもなんでもねぇ。ただ行きがかり上助けただけの人間を、そう易々と自分の家に上げるってか? お前は自分の立場ってもんをわかってるのか!?」
……いけね。思わず若者に説教食らわす害悪ムーブしてしまった。
育ちのよいお嬢様然とした笑みを崩さぬまま一色カスミは淡々と告げる。
「勿論承知の上であなたをご招待差し上げるのです、『クジェニア』さん」
「──?!」
……こいつ!?
「……なぜそれを知っているのか? というような顔ですね。考えてもみればそれほど不自然なことでもないかと思いますけれど」
仕事柄この国──ビジュタリアの暗部なんてだいたい知り尽くした。
なんていうのは……どうやら思い上がりだったらしい。
もっとも強い光のすぐそこにはもっとも深い闇があるってか……
さすがに身体から嫌な油脂がにじみ出ているのを感じる。
「あなたのクライアント──『KORE(コレー)』からすでに報告を受けています。お勤めお疲れ様でした。あの親子についてはすでに保護し、しかるべき施設の手配と新しいセルティ端末発行を指示しました。ご安心ください」
……すべてお嬢様の手のひらの上、ってか。
こいつ、予想以上に若くして為政者の才に溢れすぎている……!
「一国の主の孫娘サマともあろう高貴なお方が御自ら逸脱者狩りの陣頭指揮ですか恐れ入りますね」
「あなたこそ『ディアントス』トップクラスにも劣らぬ『指導』数ではないですか。あなたの決して表には出ない働きによって、ビジュタリアは安寧を謳歌できているのです……だから、お礼がしたくて」
にっこりとする少女。
……『指導』ときたか。綺麗な顔して物騒なことを話してくれる。
今となってはこの絵に描いたような模範生っぷりが薄気味悪い。
「……それで? 希望を語るお嬢様が、実は秘密組織でガチガチに固めた管理社会をお望みってか? 冗談としても笑えないね」
「理想だけでどうにかなると信じられる程こどもではないのですよ多根(たね)モトキさん」
……当然、オレの本名まで把握済みだわなあ。
肝の据わった目だ。
まだ自分の進む道すら決まっていないのが普通の10代そこらで、よくぞここまでの覚悟を……
「この国──ビジュタリアに残された時間は多くありません。わたくしの理想の実現のためなら後世からどう言われようと構いません。どんな清濁でも」
そうこう話をしているうちに、車が停まった。
「お嬢様。着きましたよ」
「ご苦労さま。さあいらっしゃい、多根モトキ様。歓迎いたしますわ」
先に降りた少女から差し出された手を取り、確信した。
ああ成程要するにオレは初めから彼女の陣営に組み込まれていたんだな、って。
行きがかり上助けたことは偶然としても、こうして彼女の家へと招かれるのは必然だったんだな、って。
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