見出し画像

若気の至り、大人の香り

●ひょんなことから思い出したお話

今も愛用しているSanta Maria Novella。

そもそもの流通量がさほど多くない同ブランドですが、コロナ禍や戦争、薬事法によって更に制限されてしまい、入手するのも一苦労。
それでも香りの印象がキツすぎず、中性的なイメージが好ましいのでかれこれ15年弱ほど愛用し続けています。

一種の憧れ的な消費が始まりでしたが、飽き性の私がここまで継続するとは思いもよらず…
先日、買い足しのために銀座店に立ち寄ったことがキッカケで、このブランドとの出会いを思い出すことになりました。


百貨店バイヤー時代、期間限定の特命(?)東京勤務を告げられて、"見知った都会=仕事をする街"が"住む町"に変わった若かりし頃。

職場:有楽町 宿場:大井町

激混みの水色地獄-京浜東北線の6駅区間で全てが完結してしまう、ある意味でストレスフル&シンプルでストレスのない日々に嫌気がさしていた私は、休日はいつも近場の商業施設へお出かけしていました。とはいえ毎日、仕事でウロウロしていた場所なのでさほど新鮮な気分にはなれず、特に欲しい物もなくブラブラするだけ。

ある日、いつものリサーチを兼ねて新宿伊勢丹に足を運び、いつもとは違うメンズ館のアポセカリー売場で足が止まりました。

当時は男性の香水を集積した売場が少なく、1階のメイン立地に荘厳に佇む光景は新鮮でした。
色とりどりのシャレた瓶に高級感が溢れる香り。商品の側につけられたプライスカードはもちろんどれも良きお値段。チャラチャラした学生時代、安っぽい香水をつけてイキがってた頃を思い出し、少しだけ恥ずかしくなる。

右も左もわからない若造クソバイヤーだった自分には、煌びやかな世界で仕事以外では何の興味も湧かなかったけれど、その日はいつもと少し違いました。

●違う世界の住人、新宿イケ男爵

「いつものヤツ、入荷してますか?」

イケてる声がカウンターから聞こえてきました。

こんな神聖な場所で"いつもの"なんて頼むとは、よっぽどの神かセレブなのかしら?
と、声の方に顔を向けるとそこには神とは似ても似つかない(そもそも会ったことない)、圧倒的に洒落乙な男爵が立っていました。

男爵といってもルネッサンスと声高に叫ぶようなタイプではありません。

丁寧にセットされたシルバーヘアに艶々ネイビーのピンストライプスーツ、グッドイヤーウェルト製法の剛健な英国靴、首元にはペイズリーのアスコットタイを身につけたザ・ダンディなおじさまです。
柔らかく鞣されたレザーのクラッチバッグを脇に抱えながら、まるでバーで嗜むように「いつもの」が入荷しているかどうかをイケボで確認されていました。

●"いつもの"は入荷済みでした

サラッとお会計を済ませて颯爽と去っていくイケ男爵。

伊勢丹にはこんなダンディズムが日常にありふれていると思い知り、当時の我が社も頑張らねばと気合を入れ直した記憶があります(私は婦人服担当ですが)。

前述した通り、チャラチャラしてヘラヘラして圧倒的にビジネスマンとしての教養が足りない自分にはイケ男爵がまるで神に見えました。
おそらく55歳ぐらい(適当)のその大企業の取締役のような風貌は、背中から鍛え抜かれていることがわかるぐらい若かったです。

「こんな歳の重ね方をしたいな…(ボソ)」

社会人Lv.4ぐらいの私には刺激が強かったようで、"いつもの"を身につければ自分もイケ男爵になれると勘違いをしてしまいました。
そして、私は何を思ったのかザ・ダンディがついさっきまで佇んでいたカウンターに気がついたら立っており、スマートな女性スタッフの方にこう言いました。

「すみません、さっきの方が買われたモノをください。」

●大人の階段をすっ飛ばして登る

やはり一流百貨店。
買物された方の個人的な情報にあたるような質問にダイレクトには反応せず、そこはサラッと流されました。
その後、適当な日常会話を勤しんだあと、純白の手袋でサラッとSanta Maria Novellaの方を指して、

「お客様はどういった気分がお好きでしょうか?」
と聞いてくれました。



「…え?気分…?」

アホがバレました。

正直、さっきのダンディおじさんになりたいのですがそれを伝えたところで恥に恥を重ねるだけなので、自重して気分と呼ばれるような文脈を組み立てました。

・仕事を頑張って信頼されたい
・大人の男性になって自信を持ちたい(イケ男爵)
・他人とあまり被りたくない

お世辞にも上手とは言えないただの気合いのような言葉から、一流スタッフさんは数種類の香りを提案してくれました。プロはすげぇぜ。

いくつかのテスターを試させていただき、自分にフィットしたのは『ジネストラ』という香り。


それが私の「いつものヤツ」になりました。


●個人的な物語から生まれる価値

その時から同ブランドの虜になり、いくつもの香りを試しました。もちろん香りによっては好みじゃないものもあるので、タイミングによって使い分けれる数種類に絞って購入するようにしています。

ただ冒頭にあるように今の情勢で揃わない香りもあり、『ジネストラ』にはこの2.3年は出会えていません。
それでも、私にとっては別のテーストにチャレンジしたいと思えるような存在です。


あの時、新宿伊勢丹で出会ったダンディズムとは皆無の大人になりましたが、仕事に精を出して自信はある程度ついたと思います。信頼されているかどうかはわかりませんが、少なくとも仲間と呼べる方達に支えられてここまで生き延びてきました。

ひょっとしたらSanta Maria Novellaのおかげかもしれません。


ブランディングとは、商品の機能や歴史、様々な文脈を根底に置きながらも人の暮らしに如何に影響を与えたのか、という点も評価されます。
奇しくも香りというのはふわっと香って気がついたら消えている、あくまで表面的な存在かもしれませんが、その人の内面にまで踏み込んでくれる存在でもあります。

ブランドの見せ方の創意工夫も大切ですが、本質的な価値とは何たるかを学ばせてもらいました。


毎日、出かける前にシュッと一振り。
今では当たり前のその行為は自分に自信をつける大切な儀式なのかもしれません。

出会いから今に至るまで、私自身のあくまで個人的な物語がブランドの価値を高めてくれました。


我々も誰かにとっての物語の一部でありたいなぁ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?