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最終章 僕が雀荘を辞めたわけ


店を畳むことを聞きつけて譲渡を申し込みに来た人、その内何人かと会うことになった。某チェーン店の人、素性の知れないお金持ちっぽい人、出資者なのだから当たり前だけど、それまでに会った人達は向こうから雇用条件を押し付けてくるような、いけ好かない感じの人ばかりだった。

この日会う人は、一時期お店によく来てくれた元常連さんだった。店の外で会うのは初めてだったが、元々顔見知りということで、会談も終始和やかな雰囲気で行われた。

木原君がやってくれるなら俺が店を買うよ――

軽いノリでそう言われたものだから、少しだけ吹っ掛けてみようと思ったんだ。なにせどこまで本気なのかよくわからなかったから。

それじゃ、全部僕に任せてくれるならやってもいいっすよ――

今思えば、行く当てもないのに良く言えたなーと思う。でも働く場所や労働条件くらいは自分自身で選びたい。麻雀の技術は「手に職」みたいなものだ。良い条件が得られなかったら、また別の店を探せば良いだけの話なのだから。

うん、それでいいよ――

拍子抜けするくらい直ぐに返事が返ってきた。え、ちょっと待ってくれよ。全部ということは予算からスタッフの待遇とかも含めて全部だぞ?  本当にそんな簡単に返事をしていいのか?

第7章でも書いたが、麻雀荘には本当に色んな人が来る。常連のお客さんが気に入ったスタッフと、後々一緒に仕事をする話だって珍しくはないのだ。この記事を読んでくれている人の中にも、今現在、麻雀荘のスタッフをしている人もいるのではないかと思う。

誰が見ているかわからないから、真面目に働いたほうが良い

これは麻雀荘のスタッフとして働いていた先輩からのアドバイスだ。雀荘に遊びに来るお客さんは、案外スタッフの一挙手一投足を目で追っているものなのだ。真面目に働けば必ず報われるというわけではない。けれどやる気の無い態度はすぐにバレるし、全く気が利かない、一生懸命さが全然伝わらない、面白くなさそうに働いている。そんなヤツに訪れるチャンスなど絶対にないのだから。

こうして全く同じ場所で立ち上げた新店は、あんなことがあったにもかかわらず、初月から予想以上に繁盛した。改装にかけた費用も瞬く間に回収し、半年後には全く違うお店のような賑わいを見せるようになった。この場所で逮捕され、閉店に至るまで働いた期間は約7年半だった。同じ場所で立ち上げたということは、考えようによっては7年半もの間、入念にマーケティングした上で始めたということにもなる。しかも以前の常連と、以前のスタッフ付きでだ。うまくいく可能性のほうが高かったのかもしれない。

木原君、そろそろ2店舗目も出したいね――

当然そういう話にもなるだろう。自分の策が当たり、結果に繋がるのはそれなりに楽しかったから、最初はこの話にも乗り気だった。東京から電車で約1時間、あちこちを散策して良さげな場所を見つけた。某チェーン店が繁盛していて、実質1人勝ちになっているようなところだ。正直この程度の店が繁盛するくらいならたいしたことはない。客層に合わせた新しいルールだって、新しいイベントだって考えた。勝機は十分ある。よしやるか―― 

いや、まてよ・・・・

この時ふと思ったのだ。今まで雀荘勤務が楽しくてあまり深く考えてこなかったけど、本当にこのまま始めてよいものだろうか? 未来予想図ってあるじゃないですか。サラリーマンを辞めた時も、その時描いた未来予想図が、あまりにも退屈そうだったから辞めたんだった。

見知らぬ土地でゼロから始めるのだから、最初はきっと苦労するだろう。僕は案外仕事は真面目だから、それこそ四六時中お店に付きっきりになると思う。仮にうまくいったとしよう。そしたら今度は3店舗目を―― そういってくるに決まっている。

なんか大変そうだな・・・ いや、大変なのは別にいいのだけれど、その時僕の給料はどうなっているんだろうか? 2店舗、3店舗目が成功しても、給料が2倍、3倍になるわけがない。今でも十分すぎるほど給料はもらっている。じゃあ一体、自分は何のために働くのだろうか?

そういや、何がしたくて麻雀プロになったんだっけな――

麻雀で食っていくために麻雀プロ団体に入ったんだっけ。麻雀荘のスタッフも、ある意味麻雀で食っているともいえるだろう。麻雀荘の経営だってそうかもしれない。でもこれが人生の最終的な目標となってしまって本当に満足なのだろうか? 好きなことを仕事にする それが麻雀だった。雀荘もメチャクチャ楽しかった。だけどこれは本当にやりたいこと、本当に好きなことではないような気がする・・・・

2店舗目の話はお断りします。そして――

サラリーマンを辞めた時と一緒だ。結局人の下で働いていたら、いつか似たような葛藤を抱くのだろう。人生にセーブポイントは無い。たった1度きりだ。この時41歳、もう遅いかもしれない。いやまだ間に合うんじゃないのか? 本当に結婚してなくて良かった。本当に子供がいなくて良かった。そしもそうだったら「今の収入を捨てて自分でやりたい!」なんて告げようものなら、きっと女房には発狂されることだろう(笑)

もう麻雀荘は卒業しよう――

この時に初めてそう思ったのだ。麻雀に関わる何かで、人とは全く違うアプローチで、改めてゼロから挑戦してみたい。そのほうがきっと楽しそうじゃないか。1回もトライしないで人生を終えるなんてもったいなさすぎる。麻雀の技術は「手に職」だ。もしも新しい仕事に躓いたらその時は諦めて、またどこかの雀荘で拾ってもらえばいいだけの話だ。そうして15年にわたる麻雀荘スタッフ生活にピリオドを打った。この時一緒に、賭け麻雀も卒業しようと思ったのだ。

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退職後、やろうと思っていたことは具体的に3つあった。

・有料ブログマガジンの開設
・スカイプを使った麻雀の家庭教師
・麻雀のセミナー

当時を今振り返って考えれば、よくもそんなテキトーな構想で仕事を辞める気になったなと、我ながら少し呆れてしまう。別に勝算があったわけでも、自信があったわけでもなかったからだ。

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※ブロマガ開設時からの売り上げ推移

9月からブロマガ会員限定の麻雀家庭教師を始める。ありがたいことに、かなりの数の申し込みがあり、半年で述べ100人以上、1か月あたり大体50~70時間くらいの講義をさせてもらった。しかし1時間1500円という超弱気な料金設定にしてしまったため、家庭教師の収入は頑張っても月10万円がやっとだった。受講者から送られた牌譜をチェックをする予習の時間、スケジュールの調整、料金の請求etc・・・ 麻雀家庭教師は時給換算すると800円くらいなものだ。退職して1年後、なんとか月収20万円は確保できたものの、ブロマガの更新と家庭教師で目一杯だった。とてもじゃないが第3の矢を放つ余裕なんて無かった。当時の家賃は125000円、なんとかギリギリで生活は維持できるが、ずっとこのままで良いわけがない。

すいません、僕をゲストで雇ってもらえませんか――

麻雀荘は卒業するつもりだった。しかし背に腹は代えられず、ブロマガ開設から約1年後、頭を下げて大手チェーン店にゲスト参戦させていただくことになった。勤務日数は月5~6回だったが、その収入で家庭教師の規模を縮小することができ、時間的にはだいぶ余裕が出来てきた。その内にネット麻雀(MJ、雀シティ)の仕事が増えたり――

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※直近の売上推移

ブロマガの売上も増えたりして、雀荘のゲストをしなくても生活面で困るようなことはなくなった。それでもしばらくゲストを続けたのは、次々に新店を出店した影響で、慢性的に人手不足になりシフトがキツそうだったから。僕が少しでもシフトに入ると、店舗のシフト担当者がすごく喜んでくれたから。そういった理由で、ついつい長居をしてしまったのだ。

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2018年8月、Mリーグの「ゼロギャンブル宣言」がきっかけで、賭け麻雀から完全に足を洗うことを決意した。別に賭け麻雀を止めたからといって、Mリーガーに選ばれる可能性は0.0001%も上がることはない。そんなことは百も承知だ。しかしこれからは、別に雀荘で働かなくたって、一切賭け麻雀に関わらなくたって、麻雀プロとして立派に生計を立てていけるということを証明したいという強い気持ちがあったのだ。


僕にとってフリー雀荘とは――

大げさな話ではなく青春そのものだった。本当に楽しかった。フリー雀荘勤務がなかったら、麻雀の技術は元より、人間としてもここまで成長できなかったような気がする。ついつい楽しすぎて時が経つのも忘れ、麻雀プロになった最初の目的をも忘れかけていたのですが――

好きなことで食っていく

麻雀プロ」に、他人がどのような理想を描こうが関係ないし、興味もない。極力やりたくないことはやらず、ただ自分がやりたいことだけをやって生きていく。それが自分の思い描く理想のプロ像であり、それが自分の目指していたした「麻雀プロ」という職業だ。今はまだ胸を張って名乗れるほどではないけれど、いつか堂々と「僕は麻雀のプロです」と宣言できるようになってみたい。

できることなら今まで誰も通ったことがないような道のりで、自分にしか出来ないようなやり方で――  今でもそう思っています。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

日本プロ麻雀協会 木原浩一

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