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時の巫女たち/5.機械は、本当に人間よりあてになるのか?

前回はこちら:

今回から英語版は別立てにします。
From this episode on, the English version will be published separately.

 「なぜ、狂っているのは時計ではなく自分の脈だと考えるのでしょう?」
時宗が質問を繰り返すと、アオイの左手で
「時計の方が正確だからに決まってるじゃない。ねぇ……」
と、ささやく声がした。

「時計の方が正確だから……でしょうか?」
時宗が言う。たまたまなのか、時宗が地獄耳の持ち主なのか。
時宗が室内を見回すので、アオイはうつむいて目を伏せた。うっかり目が合って、あてられると面倒だ。
「そちらの方、なぜでしょう?」
不運にも目が合ってしまった参加者がいたようだ。

「機械だから…...じゃないですか?」
と答える声には、軽い反発の響きがある。
「時計は機械だから、人間より正確だ......そういうことですね」
時宗が念を押すように言い、女性が「そうなりますね」と、今度は不快を露わに答えた。

「では、これをご覧いただきましょう」
時宗がプロジェクターのリモコンを操作し、スクリーンに時計の画像が現れた。時計と並んで、形からして砂時計と水時計らしきものが置かれている。

「ここに時計と砂時計、水時計があります。砂時計と水時計は原始的とはいえ立派な機械で、一定のリズムで正確に作動します。そして、この水時計と砂時計は1分計です。今から、砂と水をもとの状態に戻します。そして、時計で1分、測ります」

 1分後に砂と水が落ち切っていたら当たり前すぎて、わざわざ見せる必要はない。どうせ仕掛けがあって、狂った動きがあるのだろうとアオイは思った。会場のあちこちでため息のようなものが聞こえるのは、アオイと同じ思いの参加者が多いのだろう。

 そういう会場の気配に気づかないのか、気づいても無視しているのか、時宗はいたって事務的に
「では、始めます」
と言って、映像を切り換えた。

 アオイはどんなインチキが映るのか見るだけは見てやろうと思いスクリーンに目を向けた。そして、時計の秒針が360℃回転し、砂時計の砂と水時計の水が落ち切るのを見届けた。
「え、全部、まともに作動したの?」
意外だと感じたのは、アオイだけではなかったとみえ、室内が多少ざわついた。

 「みなさん、何か仕掛けがあるはずだと思っていたのではないですか?」
時宗が目じりに笑みを浮かべて参加者を見回した。
「ありました。私は、時計の秒針を50秒で一周するようにセットしておいたのです。砂も水も50秒で落ち切るようにしておきました」
室内が大きくざわめいた。
「1分計だって言いましたよね。ウソついたんですね」
キッパリと非難する声があがった。
「さっきも、だましましたよね」
別の声が切り込む。

 しかし、時宗はまるで動じる気配がなかった。時宗の後ろで、上村がなんとも居心地が悪そうな顔をしている。
「1分計だと言ったことは、お詫びします。けれども、ここでのポイントは、そこではないのです」
「じゃぁ、どこだと言うんですか」
また別の声が食ってかかる。

「機械は1分を正確に測ってはいませんでした。ですが、50秒で止まるという設定どおりに、きちんと止まりました。さて、この3つの機械は正確だったのでしょうか? それとも、狂っていたのでしょうか?  

                                                                   

「おや、面白いことを言う」と、アオイは思った。機械は時宗が設定したとおりに作動したのだから、狂っていたわけではない。狂っていたのは時宗の設定の仕方だが、それは時宗が意図してそうしたのだから、それを狂っていたと言うべきかどうか、わからない気もする。

 「機械は私たち人間が指定したリズムどおりに正確に動く。それだけのことです。私たちがいなければ、動きもしない。これでもまだ、機械の方が人間よりあてになると言えるでしょうか?」
 「うん、何かが変だぞ」
とアオイは思った。どこかで話がすり替えられている気がする。人間が動かさなければ機械は動かない。それはそうだ。だが、それと動きの正確さ、信頼性とは別の話ではないか?

 いったいどんな顔をして話をすり替えているのだろうと思い、時宗の表情をうかがおうとした瞬間、時宗と目が合ってしまった。
「そちらのピンクのジャケットの方、どう思われますか?」
あてられてしまったのでは、仕方がない。アオイは、急いで自分の疑念を言葉に整理した。できるだけ落ち着いてゆっくり話すようにした。
「人間が動かさないと機械は動きませんが、いったん動き出したら、人間よりも正確に同じリズムで運動することができます。だから、機械の方が人間よりあてになると思うのではないですか?」

 時宗の目じりだけでなく、唇の端にも笑みが浮かんだ。
「なるほど。ですが、正確で同じリズムの運動とはどんなものか、人間が分かっていなければ、機械にそういう動きをさせることは出来ないのではないですか?」
時宗がほほ笑みながらアオイに問いかけてきた。

つづく


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