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FCバルセロナはファンが番人として歴史と哲学を守り、未来につなげる。

■ボールはすべての選手に生命を与えるもの

ボールがラインを割ることなく、アスルグラナのユニホームを身にまとった選手たちの足下に渡り続けている。

はじめは1本、2本、10本だったが、気づけば何本つながったかは数えられなくなっていた。

時間にして2分ほどだっただろうか。

対戦相手のベティスの選手たちはボールに触れていない。

ようやくボールがタッチラインを割る頃には、スタジアムに座っているファンがスタンディングオベーションで選手を称えていた。

当時、大学生だった僕はこのファンの姿に心打たれ、バルサ(FCバルセロナの通称)の虜になった。

たぶん1997年、1998年頃だったと思う。

その中心にいたのが、現マンチェスターCの監督を務めるペップ。

4番(ボランチ)の位置でタクトを振るい、すべての攻撃は彼から始まっていた。

チームの心臓としてあらゆる方向にボールを流し、それぞれの選手にまるで生命を与えるかのようだった。

バルサにとって、ボールは人間で例えると血液のようなもの。

なくてはならないものだ。

ボールがなくては生きてはいけない。

何よりファンがこの意味を理解していた。

ボール支配率が50%を切れば、一気にフラストレーションを爆発させる。

ファンも選手と同様、ボールがなければ生きてはいけない。

僕自身も大学時代はボランチで、ゲームを作る立場だったのでバルサ・ファンのスタンディングオベーションに共鳴した。

それから約10年が経ち、初めてホームのカンプノウでバルサの試合を観戦した。

この頃には、このクラブがどんなものなのかは十分わかっていた。

目の前のピッチ上でエースのロナウジーニョが踊るように華やかにプレーするなか、スタジアムのファンは冷静に戦況を見つめていた。

試合中はとても静かで、ファンはどちらかと言えば "冷ややか" に選手たちのプレーを評価していた。

その中に身を置き、「だからバルサはバルサでいられるんだ」と思った。

■ファンは陪審員として毎試合判決を下す

ファンはどのメディア、どの監督より厳しい視線を選手に送っている。

このクラブが掲げる「ボールを持ちながら主導権を握るサッカー」に対し、チームがどのように向き合い、選手が試合でどうプレーするのかをファンはチェックしている。

僕自身も10年前にファンに魅了された瞬間から同じ目線だ。

監督の指揮、采配は?
守備、中盤、攻撃は?

クラブの哲学をプレーとして表現できているか?

これがバルサにとってすべての基準なのだ。

これを満たせなければクラブに在籍する価値はない。

どんなに優秀な選手、監督であっても、チームの勝利が最優先事項であり、タイトルがこのクラブに関わる人々にとって最高の喜びであることは普遍的目標である。

そのためには、フロントを含めて機能することがクラブが未来に存在していくための絶対条件だ。

そして、選手や監督はクラブから離れられるが、ファンはこのクラブから離れられない。

スタジアムを埋め尽くすファンのほとんどはカタルーニャの住人で、この地に暮らし生活している。

バルサは人生の一部と化しているのだ。

もちろん、このクラブはソシオによって支えられている。

世界中にファンは存在するが、年間シートを買い、毎試合スタジアムに足を運ぶのはこの地のソシオである。

そのファンは「自分たちがクラブの一員であること」を自覚している。

だからこそクラブの哲学に反するプレーと行動を許さない。

ファンはまるで陪審員かのように毎試合チームに、それぞれの選手に、監督に判決を下す。

僕がスタジアム観戦したときにはそのような印象を受けたし、10年前に抱いたイメージ通りだった。

隣に座っていたおじいちゃんはうまくいかないプレーが続くと「今のはこうすべきだった。なぜなら…」と必死に僕に訴えかけていた。

こんなファンが毎試合7~8万人いるのだから、選手は下手なプレーはできない。

■クライフがファンに明確な基準を示した

選手は指導者の影響を大きく受けてプロに育つが、そこからは監督の要求、チームの目指すサッカー、クラブが掲げる選手像に応えていく素養を身につけていく必要がある。

プロ選手として磨き上げられることが不可欠になる。

バルサの選手にとって、それを見守り、試合を通じて教えてくれるのがファンなのだ。

クラブに、こういう価値観をより明確に具現化した人物が故ヨハン・クライフである。

実は、クライフは僕が小学校3年生の頃に夜中に初めてテレビでワールドカップを目にしたときに出会った衝撃を受けたレジェンドだ。

彼のトータルフットボールの考えが僕のサッカーの価値観を形成している。

クライフは何個も名言を持つが、自分の中で今も守り続ける絶対的なものが「ボールを走らせろ。ボールは疲れない」。

彼は自身がサッカーキャリアを歩む中で醸成させていった、この哲学のもと、選手時代からクラブやオランダ代表でも、また監督として手腕を振るったアヤックスやバルサでも理論的なアイデアを周囲に共有し、大きな影響を与えながらチーム、そしてクラブを構築していった。

彼が示した功績はバルサだけにとどまらず、世界中のサッカー関係者に多大な影響力を及ぼした。

特に1988~1996年に監督としてバルサにもたらした功績は、世界のクラブサッカー史に輝くものである。

その系譜を受け継ぐ代表的な人物の一人が "ペップ" だ。

ペップはバルサのサッカーを進化させ、ドイツの名門バイエルン・ミュンヘンの土台づくりに大きく貢献し、今在籍するイングランドのマンチェスターCではクラブの根幹を作るところから関わっている。

そのルーツは間違いなくバルサにある。

その彼をそういう風に育てたのはファンであり、ファンはクライフが見せたサッカーによって大きく価値観を作り上げられている。

このクラブにとって選手とファンは運命共同体なのだ。

クラブが未来に向かって歩いていくには、それぞれに役割があり、どれも欠けてはいけないもの。

ただファンはその時々でさまざまな姿に化ける。

時に天使になり、時に悪魔にもなる。

僕が20年前にテレビで見たベティス戦のスタンディングオベーションは、滅多に化けない天使が選手たちに贈ったささやかなプレゼントだった。

このシーンに出会ったことで、僕は今もサッカーを楽しんでいる。

観戦することも、プレーすることも、指導することも。

ファンと同じように僕にとってもバルサは人生の一部。

ずっといろんな感情を与えてくれる存在だ。

#サッカーの忘れられないシーン
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