竜田の御廟
2016年4月の竜田御坊山三号墳の再調査報告から受けたイマジネーションによる情景スケッチ
「いかなることだ、陶邑には高麗尺で丈を伝えおいた筈だが」
冷え込む季節が終わり、埋葬は急がれているというのに、ようやく陶邑から届いた棺は、かの君の亡骸には小さすぎ、土師部の工人を急かして竜田の丘に造らせた御墓の石の槨に納めるには大きすぎると一目で見て取れる。
飛ぶ鳥の明日香は板蓋宮に坐す大王より貴人の弔を仰せつかったは良いが、この斑鳩に赴いてからというもの、何一つ手配通りに事が運ばず、弔使は苛立ちを隠せなかった。
「なにぶん誂えた物にありませず、今ご用意できるものはこの棺の他にはございませんで」
運んできた陶邑の使いと匠たちは怖じ怖じと告げた。
棺も蓋も共に黒漆がかけられていたが、どうやら蓋は他の棺のものを合わせたと見え座りが悪い上に、一度割れたものを繋ぎ合わせたと見え、掛けられた漆に金具の形が浮いている。
しかし棺が無くては発喪も始められない。
何とも遣り処の無い苛立ちを覚えながら「合わせられる方を合わせるしかあるまいて、急ぎ匠に脚を削らせよ、くれぐれも割らぬよう気を付けるのだぞ」と言い捨てて、弔使は席を立った。
大王からは、弔いの供物にと宝物を預かっており、できうる限りかの君の一族の前例に従うようにと申し付けられている。
扱い慣れぬ陶器の棺と聞いて、懸念はあったのだがやはりこのようなことが起こるものか。
亡骸を納めるにはまた大層な苦労が要った。
大王から預かった宝物は琥珀の枕だったが棺は丈が足りず、その上に形ばかりは頭を乗せさせたものの、身の丈で誂えた棺のように納まるはずもない。
挙哀の者たちが声を張り上げておらび哭く中、冷たく硬くなった手足を曲げようと、奴たちは脂汗を滲ませ手を震わせながら口々に「畏しや」「怖じや」と小さく呟いていた。
二日二夜の挙哀が明けた埋葬の日。
棺に見合わぬ大きな蓋を今まさに乗せようと、奴らが数人がかりで持ち上げるのを弔使は傍らで見守っていた。
「尊いお方を間に合わせの御廟にお送りすることになろうとはなあ」と苦く呟いた時、弔使の足元で「どうか、どうかこれを伴に棺にお納め下さい」とすがるような声がした。
仕えていた者か、はたまた今日の埋葬を聞き付けた遠方の所縁の者からの使いか。
いずれよりとも判断はつかないものの、身分卑しく無さげな女が、唐渡と覚しい色鮮やかな蓋付の硯と、軸が瑠璃硝子で拵えられた筆を捧げ持っていた。
大王からの供物に引けを取らないような宝物だが、所縁を誰何すると面倒なことになりそうだ、問わぬが最上だろう。
奴たちがこちらの顔色を窺っているのに頷いて「望み通り納めさせよ」と顎をしゃくると、女は叩頭して棺に駆け寄った。
亡骸の有り様に動揺したものか、女は息を呑んだものの、気丈に腕を差し伸べ、硯と筆を琥珀の枕の左右にそれぞれ置いた。
永の眠りに赴こうというのに、棺が身の丈に合わぬために亡骸はまるで押し込められたかのようなありさまだ。
貴人に生まれたとてままならぬこと多いまま生き、突然その生を奪われ、人並みに殯で見送られることも無く、葬られるに当たってさえも己が望むように眠りに着けない。
遡ればこのお方の血族から大王がお立ちになられると思われていた頃もあったはずだが。
生きるも死ぬも悼ましいことだが、明日香の大王の臣でこの君の死を心から悼んでいる者が果たして幾人居るものやら。
弔使は眉根を寄せた。
せめて自らの血族の住まわれたこの地でお眠りになれるを善しとして頂けようか。
轜車が引かれて来たのを見て、弔使は感情を振り払うように首を振った。
まだ果たさねばならない務めは多い、今日は長い一日になるだろう。
造営を終えた御墓では土師部の工人が葬列の到着を待ち受けている筈だ。
大きく重い陶器の棺の蓋が閉められ、白絹の帷帳が掛けられた時、誰かが嗚咽を漏らし、洟をすすりあげた。
文化遺産オンライン 御坊山三号墳出土品