染まるという選択肢、大露西亜国民

私は、その国の市井の人々を書くことは控えていましたが、「子供たちの未来」について考えると、書かざるを得ないという心境になりました。

「どうあっても変えられないリーダー。であるなら、その考えに染まってしまったほうが "楽" だ」。

すべての人がそうではないのでしょうけれど、そんな風に感じ取れるのです。日々、どうやって生き抜いていくか。九割苦しいのであれば、残りの一割は楽で居たい。楽というのは体制に反発せず、無言で毎日を過ごすこと。なんやかやと指摘されない時間は "楽" そのものでしょう。

残りの1割は、自身で感じることのできる "自由"。なにも発信せずに自身の中で "自由" を貪るようにのめりこむ。その一割さえあれば、体制などどうでもよくなります。

ソビエト連邦時代を知っている人は、"世界の一等国民であったことの誇り" を引き出しから抜き取っては確かめるように眺め、ため息をついては、また、引き出しに大切に戻す。市井の人々は、認められた存在でなくとも、国民として格が一等であれば、優越に浸ることができたのです。

その優越を保つために、唯一の選択は今のリーダーを変えないコト。

「すべてを失ってしまいかねない『核兵器』を、優越の道具として "上手" に扱うリーダー。大露西亜の子孫たちが生きられない世界をつくるわけがない。そんなヘマをしないリーダーを私たちは支援しているのだ。1割の自由さえあれば、文句は言わない。」

大人たちは体制に染まってしまい、ただただ、黙々と従うように生きていく。その先にある暗黒の未来の扉を開こうとするリーダーの背中を "市井の長く連なった塊" の重圧で押す。なにも知らない子供たちは、その流れに沿って歩いていくしかない。道を外れれば、だれも助けてはくれない。生き延びるために、牽かれた道を歩いていく。

一等を優越として選んだ過去の格は核によって滅びる。

あの格は夢であったと悟るべき。優越は、妄想でしかない。優越は新たな体制で生み出すもの。あたらしいロシアの世代が作り出すもの。染まってしまうのが "楽" であるのなら、若い世代に染まってしまうことを選ぶべき。

もう、夢から目覚めてほしい。大切な次世代を暗黒の世界に導かないために。どうか、目覚めてほしい。

#日経COMEMO #NIKKEI

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