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日本における「上昇婚志向」の実態

私は先にこの記事で「男はその妻によって高い地位へ追いやられている」と主張しましたが、類似した概念に「上昇婚志向」があります。

noteにおける上昇婚志向の問題はこの記事が先行していますが、今回は私が知っていることも加えながら上昇婚の実態に迫りたいと思います。よく反フェミニズムの論客では「女性の『自分と同等以上の男でなければ男として、というかそもそも人間として扱えない』という上昇婚志向は本能的なもので、女性たちの地位や収入が上がればさらに上の地位や収入の男性を選ぶようになる」という理屈から「女性の地位向上・社会進出で結婚できるような男性が減ってしまい、非婚化と少子化を悪化させる」と主張し、その抑制を求めてきました。非モテ男性もさすがに「女をあてがえ、あるいは女が配られるような社会にしろ」という意味合いではないにせよ、そのような主張に同調してきたわけです。

しかし、彼らの言っていることにはいくつか間違っていることがありますし(特に日本に当てはめた場合は)、また彼らの結論のように女性の地位向上や社会進出を抑制して結婚できる男女を増やしたとしても、おそらく問題を解決することにはならないだろうというのが私の考えです。

まあ私は夫婦生活における夫側の権利が完全に確保されるまで結婚を目指しても意味がないと思っているのですが、彼らの主張を放置しておくわけにはいかないので、今回あえて述べさせていただきます。

「自分と同等以上」だったら、どんなに良かったことか

そして上昇婚志向があるにせよ、年収100万の女性にとって200万稼ぐ男性は足切りラインを超えています。女性の平均年収は一生を通じて300万円を超えられませんから、年300万円以上稼ぐ男性は「女は金目当て」なんて考えなくてもいいのです。とっくに審査の足切りラインは超えているのですから。

これは女性コメンテーターが結婚を望む男性に向けて言っていることなので信じても信じなくてもいい話ですが、仮に女性に「自分と同等以上」の人しか「異性の人間」として見られないという本能があったとしても、確かに理屈の上ではこうなります。あくまで理屈の上ではね。

ところが、こんな話もあるんです。

それなのに、だいたい面談でお話すると、ご自分から「普通ってどれくらいですか?」と聞いてきたにもかかわらず、600万円以上を希望する方がいまだに多くいます。
彼女たちのなかには、私がいろいろなデータを渡して説得しても、なかなか現実を受け入れてくれない強者も4割くらいいます。
結婚相談所へお越しになる女性は、保守的なタイプの方が多いため、安定志向の傾向があります。そのため、男性に求める基準が高くなってしまうのでしょう。また、将来の妊娠や出産を考えた場合、女性はどうしても安定を求めがちです。
仮に、1人300万円の年収で生活していたとしたら、夫婦2人で600万円。女性が妊娠・出産し、その後はたらけなくなったとしても、その600万円のラインは保っておきたいと思うのでしょう。

あえて太字にした部分の指摘はかなり重要です。つまり日本の女は結婚して家庭に入っても結婚前と同等の生活水準を保てるように、「自分と同等以上」どころか「自分の倍以上」の年収を求めてきたわけです。

昭和~平成初期の夫婦は「パワーカップル」だらけだった

女性が社会に出て働くことを良しとしない反フェミニズム側の論客は、きまって「女性の地位が上がれば上がるほど、上昇婚志向によってより地位や年収の高い男を選んで結婚するようになり、結果的に相当な財産を持ったパワーカップルしかいなくなる」という観点から女性の活躍に反対し、家庭回帰を訴えてきたわけですが、ここまで述べてきたように日本の女性は、特に家庭に入る願望があればあるほど結婚相手となる男に「自分の倍以上の年収」を求めてきています。すなわち、今の若い世代にとってみれば(働く男女の所得格差は未だ大きいと言われますが時代を経るごとに縮まっているのもまた事実ですし、ある調査では20代男女における所得格差はすでに存在しないという結果も出ているようです)、むしろ女性の社会進出が進んでいなかった(結婚後も働く女性が少なかった)時代の夫婦のほうが相当な財産を持っていたパワーカップルだったのではないかと勘繰れるんですね。

それでも、今よりは晩婚化も進んでおらず婚姻率は総じて高かったわけですから、何らかの形で男性側に所得保障がなされていたことは間違いないでしょう。ではそれはどのように保障されていたのか?まあ考えられるとすれば、「年功序列型賃金」でしょうね。つまり20代では女社員と同等くらいしか稼げなかったとしても、30~40代では婚姻適齢期女性の倍近くまで所得が上がっていたことによって女たちが求めてきた年収をクリアできるようになっていたわけです。事実30代男性と20代女性によるカップルは、「年の差婚」という言葉が流行る前から、珍しいものではありませんでした。

無論これは、必ずしもいい話とは言えません。多くの働く男性は、その「倍の所得」を得るために、「24時間戦えますか」に代表されるような超長時間労働、ないしは転勤・単身赴任・出張を繰り返す勤務形態を行ってきたと言われます。これは男性が趣味や家族のことにほとんどリソースを割けなかったことをも意味し、また女性(特に専業主婦)の消費力を押し上げていった欠かせない要因になっていました。夫が職場の一階にあるコンビニの500円弁当で昼を済ませている間に、妻は女友達と2000円のランチを楽しんでいる、そんな現象さえ一時期には起きていたとも聞きます。

そしてもう一つ指摘しなければならないのは、「年功序列型賃金」がまかり通っていたのはあくまでも正規雇用の話だったということです。派遣や日雇いで働く男性たちは当然30~40代でも20代女性社員の倍なんて望めるものではありませんでしたし、とりわけバブル崩壊以降の日本では、雇用の流動化政策とも相まって非正規雇用の割合は年々増えていきました。特に私の世代になると、「フリーランス」だの「ノマドワーカー」だの言う、いわば職場を転々とする働き方が持て囃されましたし、それにホイホイついて行って今でもそういう働き方をしている友人は「結婚したいと思うことはあるが、婚活サイトに登録できる収入にはまだまだ足りないし、仕事ももうちょっと落ち着いてくれればデートやお見合いとかの余裕が出てくるかもしれないけれど、そうもいかないからなあ」と言います。

その意味で、夫婦共働きを推進するプロパガンダに、「倍以上」から「同等以上」へ女側の条件をむしろ引き下げる効果があったということは、否定できないと思います。

今後、結婚を望む女たちの「片働き回帰」は、さらに進むかもしれない

しかし、今後の状況はかなり厳しいことになると思います。すなわち若い女性たちの間で、社会進出願望や共働き婚の選択はむしろ「諦める」方向に進むことが予想されるのです。

女性を取り巻く状況は大きく変化していますが、中でも大きいのは、女性が経済力を求められるようになったことでしょう。
日本では、お金を稼ぐことが長い間『男性の仕事』であり、女性の社会的な評価にとって大きな要素ではありませんでした。なので、不景気になって労働者の環境が悪化しても、女性の自殺率は男性ほど影響を受けませんでした。
その後、女性の社会進出が進んだことで女性にとっても経済力は重要だという感覚が広まりました。それ自体は正しい方向だったと思います。ただコロナ禍で社会の経済状況が悪化した時に、『自分の役割を果たせていない』と感じる女性が増えたのだと思います

これは厄介なことになったと思います。女性たちが共働きや独身を選択することによって経済力が求められるようになり、自殺者数が増えているのであれば、その下の世代でそのような生き方を忌避する傾向は確実に強まるはずです。4月にあったAbemaTVの西村博之の発言ではありませんが、専業主婦であれば楽に暮らせると考えている未婚の女性はまだまだ少なからずいます。

このことを、既存の反フェミニズム勢力はむしろ歓迎するでしょう。女性たちが自ら家庭に戻ろうとしているわけですから、それなりの地位の男にも女が回されるようになり、婚姻率が上がって、少子化も改善する、そんなことが見込める、つまり…

子供が増えるよ!やったね反フェミちゃん!

はい。これはもちろん、我々マスキュリズムにとっては最凶最悪のシナリオです。家父長制2.0だとか男らしさ2.0だとかいう規範も広がっていますが、女性たち自身の手で、かつての性役割が擁護されることになるのです。また片働き夫婦を増やすのであれば男性の所得向上もセットでやらなければ、一握りの高所得者に多数の未婚女性が群がる構図になり、非婚少子化は今よりも却って悪化することも十分に考えられることです。もちろんこれは、マスキュリズムとして全く賛同できない提案ですし、今まで雇用の流動化を推し進めてきた政府にそれができるのかという強い疑念もあります。

エリートフェミニズムにとっても敵わない流れ

さらに言っておかなければならないこととして、エリートフェミニズム、すなわちリベラルと結託してアカデミアの中で力をつけてきたフェミニズムでさえも、今後は共働きプロパガンダを流せなくなるということです。詳しくは後々の記事で説明しますが、反フェミニズム側の論客の多くは(特に年配になればなるほど)、女を社会に出したことを問題視して、エリートフェミニズムばかり叩いてきたわけですが、そうした批判が通用しなくなる時代が、もう目の前に迫ってきているのです。

【2021/1/24追記】最後まで読まれた方へ

私の記事について、この記事だけよく読まれているようなので、どうか他の記事も読んでいただきたいと思います。特に下の記事は本来これの続きとして書いたものであり、今私が最も言っておきたいことでもあるため、是非とも読んで下さりますよう、何卒よろしくお願い致します。