見出し画像

3年前に起きた「奇跡の法改正」と、再改正の足音

さて、順番が前後しましたが、まだ「マスキュリズムとは何か、何を目指しているのか」について説明していませんでしたね。これは他のマスキュリズム系アカウントでもあまり明示されてこなかったことなので、前提知識として持っておくことが必要になっています。特に、この記事とか

「マスキュリズムの世界に入ることはお勧めできない!」とか断言しちゃってるわけですから、初心者には何が何だかわからないでしょう。

基本的な考え方としては、「現状女性にだけ認められている権利を、男性にも認めさせる」というところに帰結します。身近な例では女性専用車両やレディースデーに対して男性専用車両やメンズデーの普及がそれにあたりますが、もっと法的、政策的な観点で見ても、男性に確保されていない権利というのはたくさんあるのです。

前回でも紹介した久米泰介氏のサイトにおいては、次のような記述があります。

どのようにして政治目標を達成するか

男性差別をなくしていくマスキュリズムは、フェミニズムと同じように様々なアジェンダがあります。

・男性の育児休暇、育児をする権利、離婚後の共同親権などの立法化
・男女の自殺率の格差の改善 (具体的には男性によりメンタルケアの福祉サービスを国のよって行う)
・男性の性被害のケア、立法化
・戦争、徴兵などの男性の身体的な消費への規制、平等化
・男性DV被害者の支援
・男性のリプロダクティブライツ


これらを実現すつためには学術的研究とその研究組織が必要になります。
フェミニズムで言えば、全米女性機構や全米女性学会、日本女性学会のような学術会が必要になります。

特に大学での学術論文を増やし、研究者を増やしていく必要があります。
そうしない限り、そもそも「男性差別がない」という検証を誰もしない仮説が維持されることになります。
学術的に「男性差別」がないのは、男性差別を認識し、批判している人による学術論文が書かれていない、または通っていない、それだけです。

この太字部分が政治的な目標といえば目標なのですが、今回はその中核に位置する、「男性の性被害のケア、立法化」を中心に話していきたいと思います。

マスキュリストなら知っておくべき「男性の性被害」の問題

久米氏がマスキュリズムの活動を始めて間もないころ、一部の主張が日経ビジネスに寄稿されていました。現在は削除されており、ほかのページでは一部再掲されたものもあるようですが、久米氏のサイトに魚拓が保存されています。

今回は、「男性への性犯罪・性的虐待」について取り上げたい。刑法上、日本では男性の強姦被害者は規定されていないので、統計上は「ゼロ」である。しかし、男性や少年の性被害(加害者は男性の場合も、女性の場合もある)は、女性被害者と比べて極めて少ないというわけでは決してない。にもかかわらず、我々の社会は「児童への性被害」と言った時、少女を中心として考えてしまう。少年への性犯罪はそれでもまだ認識されてはいるが、成人男性への性犯罪は、そもそも存在すると理解されているのかさえ怪しい。
問題は2つある。一つ目は、少年の性的虐待への認識が低く十分なフォローがされていないこと。二つ目は当然のことだが、男性に対する強姦を犯罪と定める法が整備されていないことだ。

この当時の刑法において、性犯罪を規定する条文は次のようになっていました。

刑法第百七十七条(2017年改正前)
暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

現在でも男性の性被害についての社会的認識はほぼ皆無ですが、この条文はそれに更なる拍車をかけ、被害者たちを絶望に陥れてきました。被害にあったとしても、犯罪とすらみなされていなかったのです。フェミニストらは今でも性犯罪への理解や取り締まりは十分でないと言いますが、それが最低限に取り締まられることだけでも、あるいは女性専用車両など未然に防ぐ対策が取られることだけでも、「男の被害者」から見れば、女は、十分すぎるほどの優遇を受けていたと言えます。

余談ですが、女性専用車両の問題はnoteだとokoo20という方が積極的に提起しているのですが、彼はこうした「男性への性暴力が無視されてきたこと」には一度たりとも触れたことがありません。「無視されてきた」という前提があるのとないのとでは、女性専用車両の正当性には大きな差が出てきますし、この事実に言及しているだけでも、以下のような主張の説得力にはかなりの違いが表れるでしょう。はっきり言って本当に残念なことです。

「一筋の希望の光」となった、2017年刑法改正

この性犯罪に関する規定は、2017年の改正で次のように変わりました。

刑法第百七十七条
十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

勿論のことですが、この改正にマスキュリズムが関わっているとはあまり考えられません。どちらかというとLGBTQからのロビイングがあったのでしょうが、これまで泣き寝入りを強いられてきた「男の被害者」にとって、奇跡とでもいうべき、一筋の希望の光とでもいうべき改正になったわけです。

私が全くアーカイブを残していないのが本当に残念ですが、この改正前後から、「ネット上、特にTwitterで男性差別を訴えるアカウント」に新しい勢力が現れました。すなわち「性暴力被害を受けた男性」のアカウントです。しかしこのようなアカウントはすぐに、フェミニズム側のアカウントから執拗な攻撃をけることになりました。まさに「セカンドレイプ」というやつです。現在ではほとんど凍結され、残っているアカウントは皆無だと思われます。

また、こうした「男性の性暴力被害者」のアカウントには、okoo20氏のフォロー・フォロワーも少なくありませんでした。だから、彼も「男性の性被害」について、知っていないはずがない。あえて言及を避けているのには、何があるのでしょうか…

2020年、迫りくる再改正

ところで、この改正については、次のような附則が設けられました。

附則第九条
政府は、この法律の施行後三年を目途として、性犯罪における被害の実情、この法律による改正後の規定の施行の状況等を勘案し、性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。

実際に施行三年後となる今年、法務省に「性犯罪に関する刑事法検討会」が設置され、そこにラディカルフェミニズム団体が改正草案を持ち込み、本格的な議論が始まりました。

また、実はマスキュリズム側も、この検討会に対して提言を行っています。内容はフェミニズム側とほとんど変わらないものではありますが、久米氏が日経ビジネスへの寄稿で主張していた内容も盛り込まれています。ただ、「少年少女型ラブドール規制運動」を見てきた人たち、表現の自由に関する懸念を持っている人たちにとっては、少し気になるような提案もなされているのは事実です。

「タイトル未設定」と表示されていますが本来のタイトルは『男性の性暴力被害について』です。あとPDFファイルになっているので非対応のブラウザで閲覧している人は注意してください。

小学校高学年~中学生というのは、そのように自身の性に出会い、戸惑いながら探索を始める年代でもある。そのような時期に、たとえば部活の先輩-後輩の関係性の中で性器を触る・触らせるということや、性器を舐める・舐められる、自慰行為をさせられるなどの性的な関わり(いじめの一部であることも多い)が存在する。特にこのような行為が初めてであった場合、された側はその行為が何であるのか定義できず、大きな混乱を抱えることとなる。また、先輩-後輩という立場がある中で行われると、表立って抵抗できなかったり、逃げられなかったりして、自尊心の大きな傷つきを負うことが考えられる。
自身の中で、上記の行為の意味がつかめず混乱の中にいると、苦しい思いをしていても誰かに相談することができない。自身の受けた行為を「被害」と捉えることすら難しい。そうすると、自尊心の大きな傷つきや混乱、怒りなどを一人で抱えたままその後の人生を歩むことになり、精神的なダメージも大きい。 このことから、男性の性暴力被害の現状から鑑みても、性的同意年齢の引き上げを提案する。この刑法改正の議論が広く社会に周知され、義務教育内で十分な性教育が行われることを強く望むとともに、その前提がかなえられるならば、これまでの国内での議論を踏まえて、せめて義務教育終了後とすることが妥当ではないかと考える。
(略)
加害者が女性の場合、男児が受けた被害を「被害」と受け止めることは一層難しく、被害者は自分の本当の感情を否認し抑圧しなければいけない。
子どもにおいても、男児への性的虐待は女児への性的虐待よりも認知度が低いが、上記のような複雑かつ多岐にわたる影響を長期にわたって及ぼす。男児への性的虐待の実態を鑑みても、子どもに対する犯罪に対して加重処罰を設定することは、相当なことであり、また、虐待の予防にもなり得る。「子どもへの性的虐待を許さない」という国家としてのメッセージを伝えることにもなると考える。

この提案はフェミニズム側の出した改正草案においては「若年者性交等罪の新設」に相当します。

この提案が実現するように法改正がなされたからと言って、すぐに表現規制に関わるところで動きがある、ということはあまり考えられないでしょう。しかし、前回から指摘しているように、少なくともマスキュリズムを主導している久米氏はこの提案をさらに表現規制の問題につなげようとしているのは間違いありません。

マスキュリズムはこの先、男性の性犯罪の防止や性的搾取にも(今も)取り組んでいるが、おそらく性の商品化レベルに取り組むのはもう少し先になる。何しろ現状は男性へのレイプや少年へのレイプが犯罪であるということとそのケアをしている段階なのだ。
日本は、西洋に比べると、男性に対するレイプはまだ件数は暗数が不明な状態だが、性の商品化などの人権侵害は西洋に比べてもあからさまに多い。もちろんそれは日本が男女両方性の商品化が、なぜか多いのかもしれないが、女の性の商品化は常にフェミニズムが批判しているし、規制を結果としてかけている。男性はそれがされていないため、男性は性の商品化で傷つけられつつ、その十分の1程のミスコンやら女アイドルやらの性の商品化で(もしかしたら、そうでないと信じているが)買い手かもしれないフェミニスト(男性を性の商品化して搾取しているものをフェミニストに入れていいのかは疑問だが)に批判をされているいびつな状態だ。

この刑法改正草案は、おそらく年末までに大筋がまとめられ、来年の通常国会に提出されるでしょう。私はこの改正案に、積極的に賛成だとか反対だとか言うつもりはありません。あくまで、表現規制の点で懸念を感じるならば、それに対抗しうるほどの提案が必要だ、と思うのです。