君とみた空

私は空を撮り続けている。

小学生の頃、おもちゃのカメラを買ってもらった。
おもちゃと言ってもちゃんと現像できるものだった。
自分の見ている景色とカメラの窓から覗く景色は少し違って見えた。
現像すれば過去に見ていた景色がよみがえり、
思い出と一緒に帰ってきたようだった。
それから私は写真を撮ることに夢中になった。

高校生の時には写真部に入り、コンテストにも参加した。
大きな賞を獲れたりとかはなかったけれど。
それでも、プロの方の指導を受け、評価をもらうことができた。

大学も出て、それこそプロのカメラマンになるのか
と聞かれることは多かったけれど
プロになるつもりは全くなかった。
趣味で続けて、ファインダー越しの景色を楽しみたかった。
評価や感想が欲しくないわけじゃないけど、
それよりも自分の表現を楽しみたかった。

彼と出会ったのは、大学2年生の時だった。
接点は全くなかったのに、自動販売機の前で仲良くなった。
カメラを首からぶら下げたまま飲み物を買おうとしていた私に
声をかけてくれた。

「写真サークルの人?立派なカメラだよね。
カメラ詳しく分からないんだけど、一眼レフってかっこいいなって思って。」

かっちりした体格に似合わず目をキラキラ輝かせて
興味深々といった表情。
思わず吹き出してしまった。

「ありがとう、私もこのカメラ気に入ってるの。かっこいいでしょ」

笑ったまま答えてしまって声が震えた。
そのまま写真の話になり、どこでどんなものを撮っているのか
と質問を受けた。
あまりにも食いついてきてくれたので休日の撮影に、
良かったら、と誘ってみた。
二つ返事で答えてくれた彼に時間を伝えて別れた。

撮影のために電車で3時間ほどの場所へ向かった。
そこは少し歩けば海があり、少し大きめの公園もある。
彼に説明をしながらカメラのレンズを覗いた。
見えた先の空がとても青くて、
真っ白く柔らかそうな雲が魅力的に感じてシャッターを切った。
ひとしきり撮って休憩の合間にデータの確認をした。

「この空、すごくきれいだね!
ほかの写真も上手なんだけど、空の写真がなんかぐっとくるかも!」

写真のことはわからないけど、
なんて照れて笑いながら話す彼の言葉はいつも真っ直ぐだった。
彼との時間が少しずつ増えていって、
たくさんの場所へ写真を撮りに出かけた。
恥ずかしいと言いながらも被写体になってくれて、
人物撮影の練習にも付き合ってくれた。
次第に彼の存在は大きくなっていって、気持ちを伝えようか迷った。
彼はカメラに興味を持って関わってくれたのに、
私が気持ちを抱いてしまったことを知ったら困ってしまうかも。
ずっと悩んだまま時間は過ぎた。悩まずに伝えればよかった。

朝陽を撮りに行こうと彼が提案してくれた。
まだ陽が昇らない時間に待ち合わせた。
いくら待ってもいくら連絡しても、彼からの返事は無かった。
電車が動きだし人も増えてきたころ、電話が鳴った。

音が止まった。なにもかも。

今日会えるはずの彼は、道端に倒れたままこの世を去った。
飲酒運転した車が猛スピードで彼に突っ込んだそうだ。

私はそのまま家に帰った、どう帰ってきたか分からない。
明日は何日だったっけ。何曜日、あぁ日曜日だ。
思考回路がまるで機能していないのではと錯覚する程に動けなかった。

後日、自宅に彼の母親が訪ねてきた。
一通の手紙を受け取った。

『朝陽を一緒に撮りに行く約束ができた時、うれしかった。
1人だといけないから友達誘おうと思ってるって聞いたとき、
チャンスだと思ったんだ。
カメラに興味はあった、でもそんなの後付けで
夕方に風景写真を一生懸命撮る姿を何度も見かけて気になったんだ。
どうやって声をかけようか悩みながら声かけたから不自然だっただろ?
やらかしたと思ってたら、笑ってくれたからホッとしたの覚えてる。
近づいた理由が不純だったから、幻滅させたかな。
でも、気持ちは伝えた。
もし撮影見に来ないでほしいって思ったら言ってくれて構わない。
これも伝えたと思うけど、邪魔するつもりはないんだ。
あと俺、やっぱり空の写真が好きだよ、
どの写真も好きだけど空の写真が好きだ。
もっと見せてもらえたらいいなって思ってる。』

間接的に聞いた彼の訃報が本物になった。
彼はもういない。とめどなく涙が流れた。彼はもういない。

これ以上動かないわけにいかない、そう思ってひたすら動いた。
タイミング関係なく涙腺は緩むけど、毎日堪えた。
大学卒業後は、一般企業に就職した。
撮影は続けているし、
友達とも遠出したり趣味としてしっかり楽しんでる。
ただ一つ決めたことがある、必ず空を撮ること。
いつか彼に会えた時に、
少しでも空の写真を見せられたらと思ったから。


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前回に引き続き、テーマをいただいての書いたものです。
テーマは「切ない話」

少し間は空いてしまいましたが、いかがでしたでしょうか。

話を書く理由は、
頭の中に浮かんだ映像を言葉に起こすため。
少しでも面白いと思っていただけたら幸いです。

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