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はじめての日記①(カニを食べたいならカニを買えば良いじゃない)

私にはきのこ帝国を聴きながら蝋燭を灯す夜もあれば半額の巨大肉を焼肉のタレで焼く夜もあるし、詩集を読む夜もあればガキ使の切り抜きで爆笑してる夜もある。

その全てをお前たちには教えませんよ、
ということ。

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カニのお刺身がとても好きなので、はじめて通販で買ってみた。

カニを食べたいならカニを買えば良いと気づくまでに25年もかかってしまった。

本体と一緒にカニの同人誌みたいな小冊子が付いてきたのだが、消費者の声のコーナーに「日本海に行くことを考えたら、ずーっと安くて満足♪(50代女性)」と書いてあった。

私はそれなりにカニ好きだと自負していたが、漁に出ることを検討していた人には負けるかもしれないと思った。

でも私は胸を張って好きだと言い続けますよ。
「好き」は私の中での絶対評価で、それはぽっと出の狂った主婦に脅かされるべき感情ではないので。

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最近買ったものと言えば、たこ焼き器も。
ガスボンベでガンガン焼くタイプのやつで、たこ焼きに飽きたらアヒージョやベビーカステラを作って食べた。

私は東京で一人暮らしをしており、地元の友人はほぼこちらにいないので、必然的に1人で焼いて食べているのだが、友人にこの話をしたら「お前は生活がうまい」と言われた。

私は片付けが苦手なので部屋は散らかっている※が、魚焼きグリルをトースター代わりにパンを焼ける鈍感さや、意味もなく1週間断食をする胆力や、朝5時に起きてベランダでシャボン玉を吹く余裕を持っていて、これらをまとめて生活と呼ぶのなら、確かに私は生活がうまいのかもしれないと思った。

......本当ですか?

※部屋の汚さをよく「泥棒が入った後みたい笑」と形容するが、私の部屋は「忍び込んだ泥棒が後悔で涙し、そのDNAから逮捕に至る」と言われている

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10年来の仲の良い友人が、恋人と同棲するために東京をでて地元に帰ってしまうらしい。

彼女は焼肉の食べ放題で頼みすぎてしまった時、店員さんに悪いからというたった一つの理由で、残すのではなく1度吐いて胃を空にしてから食べる、という選択をするので非常に信頼している。
(全く吐けずに涙目で帰ってくるところまでがセット)

核兵器(彼氏)を「持たず、作らず、持ち込ませず」

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「怒る」ということについて考えている。

前提、私はあまり人に本気で怒ることがないが、それは“優しいから”ではなく、逆に“相手に期待してないから”でもなく、“プライドが高いから”なんじゃないかと思っている。

「プライドが高い人は怒りっぽいだろう。それが傷つけられた時に怒るはずだ」と言われるかもしれないが、私の中ではプライドが傷つけられたということを認める方がそれ自体よりよっぽどプライドが傷つけられる、と思っている。

つまり、私は被害者になりたくないのです。
(ひいては第三者目線で、あの人は被害者なんだな、と思われたくないという考え)

例えば、私が全くの不当な理由で恋人に浮気されたとして、泣いて喚いて怒らない理由は
「私は浮気されるに値する人間だった」
「大切にされない人間だった」
「こいつは裏切っても良いと判断されていた」
といった事実に正面から向き合えないから。

怒りは、自分が軽んじられた事実にちゃんと向き合った上で湧く感情であって、その労力はそれはもーーーーー半端ない。怒らずに(被害者になってしまったことを認めずに)、許して優しい人間を偽装していた方が楽なんですわ。

ヒステリックに怒れる人の方がよっぽど素直で強くて可愛いね。

自分を騙すことばかりうまくなっても。

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おしまい。

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