高橋順子『夫・車谷長吉』

書店の新刊棚に『夫・車谷長吉』の文字を見つけ迷うことなく購入をした。
最近は読書に割ける時間が増えたので、本日読んだ。

車谷長吉のことは映画『赤目四十八瀧心中未遂』で知ったのが先か、それとも朝日新聞の所謂読者のお悩み相談に答える『悩みのるつぼ』で知ったのが先だったろうか。

当時SNSでも話題になっていたが、「悩みのるつぼ」で「私は教師で、生徒を好きになってしまうがどうしたら良いか」といった趣旨の相談に対し、「いっそその生徒どデキてしまえば良いのです」と言う、部分的に読むとトンデモとも捉えられかねない回答をしたのが印象的だった。
しかし、回答全文を読めば車谷長吉が人生の深淵を目を逸らすことなく見つめることへの真摯さを読者は感じたように思う。

車谷長吉の「悩みのるつぼ」回答は、当初はショック療法的なものが多かったが、終盤では毒気といえば良いのだろうか。そのような気迫は徐々に薄れていった印象を受けた。
『夫・車谷長吉』には、そのあたりの時期の出来事についても触れられている。

車谷長吉の著書で、「嫁はん」と称され記述される高橋順子さんのことは気になっていた。
車谷長吉の文体や経歴から、妻である女性はどのような人なのか、と単純に興味があった。

『夫・車谷長吉』を読み始めて、出会いと称して良いのか分からない2人の馴れ初めが、既に文学に生きる人間たちのものであると思わざるを得なかった。
その後、長吉の芥川賞の受賞を逃す場面や脅迫神経症を患う場面、直木賞を受賞したり、私的なことを作品として扱うことによる人間関係のトラブルなど、波乱万丈という一般的な表現は似つかわしくないかもしれないが、その様な出来事が綴られている。

しかし、何故だろう。
この作品で特に印象的なのはこのような長吉の生前から皆が作品から知り得ることもあった劇的な2人の物語というよりは寧ろ、2人が句を詠みあい、歩みを共に登山やお遍路をする様子などだ。

そしてなにより、2人が一つ屋根の下で互いの作品の完成した時に真っ先にお互いに見せ合うひそやかな「儀式」。

勿論、それは辛い現実の中の一部の出来事かもしれない。しかし、高橋順子さんの書く2人の出来事の尊さを思うとこの2人は一緒になるべくしてなった2人だ。と思わずにはいられない。

順子さんが長吉の作品で1番好きだと言う、2人で飼ったカブトムシの話『武蔵丸』。
未読なのでぜひ読んでみたい。





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