PEACE of cake

平和とは、

「ねえ」

平和とは、

「何？」

平和とは、

「だーかーらー、」

平和とは。

「進路、決まったの？って聞いてんの。」
「いまね、平和ってなんだろうって考えてて…。」
「話聞けって。」
「へへ…」
「さては、決まってないね。」
「うーん…スーパーヒーロー、とか？」
「は？」
「嘘、冗談。」
「だよね。」

嘘でも冗談でもない、って言ったら、みんなどんな顔するだろう。驚くだろうか。呆れるだろうか。もしかしたら、真面目に考えろー！って、怒られちゃうかなあ。

「そもそも平和を守るって言ってもさ、平和ってなんなのよ？って。」
「平和っていうのはさ…」
「うん。」

言いかけて、やめた。高い太陽に照らされてできた自分の影の方が堂々としているようで、なんだか悔しい。

「やっぱいいや、」
「なんだよ、それ。」

高校2年生の夏。
何にでもなれる夏。
何にもなりきれない夏。

ひまわりばかりが明るい帰り道、気だるい熱波を纏いながら歩いた。隣の彼女は、パティシエになるのが夢だと聞いた。製菓の専門学校に進学するつもりだ、ということも。

「そろそろ、決めなきゃやばいよね。」
「やばいってことはないけど、不安にはなるよ、きっと。」
「それって、私にとっては結構やばい、ってことじゃん？」
「確かに、そうかも。」
「…とにかく平和にいられれば、何でもいいや。」
「…平和学部平和学科平和学専攻、探す？」
「そこ単願で受けるわ。」

顔を見合せて、けたけたと笑った。今までの笑いとは何かが違った気もしたけれど、それでも笑わないとやっていられない気がしたから。

「かき氷食べたい。」
「アイスでも可。」
「そもそもアイスとかき氷って、何が違うの？牛乳の有無？氷の量？夏に食べるかどうか？」
「あ、違うところ１個知ってる。言ってもいい？」
「いいよ。」
「温度。」
「温度？」
「そう。どっちが冷たいと思う？」
「そりゃ、かき氷でしょ。」

かき氷といえば、夏だ。夏といえば、かき氷だ。
お祭りに行けば必ずある。海の家にも大体ある。お洒落なカフェでも売っている。

「ぶぶー！！」
「アイスの方が冷たいってこと？」
「そ。かき氷は氷だから水だけど、アイスは色々入ってるから、0℃より低くないと溶けちゃうんだって。」
「さっすが。」
「たまたまだよ。たまたま。」

コンビニで買ったパッキンアイス。ぱっきり半分にして、2人で分けた。蝉がうるさい。クラクラし始めた鼓膜には、アイスの冷たさは効かない。

「私、色々考えすぎちゃってんだわ。」
「何を今更。」
「だから、どっちかっていうとアイスタイプ？」
「なにそれ。」
「ほら、色々考えすぎちゃってるから雑念が入ってるせいで、融点下がっちゃって、熱くなると一瞬で溶けちゃう的な？」
「上手いこと言った風！」
「それに比べて、かき氷タイプはいいね。純粋にその道まっしぐら！って感じだから、熱くなってもモチベ保ちやすそう。」
「私は昔から、パティシエになりたいのよ。ほんと、こーんな小さい頃から。」

ニヤッと笑って、すっかり空になったアイスのパッケージをぎゅっと潰しながら、彼女は言った。

「もしパティシエになったら、あんたのためにケーキ作ってあげる。」
「え！ほんとに！」
「うん。そうだなあ…あ、アイスケーキにする？」

今日の彼女は、いつにも増してイタズラっぽい。そのせいか、夏が余計によく似合っている。ポニーテールが揺れる度、入道雲がもく、もく、と増えていく気がした。

「じゃあ私、そのアイスケーキを守る保冷剤やるね。」
「はあー？なにそれ、働け？」
「保冷剤として、アイスケーキの平和を守る。」
「守ってもらわなくて結構。あんまり役に立たなさそう、すぐ溶けるから。」
「ひどーい！」

進路が保冷剤なんて、頭が空っぽにもほどがある。でも、私はずっとこの空っぽな時間を生きていたい。頭が空っぽでも、熱くなって溶けちゃっても、正直なんだっていいや。

「ずーっとこのまま、いられたらいいのになあ。」
「無理だから、そんなの。」
「現実的〜こんなときばっかり。」

パッキンアイスの愛しく安っぽい果汁が、手のひらに突っ張るように甘く膜をはっているせいで、べたべたする。背の高い太陽は水分だけをきっちりとばして、しつこいお砂糖だけが残ってしまった。そんなどうでもいいことさえも、全然どうでも良くない、今年の夏。

「ねえ、」
「ん？」
「大人になっても、こういうことしようね。」
「もちろん。」
「その時は、ケーキも作って持ってきてね？」
「何それ、わがまま〜。」
「そう言わずにさあ！」

大切な人とケーキを囲む未来が約束できるのだとしたら、それこそがきっと私にとっての平和だ。ショートケーキだったとしても、チョコレートケーキだったとしても、もちろんアイスケーキだったとしても。

「ケーキのために、早く進路決ーめよ！」
「自分のために決めろ？」
「お易い御用！」
「ほんとかよ。」

スーパーヒーローになれなくっても、ふたりのケーキは守らねば。
アイスケーキに未来を託した、高校二年生の夏。それくらいが、案外ちょうどいいのかもしれない。

...end

a piece of cake ：たやすいこと、簡単なこと