見出し画像

表に現れたのは化け物でした。

タイトルを見て風俗レポかと思った皆さんこんにちは。私のような「風俗で童貞卒業したブログ」を読み漁るのにハマったことのあるような人間が考えそうな発想です。ともかく、先のように思った方々は非常に失礼です。反省してください。ここから先は思考停止で目を通してくださいね。約束ですよ。
よく過去の失敗が突然チラつく時があるのんですけど、半年周期くらいで公転してるやつに「高校のときに納得のいかない表現をしたこと」が居て、今思うと、その表現誤解しか与えてない可能性あるなと思うわけです。その衛星が回り始めてから、正確な表現もしくは納得のいく表現を使いたくなる癖が出来てしまったわけです。

本当は色々な表現を口に出してあーだこーだ言いながら最適解を見つければ良いんでしょうけど、少し距離感がある人や後戻り出来ない場面ではそうもいかないわけです。あーだこーだにはまるっきり違う意味に取れるやつもいるわけで、しかもそれが他人に印象的に残りやすいとなると、もう最悪です。所謂「失言」の類はこういう場合もあるんじゃないかなと思ったり思わなかったり。そんな「化け物」の扱いには一生困らされるでしょうね。

どんなに自分なりにクリティカルな表現をしても、受け取る側の思考の範囲だとクリティカルになり得ないときがあって、それは共通認識があるかどうかとか、思考のプロセスの方向性が似てるかどうかとかに依存するわ、自分に都合のいい情報しか取り入れないがちな人間にとっちゃ尚更曲解しうるよなと思うわけです。そもそも、クリティカルだと思いたいのも都合が良いのだけかもしれないですね。

それでもクリティカルな表現を求めたいのは自分の中にあって、それって物語の一部であれば十分なのかなと思ったりもするわけです。好きな曲とかあると思うんですけど、字面だけ見てると、好きな表現となんとも思わない表現があったりするわけじゃないですか。でも好きなフレーズがあれば、その曲は好きになれる。面白い人がずっと面白いこと言い続けてる訳ではないように、山あり谷ありでいいのかなって。響く言葉も人それぞれ違いますし。あ、ここで「人それぞれ」とかいう便利な言葉使いたくねー!ってなるわけです。

かといって僕が便利な言葉を使ってるときに、こいつ適当に喋ってるのかと思わないでくださいね。全力疾走し続けると疲れちゃいますし、信頼してこそのですからね。モノは言いようだとか言わないように。

ここまで目を通してくれた人が、僕との約束を破ってくれてますように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?