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『燃ゆる女の肖像』撮影監督クレア・マトンインタビュー

 ついにこの日がやってきました! 『燃ゆる女の肖像』、いよいよ12月4日公開です。私の2020年ベスト映画です。早く皆さんの感想を聞きたい気持ちでいっぱいです。

 公開を記念して、撮影技術に関する専門誌Film & Digital Timesに掲載された撮影監督クレア・マトン(クレール・マトン)のインタビュー記事の邦訳を掲載したいと思います。

 クレア・マトンは1975年生まれ。パリ国立高等鉱業学校で映画を学び、これまで数多くの短編映画、ドキュメンタリー、長編映画に携わってきました。

主なフィルモグラフィ
2009『南へ行けば』セバスチャン・リフシッツ
2009『彼女は愛を我慢できない』ヴァレリー・ドンゼッリ
2012『黒いスーツを着た男』カトリーヌ・コルシニ
2013『湖の見知らぬ男』アラン・ギロディ セザール賞ノミネート
2015『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』マイウェン
2016『垂直のまま』アラン・ギロディ
2018『今さら言えない小さな秘密』ピエール・ゴドー
2019『アトランティクス』マティ・ディオプ
2019『燃ゆる女の肖像』セリーヌ・シアマ セザール賞、リュミエール賞、その他多数受賞

 2019年にはエリック・ボードレールのドキュメンタリー「アン・フィルム・ドラマティーク」の撮影を一部担当しました(今年2月に森美術館で特別上映されました)。現在はセリーヌ・シアマ監督と再び組んだ新作「Petite maman」の撮影に入っています。

 また2010年には東京都が主催するアーティスト・イン・レジデンスプログラムで2ヶ月間都内に滞在して製作を行っていたこともあります。(完全に余談ですが……このプログラムは石原慎太郎都知事の発案で始まり、税金の無駄遣いとか公私混同とかさんざん叩かれたのですが、ヴィック・ムニーズ、カールステン・ニコライ、ディン・Q・レ、コブラら後のスターが来日していてけして無駄ではなかったと思っています……余談でした……)

 それでは以下に記事を翻訳します。

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ルーヴル美術館

 本作の舞台は18世紀、若い女性の肖像画を描くように依頼された画家の物語です。私たちは18世紀の絵画を参考にする必要があり、ルーヴル美術館に通いましたが、それは直接的な参考文献を探していたわけでも、特定の画家の真似をしようとしたわけでもありません。絵画から受けたインスピレーションは18世紀の作品に限られたものではありません。絵画の持つ豊かな色彩や存在感に心を打たれました。

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ルック

 18世紀のルックに忠実でありながら現代の映画に必要な画質を精緻に追求するため、Leitz THALIAレンズを搭載したRED MONSTRO 8K VVカメラ(※注)を選択しました。ラージフォーマットセンサーを選んだのは映像に奥行きを与えたかったからです。シーンに没入しているような感覚になります。

※注:映画撮影用カメラにはARRI、Panavision、REDといったメーカーがあり、映画の進化に合わせて各社が最新のテクノロジーを競い合っています。シーンごとに複数のカメラを使い分けることもあります。その中で2000年頃から急速に支持を伸ばしているのがRED社です。
 THALIAはあの有名なドイツの老舗カメラメーカー・ライカ社のレンズです。映画用レンズに参入したのは最近のことですが、映画関係者には子供の頃ライカの一眼で育った人も多いためすぐに受け入れられました。

 RED MONSTROとTHALIAのレンズを組み合わせたときの絵画的な色の表現は、とても満足の行くものでした。最初に撮影した昼間の顔の色の豊かさと正確さを見て、私はこの組み合わせを選択してよかったと確信しました。

 顔の光の柔らかさ、形、そして少し光沢のある仕上がりは、光の質、メイクアップ、サテンフィルター(※注:物体の表面の光をなめらかにするフィルター)、ポスプロの組み合わせによるものです。逆光が強い状況ではフレアを極力少なくすることを追求しました。

RED MONSTRO 8K VV

 2018年4月、大型センサーカメラ(ALEXA 65、VENICE、MONSTRO 8K VV)のテストに参加する機会がありました。最初のカメラテストでは35mmフィルムとデジタルのどちらを使うか決めかねていましたが、RED MONSTRO 8K VVを選んだのは、REDのセンサーがこの映画に求めている存在感を与えてくれると確信したからです。

 質感や発色の良さは35mmフィルムを彷彿とさせるもので、とても気に入っています。私は監督と18世紀のイメージを現代に蘇らせるにはどうしたらいいか常に話し合っていました。本作は7Kで撮影し、ポスプロで光の情報量が必要になったときの予備として8Kを使用しています。

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 Hiventy研究所のカラーグレーダーJérôme Bigueurと一緒に2つのLUT(※注)を作りました。1つは昼用、もう1つは夜用のLUTで、セット上で視覚化したLUTはラッシュで使用しました。

※注:カラーグレーディングの際に複数の映像を統一されたトーンに変換するコードのことです。現在は無料配布されているLUTもたくさんあるのでアマチュアでも簡単に雰囲気のある映像を作ることができます。

 撮影中Jérômeはラッシュを担当し、私に常にフレームグラブ(※注)を送ってくれたので、私はその都度対応することができ、イメージを視覚的意図に限りなく近づけることができました。

※注:動画から切り出したチェック用の静止画のことです。撮影監督はロケ地で連日撮影しているため、撮り終わったばかりの映像をすぐにチェックすることができません。そこで撮影の裏でカラーグレーダーがその日撮った映像の色彩を調整し、フレームグラブを撮影監督に送ってイメージとズレがないかその都度確認する、という流れになります。

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炎とキャンドル

 カメラとレンズが決定した後、絵の具、キャンドル、煙を使って何度も衣装のテストを行い、フィルターや夜のシーンに使う光源を選んでいきました。

 キャンドルの光についてですが、私はこの光が当時どのように現れていたかは十分理解した上で、それでもキャンドルの光だけで撮影するというアイデアに引きずられたくはありませんでした。そこで光源の方向性を完全に再現することなく神秘的で曖昧な雰囲気を保つよう努めました。

 キャンドルの光の暖色系の輝きとは裏腹に、特に絵画や肌の色調にはある種の豊かさを保ちたいと思っていました。そのため長い時間をかけて試行錯誤したのです。夜間のシーンでの色味の問題はキャリブレーション(※カメラで撮影した映像がレンズの影響で歪むのを補正すること)が一番難しかったところです。

 実は監督と私は、純粋さを追求すればするほど、逆にできるだけキャンドルの光を画面内に入れないほうがいいのではないかと感じていたほどです。キャンドルは光がちらつくという課題もありましたが、これはできるだけ最小限に抑えました。

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 キャンドルの光は実際には、ランプを外した照明器具に取り付けたキャンドル、2000KリボンLED、ロープライト(※注)など、様々な光源をミックスして作り出しています。ショットシークエンスが複雑なため複数の光源を同時に使用する必要があったからです。

※注:ロープライトはこういうやつです。光を自由にセッティングするのに優れています。

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※完璧主義のキューブリックがキャンドルの光だけで撮影するという無理難題を達成するためにカメラごと発明してしまったのが『バリー・リンドン』です。クレア・マトンは別のインタビューで「キャンドルを『バリー・リンドン』と比較する人ばかりだが、参考にはしたが完全には参考にしていない」と語っています。

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照明

 本作は肖像画の映画であり顔の映画です。顔の表情の変化、わずかな震え、赤み、感情などを光に支配されずに表現するために、現代映画的なルックをできる限り消すよう努めました。全体を包み込むような柔らかさを追求することで光源の方向性を強調しないようにしました。

 海辺など多くのシーンは自然光で撮影されています。自然光はいつでも私の作品に大きな影響を与えてくれます。微妙な色の混ざり合いや刻々と変化する反射も好きなのですが、今回はその柔らかさ、肌の色調のモデリング、そしてまるで顔から光が出ているかのような柔らかさに徹底的にこだわりました。

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 一方、主人公が暮らす城はパリ郊外のセーヌ・エ・マルヌ県で撮影しました。そこは18世紀に建てられた城で、もう何年も人が住んでおらず、管理も行き届いていませんでした。寄木細工の床は時を超えて凍りついたようでした。

 プロダクションデザイナーのThomas Grezaudは、既存の素材を活かしながら装飾の純度を高めるために細心の注意を払って作業を行いました。

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 アトリエが1階にあるため(中庭側から8メートル、堀側から16メートルの高さに窓がある)、外から内部を照らすことは技術的に難しくコストもかかりました。さらに歴史的建造物であることによる制約もありました。ですがアトリエのシーンの照明はすべて私が人工的にセッティングしたもので、自然光は使っていません。

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 一面に大きな構造物を作り、シーンに応じて照明をコントロールできるようにしました。照明器具はiPadを介してDMXで制御しています。また美術部にND(※減光フィルター)とスクリム(※注)の密度を変えたフレームを、各窓に合わせたオーダーメイドで製作してもらいました。光源は主に外から当て、内側はディフュージョンフレームやフラッグを多用して光を作り直しました。

※注:スクリムとは光量を調整するための板のことです。下の画像でたくさん立っているのが、各窓に合わせたスクリムです。

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カメラの動き

 監督の演出は非常に緻密で、俳優の動きの意図がしっかりしています。動きのシンプルさによって日常の親密さを明らかにすることが重要でした。この映画は視線の映画です。

 視線のやりとりや二人の女性の魅力の強さを表現するために、ドリーやステディカムを使った主観的なトラッキングショットを何度も設定しています。私たちの映像に命を吹き込むために、適切な距離、適切な構図、リズムを探すのはとても刺激的でした。

 監督が求めていた動きの精度の高さからChapmanのPeewee 4 Dollyを選ぶことにしました。視線を具現化し敏感で生き生きとしたものにするために、アイピース(※接眼レンズ)を使ってシーンをできる限り近接させていきました。

 劇場でのエンドショットではGFMのGF8 X-TENクレーンを選択しました。フレーミングもライティングも俳優の顔に光が宿っているのを感じて、とても楽しかったです。

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フォーカス/被写界深度

 主人公の二人を同じショットに入れることは、二人の対等性を表すために非常に重要です。そのためにはできるだけ自然に二人のキャラクターが入る位置と被写界深度を見つける必要がありました。

 夜のシークエンスの大半はT2.6からT2.9の開放で撮影しており、結果として被写界深度が非常に浅くなっています。カメラテスト中にPrestonのライトレンジャー2(※注)を検討し、その後10日間レンタルすることになりました。

※注:ライトレンジャー2は赤外線センサーで対象との距離を自動測定してフォーカスの深度を可視化し、ピント合わせをアシストする機器です。この映画は被写界深度が非常に浅く作られており、特に前後の動きではかなりピントを合わせるのが難しかったと思います。それをサポートしたのがライトレンジャー2でした。

技術、テクノロジー、スタイル

 私はドキュメンタリーも劇映画も撮りますが、プロジェクトごとに最適なツールを探求するのが好きです。カメラや光学系、道具の選択を試行錯誤し、疑問を持ち、毎回変えていきます。それぞれの映画に最も適していると思う画作りに情熱を傾けています。

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CLAIRE MATHON AFC ON PORTRAIT OF A LADY ON FIRE
こちらの記事を翻訳しました。

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